セクハラの誕生  原山擁平  2018.1.28.

2018.1.28. セクハラの誕生 ~ 日本上陸から現在まで

著者 原山擁平 ノンフィクションライター。1971年福岡市生まれ。早大政経卒。新潮社(FOCUS』編集部)、讀賣新聞東京本社地方部(水戸、山形、秋田)、幻冬舎、幻冬舎ルネッサンスを経て、フリーとなる

発行日          2011.7.1. 第1刷発行
発行所           東京書籍

プロローグ
1986.1.14.西船橋駅で発生した事件
中曽根内閣の誕生で、3公社民営化が進み、電電公社と専売公社が民営化、国鉄が民営化の手続き中だったので、駅名はまだ国鉄西船橋駅
『現代用語の基礎知識』には、1982年版に「セクシャル・ハラスメント」の項目登場、「性的いやがらせのこと」と定義された
39歳のストリッパーが酔っ払いに絡まれ、突き飛ばされた男が線路に落ちて電車にはねられ即死、女性は傷害致死で現行犯逮捕
日本セクハラ裁判史上の原点に位置付けられることになる

第1章        逮捕
正当防衛か過剰防衛かで議論が分かれる
当時、正当防衛の適用には慎重で、「急迫不正の侵害」の有無が問われた
多くの新聞雑誌が中立の立場をとる中、『週刊新潮」だけは、独自取材もしたうえで男性の自業自得を主張
『週刊文春』は、酒を問題にして、日ごろから酒癖が悪いことが評判になっていたとして男性側の非を認める
女性の親族・知人が中心となって弁護士に依頼
マスコミの取材は、起訴されるかどうかと、男の足取り ⇒ すべて実名報道、住所や職業まで完璧に記載
女性問題を扱う記者・ライター石塚友子がいて、性暴力の問題が提起されているのではないかと報道を追っていた

第2章        運動
石塚が中370年朝日新聞が「ウーマン・リブ」上陸を報じる
浪人中から同棲を始め、84年教師をやりながら女性問題専門のライターとして独立
80年代に入ると、ウーマン・リブの代わりにフェミニズムが多用される

第3章        公判
地検は傷害致死容疑で起訴
石塚は、性暴力の観点から記事を書く
初公判では、起訴内容が女性の供述とかけ離れていた
事件の背景に「セクハラ性」をより積極的に見出そうとする言説が登場 ⇒ 女性誌『MORE』のコラムを書いたヤンソン(柳沢)由実子(43年生、上智大卒、エッセイスト)
性的いやがらせが、女性に対する暴力なのだということをもっと社会的に認めさせなければならない
カナダ、アメリカの女性が傍聴、自国では刑事裁判にならないと、取材した地元紙が報道

第4章        主婦
オフィスで働くサラリーマン女性が増えると、最初に法廷で争われたのは賃金と定年
85年男女雇用機会均等法成立 ⇒ 男女分業に賛成が72%から60%に減少、特に2030代前半では賛否が逆転

第5章        判決
87年論告求刑は、傷害致死としては最も軽い懲役2年、弁護側は正当防衛による無罪
判決は無罪、検察は控訴を断念
女性には借金だけが残った                      
朝日の社説は、「酔っ払い天国反省論」の代表的なもの
讀賣の解説欄は、「性的いやがらせに厳しく」との見出しで、支援団体の主張と同じ
宮淑子の朝日ジャーナルのサブ記事 ⇒ 性的いやがらせという言葉はあるが、その実態は女性の人権を侵害するという行為であるという認識ができていない
89年流行語大賞の金賞に「セクシャル・ハラスメント」 ⇒ 日本的な文脈によって定義が変質してしまった

第6章        歴史
ウーマン・リブもセクシャル・ハラスメントも、原点」は19世紀の南北戦争が勃発、北軍が勝利を収めたことに遡る ⇒ 憲法が修正され奴隷制の廃止と元奴隷の市民権回復、人種による選挙権制限を禁止したが、最高裁も黒人の公民権は認めたものの、私人による差別は公民権に違反しないとしたため、個人や企業による差別は温存。「差別」と「隔離」は別
55年のバス車内での人種分離法違反の事件で、キング牧師が中心となって公民権運動を起こし、最高裁も違憲判決を出し、人種差別撤廃運動が高揚
64年公民権法成立 ⇒ 審議の最中バージニア出身の下院議員が公民権法制定への反対者を増やすために「性別による」差別も禁止するよう提案したところ、議場は爆笑に包まれたが、公民権法は男女平等の条項を入れたまま成立
65年政府機関として雇用機会均等委員会発足
全米女性機構誕生 ⇒ 人工妊娠中絶の合憲化を掲げ、73年には連邦最高裁で合憲の判決
日本では、70年国連反戦デーでの女性のみによるデモ隊がリブの街頭デビューと言われるが、メディアは相当に揶揄的に捉えた ⇒ 『現代用語の基礎知識』にも80年版から登場したが、88年版からは「フェミニズム」に含まれるようになる
日本における女性解放運動の第1期 ⇒ 平塚(86)、市川(93)
1期後期 ⇒ 戦前生まれ:森山真弓(27)、石牟礼道子(27)
1期と2期の端境期 ⇒ 戦中生まれ:河本和子(41)、森瑤子(40)
2期 ⇒ 団塊世代:田中美津(43)、ヤンソン由美子(43)、上野千鶴子(48)、宮淑子(45)
無共闘世代、ポスト団塊世代 ⇒ 石塚(55)、齋藤美奈子(56)、林真理子(54)、桐野夏生(51)、住田裕子(51)、村木厚子(55)、猪口邦子(52)
80年代には「新人類」という流行語が生まれるが、世代としての定義は6170年生まれ、
5055年組の最終年は新人類のトプバッターでもあり、石塚や村木が当てはまり、これを境に女性の女性に対する意識や自己規制が変化した可能性が高い
アメリカでは、ウーマン・リブの運動はラディカル・フェミニズムを生み、ラディカル・フェミニストの中に「目に見えない」要素の高い男性の女性に対する差別性を極めて具体的に伝えることができる「慣習」が存在することに気づいた女性たちがいた。それこそがセクシャル・ハラスメントで、女性の性役割を女性の労働者としての役割より評価する
70年代から黒人別より女性差別を問う訴訟が増加したが、最初は敗訴続き
76年のウィリアムス事件で初めて、セクシャル・ハラスメントが公民権違反と認定 ⇒ 広く性を基礎として行われる差別的取り扱いを違反とした
80年雇用機会均等委員会がセクシャル・ハラスメントに関するガイドライン策定 ⇒ 不快な性的接近、性的行為の要求、性的性質を持つ言動と規定し、以下のガイドラインを示す
    行為への服従が、雇用の条件になっている場合
    行為への服従や拒絶が、雇用上の決定理由として使われる場合
    行為が、個人の職務遂行を不当に阻害し、脅迫、敵意若しくは不快な労働環境を創出する目的若しくは効果を持つ場合 ⇒ 環境型セクハラ
78年ヴィンソン事件 ⇒ 職場で性的関係を要求され、失職を恐れて受け入れ昇進を果たすが、エスカレートしたことに対し無期限の長期休暇をとった結果解雇された事案で、一審は敗訴したが、控訴審は上記③を認めて勝訴。任意か否かはセクハラの抗弁事由とはならず、企業の責任についても事実を認識していたかどうかは問わないとした
最高裁も同様の判断を示したが、あくまで「職場」での「上下関係」や「雇用契約」の存在を前提としていた

第7章        輸入
セクハラという言葉以前にも日本に実例があった
25年の『女工哀史』には、数十人の女工と肉体関係を持ち、妊娠させていた工場長の話がある
70年長野電鉄事件では、バスの運転手がペアの女性車掌に肉体関係を迫り、妊娠中絶のため会社を辞めなければならなくなった事案で、解雇処分となった男性が地位確認を求めて提訴、仮処分申請の一審では組合が男を支援、会社に損害がないとして勝訴となったが、本訴では敗訴
88年都庁の労働相談をしていた職員が個人的に米国の80年策定のガイドラインを翻訳
同年徳間書店の『アサヒ芸能』が、職場内の「性的嫌がらせ現場レポート」を掲載、アメリカでのセクハラ判決を紹介                                                                                                                                           
日本型セクハラでは、「上下関係」や「雇用契約」を前提とすると、グレーゾーンが広がる

第8章        中傷
セクハラ被害に遭いながら職を転々と替え、同じ被害に遭い続けている女性(晴野まゆみ)の話

第9章        提訴
最後は過去の男遍歴を理由に強引に解雇されたため調停に持ち込んだが、老齢の男女委員はともに、男の主張だけを認め、裁判に持ち込もうとしても証拠が不十分で無理
89年女性協同法律事務所に相談、労働差別行為として提訴に踏み切る ⇒ セクハラ被害の事例を集めるといくらでも事例が出てきた

第10章     裁判
女性の解雇がセクハラが原因であると確信、アメリカではセクハラ訴訟で会社側の責任が認定されるのは常識になりつつあった
セクハラを明記し、会社の責任も問題とした画期的な訴訟
匿名裁判でありながら、法廷での原告の意見陳述では本人の顔と姿を晒した

第11章     余波
セクハラの問題を職場の外に広げる動きも加速
セクシュアル・ハラスメントは、89年の流行語大賞に
90年静岡でセクハラ判決が出たが、欠席裁判だったこともあり、大きな記事とはならず

第12章     無償
原告に対する世間の評価は割れたが、同性の「識者」からのあたかも自分で処理しきれなかった社会人失格の女性とのコメントには傷つく
晴野の裁判は、全て弁護士の「無料奉仕」と支援団体のカンパに頼っていたため、「すべての女性」のために行われており、晴野はフェミニズム論者の担いだ御輿に過ぎなかった
提訴2年を記念して裁判劇が発表されることになり、その脚本を晴野が書くが、だんだん支援者との精神的な距離が遠ざかるのを感じて、苦痛を覚える

第13章     人形
法廷での耐えがたい苦痛を耐えたうえに、訴訟準備では弁護団からも「隙があった」的な屈辱的な言葉を浴びせられる
何度目かの口頭弁論終了後、セクハラをしてきた第3の男に晴野が裁判所の中で平手打ちを食らわせたことで、弁護団や支援団体との間に決定的な亀裂が走る
『週刊新潮』も、平手打ちを取り上げて、原告に批判的な論調の特集を組む
木村治美も裁判には否定的なコメント ⇒ 晴野のみならず支援団体も批判。セクハラされないくらいの尊重される女性になろうと言いたい
平手打ち事件に関しては、傷害事件として書類送検され、罰金を支払う
セクハラに関する鑑定書提出 ⇒ 「嫌だと思えばそれがセクハラ」という「主観の絶対性」を切り拓くものとなったともいえ、適切な法理までには至らず

第14章     決別
92年判決は勝訴 ⇒ 男と会社に対し165万円の支払いを命じる
女性側の非も認めつつ、晴野の異性関係を中傷することが会社からの放逐の手段として使われたことに対し完全な不法行為性を認め、会社も退職という最悪の事態の発生を回避する努力をしたとは認められないとして管理責任の落ち度を指摘。環境型セクハラを認定
控訴はなく判決は確定したが、『週刊文春』が被告側の弁護士のコメントを掲載、最後まで原告を陥れようとする姿勢に晴野は愕然とする
『週刊現代』から、「原告の立場からセクハラを語って欲しい」との依頼が来るが、弁護団や支援団体は男性週刊誌であることを理由に拒否反応を示す
反対を押し切って、匿名で手記を出すと、『週刊文春』の記事を守秘義務違反で告訴しようとしていた支援団体が突然告訴を取りやめ、さらに支援団体がまとめた裁判記の出版記念パーティで団体の支援を裏切った行為を詰問され、完全な決別となった

第15章     派生
96年米国三菱自動車で220億円のセクハラ損害賠償事件 ⇒ 雇用機会均等委員会が提訴、外交問題にまで発展
99年男女雇用機会均等法改正で、事業主に対するセクハラ防止のための配慮義務が規定
07年男女雇用機会均等法再改正で、男女を問わず差別が禁止
アメリカでは、公民権法違反から、セクハラを禁止するための法律は制定されないまま、いきなりセクハラによる不法行為に移行
パワハラも登場
セクハラとパワハラの混合型も登場し、リバハラという新語を創り出した方が問題解決に近づきやすくなる

第16章     現在
ウーマン・リブやフェミニズムはかつて、ひょっとすると今でも、性の商品化を問題にしてきたが、現代では全く別の世界が拡がっている
アスペルガー症候群は、知的障碍がない自閉症と言われるが、コミュニケーションの不得手な彼らに対する先入観は、「最近の新入社員は」という悪口と似ている
女性に「自己決定権」があれば、法律に抵触しない限り、基本的に自己責任でどんな行動をしてもかまわないが、女性は法律上16歳で結婚できるので、性の自己決定権はどこから始まるのか
95年晴野は心理セラピーでカミングアウトし、翌年新聞にそのことを連載、さらに01年すべてをさらけ出した回顧録を刊行。その後また男と業界の会合で再会したが、感慨も嫌悪感も何の感情も湧かず、これで裁判が終わったと思った

エピローグ
東日本大震災を機に、日本人のワーク・ラーフ・バランス実現への見方が変わっていくのではないか。女性の目からは、男女平等が成し遂げられたとは思えないが、時間のゆとりを取り戻せば、希望が見えてくるはずで、その瞬間から職場の環境が変わり、誰もがもっと働きやすい環境が実現するのではないか



春秋 日本経済新聞 2017/12/30
 仕事の場での差別を禁ずる米国の法律の大本が、53年前に成立した公民権法だ。人種や皮膚の色などに加え「性別」という文言が盛り込まれたのは、半ば偶然だった。人種差別政策を維持したい保守系議員が、法案への反対派を増やそうと、あえて追加したのだという。
一連の経緯は原山擁平著「セクハラの誕生」(東京書籍)に詳しい。議員の思惑は外れ法律は成立し、裁判を通じ性差別と闘う人々のよりどころとなってきた。何がセクシュアルハラスメントか、公的なガイドラインができてからでも37年たつ。もはや半ば過去の問題だと思った人もいただろう。残念ながら実態は違った。
今年「ミートゥー(私も同じ)」というネット上の投稿運動を通じ、米欧に残るセクハラの実態が浮き彫りになった。米タイム誌は「今年の人」に告発した女性たちを選定。ニューズウィーク誌も特集で、女性側の隙などではなく、しかるべき肩書があれば何をしてもいいと思う男性側の心理がセクハラを生むと分析した。
日本で新語・流行語大賞に「セクシャル・ハラスメント」が選ばれたのは30年近く前だが、実情は海外と大差ない。英エコノミスト誌の最新号は、加害者がスター社員や有能な管理職であっても、他の社員の士気低下や人材の流出を考えれば放置するマイナスの方が大きいと指摘する。次に問われるのは企業の自浄能力か。


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