キャスターという仕事  国谷裕子  2017.9.5.

2017.9.5. キャスターという仕事

著者 国谷裕子 大阪府生まれ。1979年米国ブラウン大卒。81NHK総合(7時のニュース)英語放送の翻訳、アナウンスを担当。87年からキャスターとしてNHKBS《ワールド・ニュース》《世界を読む》などの番組を担当。9316NHK総合《クローズアップ現代》のキャスターを務める。98年放送ウーマン賞。97年・02年菊池寛賞(国谷裕子と「クローズアップ現代」制作スタッフ)11年日本記者クラブ賞。16年ギャラクシー賞特別賞

発行日           2017.1.20. 第1刷発行
発行所           岩波書店(岩波新書)

初出 『世界』20165月号

今という時代を映す鏡でありたい――。従来のニュース番組とは一線を画し、日本のジャーナリズムに新しい風を吹き込んだ《クローズアップ現代》。番組スタッフたちの熱き想いとともに、真摯に、そして果敢に、自分の言葉で世に問い掛け続けてきたキャスターが、23年に亘る挑戦の日々を語る

第1章        ハルバースタムの警告
19934月クローズアップ現代放送開始。「今、深く知りたい」という視聴者のニーズに応えるべく、「今を映す鏡でありたい」という制作者たちの熱い思いを込めて、週4日夜9時半より。「世の中の関心事に真正面から取り組み、掘り下げて伝える」と宣言
以降3784本放送。最初は「ロシア・危機の構図」
ニューヨーク・タイムズの記者でベトナム戦争のリポートでピュリッツァー賞を受賞したハルバースタムが、テレビの報道番組の在り方について警告を発していた ⇒ 常に映像のインパクトが優先されるテレビを、いかに賢く使うかを考えるべき
クローズアップ現代がこのハルバースタムの警告をどう乗り越えていくのか試されていると思った
映像の持つ力をフルに生かし、事実を即刻伝えるという特性の一方で、人々のコミュニケーションの重要な要素である想像力を奪ってしまうという負の特性も持つ
映像の一面性(ある事象の全体像を映しているわけではない)に対し、クローズアップ現代はスタジオ重視の手法で、スタジオでのキャスターとゲストの対話を配した
キャスターには言葉しかなく、「言葉の持つ力」を信じて、映像の背景に何があるのかを言葉で探ろうとした ⇒ 「想像力」「常に全体から俯瞰する力」「物事の後ろに隠れている事実を洞察する力」を言葉の力で喚起することに努めてきた
テレビ報道の持つ危うさとその回避のための手段:
  事実の豊かさを削ぎ落してしまう危うさ ⇒ 物事を「わかりやすく」して伝えるだけでなく、一見「わかりやすい」ことの裏側にある難しさ、課題の大きさを明らかにして視聴者に提示する
  視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう ⇒ 社会の均質化をもたらす機能を本来的に持っていることをわきまえた対応
  視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう ⇒ 問いを出し続ける。多様性や異質性の視点を踏まえた問いかけが重要

第2章        自分へのリベンジ
NHKとの出会いは、香港時代に一緒だったNHKの駐在員が帰国後1981年に夜7時のニュースを二か国語放送にする担当となり、英語に堪能なアナウンサーを探していたところからで、大学卒業後外資系企業に勤めたものの1年足らずで辞めてブラブラしていたところから誘いに乗ったもの
耳で聞いたことを正確に言葉にするリピーティングの授業が役に立ち、遠かったボキャブラリーが自分の中で使えるものに変わっていく
85年末結婚してニューヨークへ。NHKアメリカ総局のリサーチャーとなる
87年開始の衛星放送の《ワールドニュース》でアナウンサーをやる。最初の事件が3か月後のブラックマンデーで下がり続ける株価を日本向けに伝え続けた
最初の視聴者は立花隆 ⇒ 日本では午前3時から5時の時間帯で誰も見ていないからといって引き受けたのに、ちゃんと見ていた人がいて突然スタジオを訪ねてきた
884月開始の地上波放送《ニューストゥデー》の国際ニュース担当キャスターに抜擢、コロンビア大大学院のジャーナリズム選考の入学許可が下りていて迷った挙句大学に相談したら、School can wait.と言ってくれたので踏ん切りがついた
キャスターという仕事の意味も分からないままに飛び込んだが半年で挫折、国際担当のリポーターとなる
894月開始の衛星放送の《ワールドニュース》のキャスターとして復活
904月開始の衛星放送の《世界を読む》を担当、毎日1時間のインタビューを通して世界、日本で起きていることを深掘りする番組。国際情勢激変の中で著名人に直接インタビューして視聴者に届ける仕事に満足
93年開始の総合テレビの《クローズアップ現代》で4年のキャスター経験を活かす

第3章        クローズアップ現代
大型番組を管轄し、ディレクターたちに対する求心力が強いNHKスペシャル番組部という部署が統括する番組
テーマには聖域を設けず
組織のパワーが集まりやすい環境であり、毎週430分弱で1つのテーマを扱う報道番組は、幅広い取材をしても十分伝えられないことが多い報道局の取材部門にとっても魅力的で、記者からの提案も増えたが、同時に敷居が高いとも言われた
1回放送は、老朽化したロシアの原子力潜水艦が放置され危険に晒されている問題だったが、前日になってロシアでクーデターのような混乱が生じたため急遽差し替えとなった
当初は、VTRリポートを編集した後キャスターコメントとゲストとのやり取りが台本のように決められていたので、ほとんどキャスターとしての独自性を出すことはなく、役割に悩んだこともあったが、すぐに日本の政界再編の事態に直面、発足直後の新生党羽田代表へのインタビューで番組が構成されることになる

第4章        キャスターの役割
キャスターとは、アナウンサー以外の人がニュースの伝えてになった時の呼び名。和製英語で英語では「アンカー」
始まりは62TBSの《ニュースコープ》の共同通信記者出身の田英夫で、ニュースキャスターと呼ばれた。次いで古谷綱正、磯村尚徳、久米宏
話し言葉によるニュースの伝達で、客観性の高い世界に、個性や私見という新し要素を持ち込む
クローズアップ現代の番組構成は、キャスターのコメント(前説)+VTRリポート+ゲストトーク
キャスターの役割・仕事:
  視聴者と取材者との間の橋渡し役 ⇒ 視聴者目線での疑問をぶつけると同時に、視聴者に対しては言葉を媒介にして向き合う
  「自分の言葉」で語る ⇒ 自分自身で納得したことを視聴者に語りかける
  言葉探し ⇒ 社会で起きている新しい事象を新しい言葉により定義して使用したり、使い慣れた言葉に新しい意味を与えることで、多様化している視聴者に共通の認識の場を提供していく。同時に両刃の剣となることにも注意が必要
  インタビュー ⇒ ゲストの意外な人物像を浮き上がらせ、言葉や表情を引き出す

第5章        試写という戦場
全体試写の場で全ての疑問を投げかけ、組織本位や個人的エゴを排除し番組本位の内容に研ぎ澄ます

第6章        前説とゲストトーク
放送で扱うテーマの、いわば土俵の設定であり、どの角度からテーマに迫るかを視聴者に明確にする役割を担うのが「前説」で、VTRリポートに誘うための最低限の情報を織り込みながら、番組全体を俯瞰する内容を目指す
2015年の「検証 安保法案 いま何を問うべきか」では、担当ディレクターの構成表では「なかなか理解が進まない安保法制」となっていた ⇒ 反対が多いのは理解が進んでいないからという暗黙の示唆を潜ませることにならないか、理解が進めが賛成が増えるというニュアンスを流布させることにもつながりかねないとして変更された
ゲストトークでは、生放送でゲストのいわば私的な見方をいかに引き出すかが難しい

第7章        インタビューの仕事
経済学者内田義彦のエッセイ『聞と聴』 ⇒ 「肝要なのは聞こえてくるように、聴くこと」「聴に徹しながら聞こえてくるのを待つ」と言い、相手の話の細部にまで耳を傾け、注意深く丁寧に聴く力は大事だが、その人全体が発するメッセージを丁寧に聞く力を見失ってはならない
インタビューの「聞く力」には、観察力と創造力が求められる ⇒ 聞きながら相手のことを観察し、何を言わんとしているかを想像する
準備は徹底的にするが、あらかじめ想定したシナリオは捨てること。言葉だけでなく、その人全体から発せられているメッセージをしっかりと受け止めること。そして大事なことは、きちんとした答えを求めて、しつこく拘ること

第8章        問い続けること
テッド・コペルがアンカーを務めるABCの《ナイトライン》は、19853月に南アフリカから5日連続で放送、アパルトヘイト撤廃運動の黒人指導者ツツ主教と、国連大使も務めたことのある白人で南アフリカのボタ外相を出演させ、初対面の両者に挨拶を促すとともに初めて公の場での対話が実現、アパルトヘイトが撤廃される10年前、マンデラが釈放される5年前の歴史的な出来事がテレビの場で実現した意味は大きい
テレビジャーナリズムが、対立する当事者たちについてより深く理解するきっかけを作り、それがインタビューという手段で実現したことは、テレビと言葉が持つ大きな可能性を示した
日米では「質問」というものに対する文化が違う ⇒ 日本では攻撃的インタビューは馴染まないが、「聞くべきことは聞く」という姿勢を失ってはならない
特に日本では、同調圧力や風圧の中で、権力を持ち多くの人々の生活に影響を及ぼすような決断をする人物を、多角的にチェックする必要性は高まっている ⇒ インタビューを通じて、「言葉による問い掛け」を続けることこそがキャスターの仕事

第9章        失った信頼
報道番組は、放送関係者が真実を追い求め、それが適切に編集された成果であるという視聴者の信頼があってこそ成立するもので、信頼が損なわれたら成り立たない
20145月放送の「出家詐欺」では、出家すれば戸籍の名前を変更できることを悪用し、多重債務者を別人に仕立てて住宅ローンを騙し取るなど、宗教活動を実質的に休止している宗教法人を舞台にした詐欺事件を追って対策を考える内容だったが、VTRの一部に誇張ややらせがあったと番組出演者から告発され、放送倫理委員会でも事実の歪曲、重大な放送倫理違反があったと断定された ⇒ 番組の2度の試写でも、素材そのものは事実であるとの前提に立っていたはずなのに、キャスターと取材者、制作者の間の信頼関係が損なわれていたのでは、そもそも議論が成立しない
編集作業においても同じことが起こり得る。制作者の意図に基づいて都合のいい場面だけが使用されると、場合によっては発言者の意図と違う、あるいはバランスを欠いた報道になりかねない
報道番組の中に持ち込まれている、分かり易さの要請、その行き着く先として、目立つもの、面白さを追い求める風潮に流されてしまっているのではないか

第10章     変わりゆく時代の中で
バブル崩壊の痛みが本格化する中でスタートしたクローズアップ現代の歴史は、日本の失われた10年、20年と重なる。目の前の課題を提示し、解決策の模索を続けてきたが、もっと長期的で幅広い目線で問題提起ができていたらと思う

終章 クローズアップ現代の23年を終えて
2015年国連創立70周年の総会で全加盟国によって採択されたのがSDGs(Sustainable Development Goals2030 ⇒ 17の目標と169のターゲットからなり「誰一人取り残さない」を合言葉に、経済、社会、環境をめぐる幅広い課題に、総合的、包括的に全世界で取り組むことを決議
番組担当の四半世紀の間に何が一番変化したか ⇒ 経済が最優先になり、人がコストを減らす対象とされるようになったこと、一人一人が社会の動きに翻弄されやすく、自分が望む人生を歩めないかもしれないという不安を早くから抱き、自らの存在を弱く小さな存在と捉えるようになってしまったこと
最終回に作家の柳田邦男氏が「危機的な日本の中で生きる若者たちに8カ条」を伝える
  自分で考える習慣をつける。立ち止まって考える時間を持つ。感情に流されずに論理的に考える力をつける
  政治問題、社会問題に関する情報の根底にある問題を読み解く力をつける
  他者の心情や考えを理解するように努める
  多様な考えがあることを知る
  適切な表現を身につける。自分の考えを他者に正確に理解してもらう努力
  小さなことでも自分から行動を起こし、いろいろな人と会ことが自分の内面を耕し、人生を豊かにする最善の道であることを心得、実践する。特にボランティア活動など、他者のためになることを実践する。社会の隠された底辺の現実が見えてくる
  現場、現物、現人間(経験者、関係者)こそ自分の思考力を活性化する最高の教科書であることを胸に刻み、自分の足でそれらにアクセスすることを心掛ける
  失敗や壁にぶつかって失望しても絶望することもなく、自分の考えを大切にして地道に行動を続ける




(売れてる本)『キャスターという仕事』 国谷裕子〈著〉
20172260500分 朝日
 「クロ現」の23年を自己検証
 NHK「クローズアップ現代」が打ち切りになり、国谷裕子(くにやひろこ)キャスターの顔がテレビから消えたのは昨年の3月だった。
 折からアメリカは大統領選のさなか。その8カ月後には、ヒラリー・クリントンがあのまさかの結果にみまわれる。
 ヒロコとヒラリーになにが起こったのか。いま、ゴルフに興じる新大統領と日本の首相を目のあたりにすると、そこに世界の流れが見えてくるのだが。
 その話はさしあたり本書の主題ではない。23年つづいた番組「クロ現」とはなんだったのか。テレビ報道のスタイルをどう変えたのか。それを当事者が振り返って検証している。
 第1章のタイトルには「ハルバースタムの警告」とあるが、メディア業界以外の人には「それ誰?」だろう。もとより気軽にすらすら読める本ではない。それがこの短期間に6万部だという。著者への評価と人気の高さを示す数字にほかなるまい。
 国谷ファン向けのパーソナルなエピソードも、ごく控えめながら、探せばある。たとえば、当初はジャーナリズムと無関係だった著者が、この世界に入るようになったきっかけは?
 それをご本人は「長い海外経験のおかげで英語の発音が」よかったからだというが、むろんそれだけではないだろう。並外れた美形にひかれてというファンはたくさんいる。今回、岩波新書が、特大の帯にカラーの著者ポートレートを奮発した狙いもわからないではない。
 ところが、そんな好感度の持ち主がときに不興を買う。1997年、ペルー日本大使公邸人質事件で人質救出後にフジモリ大統領が来日したときのこと。手柄話を聞いたあとで、キャスターは同大統領の暗部である内政面での強権的手法に臆せず切り込んだ。
 すると放送後、日本の恩人に失礼だとの抗議がどっときたというが……。それでもきくべきことはきく。自分の信念に喜んで殉じるのも、ジャーナリストの仕事の一つに違いない。
 山口文憲(エッセイスト)
     *
 岩波新書・907円=3刷6万部 17年1月刊行。「岩波新書としては女性読者の割合が高い。クロ現開始のころ社会人になった40代以上が手に取っている」と担当編集者。




SDGsで切り開こう キャスター・国谷裕子氏が聞く
北郷美由紀
20178231820分 朝日
朝日地球会議2017〈10月2日16:45~〉
 国連副事務総長のアミーナ・モハメッド氏と、キャスターの国谷裕子氏が、気候変動や世界的な格差の広がり、貧困、ジェンダーの問題などについて解決の道筋を語り合う。
 その軸となるのは、2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals)。地球の未来を切り開く「鍵」として注目されている。
 モハメッド氏は、SDGsのとりまとめに奔走したことで知られる。「世界共通の新しいものさし」を取材してきた国谷氏は今年1月から、朝日新聞の「2030 SDGsで変える」のキャンペーンでナビゲーターを務める。
 待ったなしの危機感をモハメッド氏はこう語る。「地球は人間なしで存続できても、私たちは地球がなければ存続できない。先に消えるのは、私たちなのです」(北郷美由紀)


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