文化財の価値を評価する  垣内恵美子  2017.7.21.

2017.7.21. 文化財の価値を評価する 景観・観光・まちづくり

編者 垣内恵美子(1章~第6) 政策研究大学院大教授。東大法学士。シドニー大経済学修士。東大工学博士。文部省入省後、文化庁文化政策室長、一橋大教授などを経て、04年より現職。パリ大、トリノILOセンターなどで教鞭を執るほか、国土審議会政策部会委員など。09年度計画行政学会論文賞受賞

共著者
岩本博幸(4章、第5) 東農大准教授。北大大学院修了。農学博士。政策研究大学院大助手を経て現職。専門は農業経済学、環境経済学。主たる研究分野は政策評価手法の開発
氏家清和(3章、第4) 筑波大助教授。筑波大大学院修了。農学博士。政策研究大学院大助手、東大助教を経て現職。専門は農業経済学。主たる研究分野は消費行動分析
奥山忠裕(3章、第4) 長崎県立大講師。東北大大学院修了。経済学博士。政策研究大学院大助手、運輸政策研究所研究員を経て現職。専門は環境経済学、公共政策。主たる研究分野は政策評価
児玉剛史(3) 宇都宮大准教授。京大大学院修了。農学博士。専門は農業経済学。主たる研究分野は食料経済分析

発行日           2011.10.28. 初版第1刷発行
発行所           水曜社


はじめに
本書の第1の目的は、文化財保護の受益者は誰か、その便益の規模はどれくらいか、出来るだけ定量的、客観的に推定すること
近代化の中で日本は、画一的な開発を目指し、文化を開発との対立軸の中に位置づけてきたが、経済社会の成熟に伴い、アイデンティティの源泉や日常生活の質の向上を求めて、地域文化の再構築が始まるとともに、地域の文化資源への注目が集まりつつある
2001年文化芸術振興基本法成立により、文化芸術の振興の必要性が社会的に認知されるとともに、その社会的意義や役割が規定された
公共政策の評価とマネジメントが一層重要視されるようになり、文化についても他の政策分野と同様に評価される ⇒ 定量的、客観的な評価の必要性
2の目的は、地域づくりと文化財保護の新たな関係性にも焦点を当て、実態に迫る
そのうえで、文化財のより持続的な保護の在り方、市場からの資源調達の可能性について考察し、出来れば制度論に繋げようとするのが第3の目的
7年かけて蓄積した事例研究の成果をまとめたもの

第1章        文化財保護と地域づくり
各地域には、文化的な価値を有する資源が多数存在
戦前の文化財保護制度 ⇒ 「文化財」という総合的・包括的概念がなく、細分化された対象を個別の法律により保護していたため、経済事情や戦争の激化により散逸
1950年、法隆寺金堂壁画焼失事件を機に「文化財保護法」制定 ⇒ 包括的に「文化財」として保護の対象としたのは、世界でも類を見ないもの
古都保存法、伝()()地区制度
1980年代、文化財は地域の文化的環境の向上に資するものであるとの認識が高まり、公開の促進、史跡の整備と活用などの施策が講じられるようになる
1992年世界遺産条約への加盟は、日本の文化財保護制度と国際的枠組みの連携を強化
2004年、景観緑三法(景観法)制定
2006年、観光基本法(1963年施行)全面改定 ⇒ 観光立国推進基本法
2008年、歴史まちづくり法(地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律)
文化財の便益評価の基礎となる考え方 ⇒ 非市場価値の定量化
公共財の評価方法としては、
   顕示的選考法 ⇒ 経済行動から得られるデータをもとに間接的に公共財の価値を評価
Travel Cost Method ⇒ 人々の行動に現われた選択から効用(満足)を推定
   表明選考法 ⇒ アンケートなどを利用して直接評価を尋ねるもの
Contingent Valuation Method ⇒ 仮想評価法。様々な財に対して最大支払っても構わない金額を直接訪ねることで対象の価値を評価する
Conjoint Analysis ⇒ コンジョイント分析。消費者の選考の代替案の選択結果から、属性毎の個別の効果を推定する

第2章        富山県五箇山CVM調査から
総便益Total Willingness to Pay(TWTP)の推計は約4,800

第3章        広島県宮島
個人から徴収できる最大の金額(中央値:median)が、個人から徴収すべき金額(平均値:mean)を大幅に下回る ⇒ 利用者が一定の保護コストを負担することには妥当性がある

第4章        岐阜県高山市の文化的景観
市内の伝統的建造物保存地区が地域の重要な文化資源であり、控えめな推計でもその価値は全国で約800億円、観光客に対しては約300億円

第5章        滋賀県長浜市コンジョイント分析から
黒壁プロジェクト ⇒ 文化都市として、いくつもの文化施設をまとめたまちづくりをするとともに、共通の入場券を作ってまとめて施設を提供する

第6章        総括
社会的に適切な支援と政治的に可能な支援の乖離




(ひもとく)文化財と学芸員 公開(観光)と保存の両立へ 宮代栄一
2017720500分 朝日
写真・図版
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 「一番がんなのは学芸員。連中を一掃しないと」。文化財観光と関連して、山本幸三地方創生相が放ったこんな発言が大きな波紋を呼び、すぐに撤回されたのは4月中旬。背景には古い建造物の利用のあり方をめぐる問題があったとされるが、山本大臣の発言に影響を与えたとされるのが、彼の知人のデービッド・アトキンソン氏だ。
 『国宝消滅』は、文化財修復を手がける小西美術工藝社の社長アトキンソン氏が「文化財分野をコスト部門から投資対象に変貌(へんぼう)させるには、『観光』という視点が必要」と説いた一冊。
 山本七平賞受賞の『新・観光立国論』(東洋経済新報社)を発展させ、日本が目指す「観光立国」の実現のために、強すぎる保護精神を改めるよう提案。国宝などの建造物を「『保存しなくてはいけない古い建物』ではなく、日本の文化を演出し、伝えてくれる場所」に変えていかなければならないと主張する。文化財を「文化を見学、体験する施設」に、そのためには文化財を扱う「学芸員の意識改革がもっとも求められていく」と熱っぽい。
 存在だけで価値
 だが、学芸員サイドも、アトキンソン氏が言うほど、手をこまねいていたわけではない。たとえば福岡市などでは、教育委員会に属していた文化財を担当する部署が、近年、相次いで観光文化局などに移っている。背景には、文化財を観光資源として有効活用しようとの企図がある。
 文化財と観光は従来言われてきたような対立関係にはないと指摘するのは『文化財の価値を評価する』。世界遺産に登録された富山県五箇山の合掌造り集落や広島県の宮島、岐阜県高山市の重要伝統的建造物群保存地区などの例をあげながら、共存の構図へ変化しているとする。
 文化財には、それがそこに存在しているだけで満足が得られるといった側面があるとの主張には目を開かされる。こうした文化財を訪れ利用する人が生み出す価値以外のものも含めて考えなければ、文化財の価値は把握できないという。
 筆者はそれを知る手法としてCVM(仮想評価法)を使う。例えば高山の伝統的建造物群は控えめにみても全国で約800億円弱の価値があるという。
 アンケートなどによると、高山を訪れる観光客は、古い建造物や町並みが残ることに感動し、そこに価値を見いだしている。であれば、私たちはその活用はもちろんだが、先人が残してきたものをいかに後世に伝えていくかという点に、今以上に心を砕く必要があるだろう。
 このような職責を担っているのが、博物館の学芸員、あるいは学芸員の資格を持ちながら自治体に勤務する文化財担当職員たちだ。公開と保存を両立するため呻吟(しんぎん)する彼らに向けた言葉としては、大臣発言はやはり心ないものだったのではないか。
 地域創生の鍵に
 博物館は、その土地を訪れる人たちにとって、ガイダンス施設の役割も果たしている。『観光資源としての博物館』は、地域創生拠点の「道の駅」を利用した博物館や、観光による地域振興における博物館の有効性の紹介に多くのページを割く。
 1059カ所(2015年現在)の「道の駅」のうち、4分の1に何らかの展示施設が設けられているという報告には驚かされた。多くの人が立ち寄る、抜群の立地をどう生かすか。その上手な活用は博物館による地域創生の鍵となるだろう。
 文化財は高い経済的効果をもたらす「誘客装置」だが、それを保持してきた地域の住民にとってはアイデンティティーの源でもある。「消費する」のではなく、それを核として地域のコミュニティーも活性化させていく両面的な施策が望まれる。
 ◇みやしろ・えいいち 朝日新聞編集委員 63年生まれ。『古代史研究の最前線』シリーズ(共著)など。


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