日本語 笑いの技法辞典  中村明  2018.3.21.


2018.3.21.  日本語 笑いの技法辞典

著者 中村明 1935年鶴岡市生まれ。国立国語研究室長。成蹊大教授を経て母校早大の教授、現在は名誉教授。日本文体論学会代表理事。『集英社国語辞典』の編者、『日本語 文章・文体・表現事典』の編集主幹、高校国語教科書(明治書院)の総括委員、鶴岡総合研究所研究顧問

発行日           2017.11.28. 第1刷発行
発行所           岩波書店

はじめに
文体論・表現論関係の学術書を刊行
ことばと文学との境界をまたぐ文体論という研究分野を専攻
雑誌『言語生活』の作家訪問企画で多くの作家とインタビューした成果
    言語分野の集大成 ⇒ ことばの意味を記述する国語辞典に対し、ことばのもう1つの側面である語感を中心に開設した本邦初の『日本語 語感の辞典』
    文学分野の集大成 ⇒ 98作家の212の作品を対象にした文章の表現分析の結果をまとめた文体論実践の書『日本の作家 名表現辞典』
    笑いの分野の集大成 ⇒ 日本語の笑いの全貌を俯瞰する本書。笑いを誘発する日本語の発想と表現の全体像を捉え、12287種に分類整理、最後は「ヒューマー」で終わる。人間の弱さや愚かさに共感し、人生の不思議を味わう、そんな人間らしさに対する抜き難い親近感を伴う複雑なおかしみ、なつかしさにちょっぴり恥じらいのこもる、そんなしみじみとした深い笑い、それがヒューマー


ことばの笑いの博物館へようこそ
Ø  笑いの効用 ⇒ 人間の特技
Ø  笑いをめぐる理屈 ⇒ 笑いの種類によって効用も異なる
Ø  笑いの体系 ⇒ 直接的な笑い(自然発生的な笑いと反射的な体裁の笑い)と間接的な笑い(おかしみの笑いと驚きの笑い、滑稽の笑い)
「おかしみ」の背景 ⇒ 「笑い」は「文化」と、「ユーモア」は「人柄」と深い関係にある
ことばが絡んで生じる「おかしみ」の仕組みを考え、そういう滑稽な感じを誘い出す日本語の発想や表現という、笑いをめぐる言語的な在り方の条件を探り、おかしみを醸し出す言語的な技法を体系的に位置づけ、笑いの世界の全景を照らし出す
極めて確率の低いことが自分の目の前で現実に起こると、不思議な感じがして、「変だな」「おかしいなあ」と思うが、滑稽なことを「おかしい」というのもその延長上にある
笑いの技法一覧――表現と発想の全景
I 展開――流れの操作
謎解きと種明かしによる「奇先法」、次第に盛り上げる「漸層法」(這えば立て、立てば歩め)、「リズム」(七五調)などを扱い、「配列」の原理と「反復」の原理を含む内容

II 間接――さりげなく遠回り
当たり障りのない表現でそれとなく伝える「婉曲語法」(便所→レストルーム)、別の名詞で言い換える「語意反用」(ゴミ埋立地→夢の島)、対象の1側面だけを捉えて表現する「側写法」(野球の四球→歩かせる)

III 転換――他のイメージに置き換えて
喩えと喩え言葉を添える「直喩」(うどんのようなよれた顔)、喩えだけ表示して文脈から仄めかす「諷喩(ふうゆ)」、物体などを人間めかして扱う「擬人法」

IV 多重――ことばの二重写し
1つの言葉に複数の意味を重ねて伝達を複雑にする「駄洒落」、名文を連想させるような「模作」、数字に当てはめて意味をこじつける「語呂合わせ」

V 拡大――極端に誇張
事実や認識などを実際より大きく表現する「誇張」、強調のために細かいニュアンスを捨てて極端に表現する「極論」、常識的な期待より度を超して小さく表現する「過小言辞」

VI 逸脱――意表をつくズレ
もともとの意味をことさら意識させる「慣用句の活性化」、意味をこじつけて存在しない感じをつくりだす「造字遊び」(木篇に紫と書いてブドウと読ませる)、分かり切ったことをあえて表現する「無駄言及」(犬と一緒に写真を撮って首輪をつけていない方が僕という)

VII 摩擦――矛盾感で刺激
表現の内部に意図的に自己矛盾を設定する「矛盾語法」、カテゴリー間の交錯や感覚系統のズレを引き起こす「異例結合」(猛烈な沈黙)、同じ意味の表現を意図的に重ねる「同義循環」(女は女であるとき最も女性である)

前半の日本語の運用技術としての笑いの生成過程の解説と異なり、後半は言語操作という技術面では説明のつかない、ものの考え方や感じ方といった発想の面や、不思議な人物の異様な行動、相手を操る奇妙な術策などを考察する
VIII 人物――人もいろいろ
「馬鹿正直」「強情」「負け惜しみ」「被害妄想」から「うぬ惚れ」、「見栄」「気障」「奇癖」など

IX 対人――相手を意のままに
「予測外し」「引っかけ」「機転」「揶揄」「こじつけ」「照れ隠し」「暴露話」など

X 失態――失敗談に花が咲く
「理屈の通る誤解」「早とちり」「曲解」「異分析」(ゆで卵→ゆでた孫)、「本末転倒」、「無知」(井伏鱒二→イブクタルゾウ)、「愚問」「やぶへび」など

XI 妙想――ものは考えよう
「下ネタ」「偏見」「独断暴論」「勝手な想像」から、人間という存在や人生そのものに潜む不思議の発見

XII 機微――人の世の味わい
「ことばの奥の気持ち」「ありがた迷惑」「複雑な心理」「観察」「発見」「道理」「風情」「ヒューマー」まで





日本語笑いの技法辞典中村明著
日本経済新聞 朝刊2018310 2:30
人前で話すとき、どうもギャグが受けない。何かいいネタはないだろうか。そう思ってこの辞典を手に取る人もいるに違いない。何を隠そう、私がそうです。
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単なるダジャレでは「寒い」と言われるから、別種の笑いを追求したい。非論理的ギャグ、なんていいな。自分の頭にできた池に身を投げるという、落語の「あたま山」なんか大好きだ。こういう不条理で笑わせる例はないか。
本書で検索すると、「矛盾感」という項目がそれに近そうだ。落語の例も引用されている。
たとえば、「藪医者(やぶいしゃ)」。患者の来ない医者に向かって友人が言う。「誰だって命が惜しいからね、来やアしないよ」。命が惜しいから医者にかかるはずなのに。
あるいは、「唐茄子屋(とうなすや)」。大川に飛び込もうとした若旦那が、止めにかかった叔父に殴られる。若旦那、思わず「怪我(けが)でもしたらどうなさる」。いったい、死にたいのか、死にたくないのか。
こうした例がふんだんに紹介されていて、読者は、過去の笑いの資産を十分に味わえる。私が数えたところでは、本書に収められた笑いは2000例に近い。まさしく「博引旁証(はくいんぼうしょう)」そのもの。
実は、引用回数では、落語は2位に止(とど)まる。以下、夏目漱石、野内良三(フランス文学者)、秋田実(漫才作家)……と続く。
1位は、詩人で作家のサトウハチロー。小説を中心に200回以上引用されている。引用例全体の実に1割以上がサトウ作品、という状況になっている。
サトウは「リンゴの唄」「長崎の鐘」などの作詞で有名だけど、小説などの作品は現在、入手が難しい。なぜ、よりによってサトウハチローなのだろう。素朴な疑問が心に浮かぶ。
おそらく、編者は若い頃、サトウのユーモア小説に相当深く親しんだのだろう。勝手に想像するなら、後に笑いの技法を分類しようと思い立ったエネルギーの源泉のひとつが、サトウ作品だったのかもしれない。編者ご本人は、そんなこと書いていませんが。
引用されたサトウ作品に興味を持った私は、小説集をネットの古書店で注文してしまった。この辞典は、ブックガイドの役目も果たしているわけです。
(岩波書店・3400円)なかむら・あきら 35年山形県生まれ。国語学者。早大名誉教授。著書に『悪文』『日本語の文体・レトリック辞典』など。
《評》国語辞典編纂(さん)者 飯間 浩明
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