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武田氏滅亡  武田氏滅亡  2017.8.10.

2017.8.10. 武田氏滅亡
著者 平山優 1964年東京都生まれ。立教大大学院文学研究科博士課程前期課程史学専攻(日本史)修了。専攻は日本中世史。山梨県埋蔵文化財センター文化財主事、山梨県史編纂室主査。山梨大非常勤講師。山梨県立博物館副主幹を経て、山梨県立中央高校教諭。2016年放送のNHK大河ドラマ《真田丸》の時代考証担当
発行日           2017.2.24. 初版発行                   2017.4.10.3版発行 発行所角川書店
武田信玄の後継者である勝頼は、天正10年3月11日、織田・徳川・北条の侵攻を受けて滅亡した。戦国の雄・武田氏はなぜ亡国へと追い込まれていったのか。勝頼個人の「暗愚」な資質に原因を求める見方は正しいのか――。甲相越3国和睦構想、御舘(おたて)の乱、高天神城攻防戦という長篠敗戦後の転換点を主軸に、史料博捜と最新研究から、詳述されてこなかった勝頼の成果と蹉跌を徹底検証。戦国史研究に新たなる足跡を刻む決定版!

序章 諏方(すわ)勝頼から武田勝頼へ 1546年 信玄の4男として誕生 ⇒ 元々同盟関係にあった信玄と諏方家だったが、諏方家が佐久に侵攻してきた関東管領上杉と単独講和を結んだことから信玄が同盟違反として攻撃、諏方家を破った後の始末として、諏方の娘を息女とし、そこに生まれた勝頼を諏方の養子としようとしたことから、勝頼だけは諱(いみな)に武田家の通字「信」ではなく諏方家の通字「頼」が冠せられた 永禄11年 信玄は、それまでの甲(武田)相(北条)駿(今川)3国同盟を破って駿河今川に侵攻 ⇒ 今川領国の内乱につけ入ったもので、その後飛騨に侵攻、織田に接近するが、織田は上杉と武田の反目維持を狙って謙信に秋波、永禄8年には織田と武田の軍事衝突に発展するが、大事に至らずお互い同盟締結に向け勝頼の下へ信長の養女を輿入れさせ婚姻関係を結んだ事が、それまで不仲だった信玄と母も今川家から来ているうえに今川当主の妹を妻とする嫡男義信との間の亀裂を決定的なものとし、義信は信玄暗殺を企たため、幽閉され永禄10年死去。今川氏は、義信の死去で信玄による侵攻を危惧し、上杉との同盟交渉に入ったことから、信玄は今川領の分割を前提に織田・徳川との密約を結ぶ 信玄の今川攻めに怒った北条氏康は、謙信と同盟して信玄を牽制、さらに信玄の領土拡大に徳川が不信を抱い…