百年泥  石井遊佳  2018.3.6.


2018.3.6. 百年泥

著者 石井遊佳 1963年枚方市生まれ。現在はインドのチェンナイ市に在住、日本語教師。小説を書き始めたのは、日本中がバブルに沸いていた1980年代の半ば、まだ学生だった頃。バブルということもあり、大学の同級生たちが次々に大手企業へと就職していく中、就職する気が全くなかった。とはいえ、生活をし、小説を書き続けるために様々な職を経験する。消費者金融や洋菓子職人、スナックのホステス、モルモットのような医学実験用の動物を販売する会社や、草津温泉の旅館での仲居さんなど、様々な職業につく。実際に、百年泥の中でも多重債務者に借金先を紹介するという紹介屋が登場してきますが、この辺りは実体験に基づいているようです。
東京大学大学院人文社会系研究科インド哲学仏教学博士課程満期退学。
大学院で仏教を研究していました。仏教には「刹那滅」という言葉があります。世の中は一瞬一瞬がその都度生起しているという考え方です。だから「恒常的なもの」はすべて疑わしい。そういう思想はごく自然に受け入れています(49回新潮新人賞 受賞者インタビュー インドからけったいな小説を目指して/石井遊佳)
旦那はサンスクリット語の研究者、2014年頃に、研究のためにインドに滞在するため、現地のIT企業で日本語教師のお仕事を見つけられました。そのお仕事の面接の際に、妻も日本語教師の経験があると伝えると、面接官だったインド人の役員が夫婦揃っての採用を決められたそうです。
石井遊佳さんも以前ネパールに住んでいた経験があり、その際には日本語教師のようなことをされていましたが、特にインドに行きたかったわけでもなく、日本語教師の資格を持っているわけでもないというので、成り行きでこうなっているようですね。




芥川賞に石井遊佳さん・若竹千佐子さん
20181161904 朝日
 第158回芥川賞は石井遊佳さん(54)の「百年泥」(新潮11月号)と若竹千佐子さん(63)の「おらおらでひとりいぐも」(文芸冬号)に決まった。

新潮社が公開している『百年泥』のあらすじ
チェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭った私は果報者といえるのかもしれない。
 前日は一日中豪雨だった。午後には授業を早めに終了して学生を帰らせ、翌朝窓を開けたらアパートの周囲はコーヒー色の川になっている。
 そのとき携帯電話が鳴り、出ると受け持ちクラスのアーナンダだったが、
「こうずいですから、きょうじゅぎょうはやすみます」
 茶色の水をみつめながら私は言い、
……はい……せんせ……はい……
 とぎれとぎれの声がどうにか聞き取れた。伝達事項があるさいなど、面倒見のいい彼がたいていクラスの窓口になってくれていて、今日も気を利かして電話をよこしたのだ。電話を切って向かいの家の玄関に目を移す。門扉の上部分が、とつぜん水面から生え出したように見えるその状況から推して水の高さは一メートルを越えている。私の部屋がアパートの五階だったことをあまたの神仏に感謝しなければならない。
 きのう、教室の窓の外から聞こえる雨音のあまりの激しさに気づいて教科書から顔をあげ、「あしたはこうずいかもしれませんね」
 笑いながらホワイトボードに「こうずい flood」と書いたのが遠い昔のようだ。茶褐色の水をへだてた家の二階の窓から家族五人の顔がのぞく。右方向から頭の上に大荷物をのせた夫婦らしい男女が、たっぷり胸のあたりまである泥水の中をゆうゆうと歩いてくる。
 それを目で追いながらパソコンをひらいて地元テレビ局のデジタルニュースを見ると、
〈チェンナイで百年に一度の洪水! アダイヤール川氾濫、市内ほぼ全域浸水か〉との見出しが躍り、記事を読みかけたところでふと、さっきの電話で洪水の間それぞれが家で自習すべき課題を言いそびれたことを思いだし、携帯に飛びつきリダイヤルしたが耳にしたのは〈No connection〉の音声のリピートのみだった。再度パソコンをひらくがすでに画面いっぱい〈このページは表示できません〉のメッセージ、けっきょくこれを最後に電話やネットをふくめすべての通信は断たれ、前夜以来の停電につづいて水道の水も止まった。

『百年泥』の舞台となっているのはインド・チェンナイ。
元夫からの借金を返済するためにチェンナイに移り住み、そこで日本語教師をすることになった女性が主人公です。
チェンナイに移り住んだある日、現地で百年に一度の大洪水に見舞われ、堆積した泥から現れた品々にまつわる出来事を追体験するという話です。
この話は、著者・石井遊佳さんの実体験が盛り込まれているとのこと。
石井遊佳さん自身もチェンナイで日本語教師をしており、『百年泥』の内容はその時に体験した大洪水がモデルになっています。
現地で大洪水を経験し、石井遊佳さんはいつか小説に書きたいと思ったそうです。
リアリティ溢れる作品になったのも、百年に一度の大洪水を体験した石井遊佳さんだからこそではないでしょうか。

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