異類婚姻譚  本谷有希子  2017.3.3.

2017.3.3. 異類婚姻譚

著者 本谷(もとや)有希子 1979年生まれ。2000年、「劇団、本谷有希子」を旗揚げ、主宰として作・演出を手掛ける。06年上演の戯曲『遭難』により第10回鶴屋南北戯曲賞を史上最年少で受賞。08年上演の戯曲『幸せ最高ありがとうマジで!』により第53回岸田國士戯曲賞受賞。11年に小説『ぬるい毒』で第33回野間文芸新人賞。13年『嵐のピクニック』で第7回大江健三郎賞、14年『自分を好きになる方法』で第27回三島由紀夫賞、16年に本書で第154回芥川賞

発行日           2016.1.20. 第1刷発行       1.28. 第3刷発行
発行所           講談社

初出 
異類婚姻譚 『群像』201511月号
〈犬たち〉 『GRANTA JAPAN with 早稲田文学01』〈この町から〉
トモ子のバウムクーヘン 『新潮』20141月号
藁の夫 『群像』20142月号

異類婚姻譚
ある日、パソコンに溜まった写真を整理していて、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付く







異類婚姻譚 本谷有希子著 小説にしか描けないたくらみ
2016/2/6 6:00 朝日新聞
異類婚姻譚 [著]本谷有希子

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夫婦を冷徹に見通す普遍性

 異類が婚姻するというタイトルを見たぼくは『南総里見八犬伝』の伏姫(ふせひめ)と八房(やつふさ)のような話かと思って読み始めた。違った。結婚した男と女が自分のろくでもない部分を相手にさらけ出すうちに「個」としての輪郭が溶け出し、わけの分からぬもの=異類になっていくという話だった。
 男と女はなれ合いながらそっくりになっていく。二匹の蛇が互いのしっぽを食い合う「蛇ボール」のたとえも用いられる。だから、二人は異類ではなく同類なのではないかと思った。だが、実は同じ穴のムジナであるのに相手を異形・異類と忌避するとなると、事態はますます救いがたいということか。いやひとごとではない。「あなたこんなはずじゃなかったでしょ」と罵(ののし)られてもすててこ穿(は)いてへらへら笑っているぼくは、妻の眼(め)にどう映っているのか。
 歴史的に見ると大きな氏族集団から「家」が生まれ、家は大家族から単婚小家族に変化する。この趨勢(すうせい)からすると、やがて生活単位が夫婦でなく個人になるのは避けられまい。婚姻自体は残るだろうが、共白髪まで、という大前提は崩れよう。あなたとの婚姻期間は何年です、に始まり、浮気をしたら、年収が下がったら、何キロ太ったら罰金いくらです、の如(ごと)き「契約結婚」に移行するのではないか。そうすると、男と女は似ないですむのだろうか。いや、別個の人間が共同生活をする以上、問題は常に生じてくるに違いない。その意味で、本書は普遍性をもつ。
 一つだけ。この夫婦は二人の間に「挟むもの」としての子どもを作らなかった設定である。だが、子はかすがいとは限らず、夫婦を破綻(はたん)させる素因にもなる。知人宅のネコのサンショは粗相をするからと山中に捨てられた。だが、まさか子どもを捨てるわけにはいかぬのだ。夫婦を冷徹に見通す作者が次のステップで子どもをどう描くのか、とても興味がある。
    
 講談社・1404円/もとや・ゆきこ 79年生まれ。作家。劇作家。『自分を好きになる方法』で三島賞、本作で芥川賞

日本経済新聞夕刊2016年2月4日付
 4篇(ぺん)を収める。表題作の「異類婚姻譚」が第154回芥川賞を受賞した。
 結婚してもうすぐ4年が経(た)つ夫婦。「私」は専業主婦。夫はテレビ好きを宣言し、家で3時間は見続けている。かと思えば、iPadでコインを貯(た)めるだけのゲームに熱中する。ふと見ると、夫の顔が溶けだして、夫に似た何かに変容している。
 夫婦のことを書いた小説。だが、似た者夫婦という古臭い言い回しを粉々にするような衝撃をラストに秘めている。愉(たの)しみを奪うので結末がどうなるのか書かないけれど、どうか、最後まで読んでみてほしい。
 山に猫を捨てに行く話がこれほど効果的伏線だったとは! 小説にしか描けないたくらみに満ちている。
★★★★
(批評家 陣野俊史)



異類婚姻譚とは、動物精霊妖怪など、人間以外の者との恋愛婚姻結婚)を主題とした説話の総称。
日本
でよく知られている例としては、鶴の恩返し雪女など。
両者が引き裂かれたり悲しい結末を迎えるものが多く、トントン拍子に幸せな結末を迎えるものは稀である。

日本の異種婚説話

山幸彦と海幸彦
日本神話
火遠理命(人間)と豊玉毘売命(女神)の婚姻が描かれている。豊玉毘売命の正体は『古事記』では、『日本書紀』では。この2人の孫が初代天皇(神武天皇)とされている。

鶴の恩返し / 夕鶴
人間の男に助けられたが、人間の女に姿を変えて嫁いでくる。

浦島太郎
浦島太郎(人間)と乙姫(海神の姫)との結婚が描かれている。

雪女
日本各地に伝わる昔話。婚姻譚以外にもさまざまなパターンがある。

羽衣伝説
天女
人間の男の婚姻譚。最終的に妻は天に帰ってしまう。妻が子供を連れて行くパターンと子供が残るパターンがある。日本のみならず、アジアや世界全体に見うけられる。

南総里見八犬伝
滝沢馬琴
による長編伝奇小説。大名の娘伏姫 八房の結婚が描かれている。

海神別荘
泉鏡花
による戯曲。人柱になった美女と 海神の世継ぎの物語。

葛の葉 信太妻 / 信田妻
人間の男に助けられた白狐 人間の女に姿を変えて男と恋仲になる。ふたりは結婚し、子をもうける。やがて正体が知れ、妻は子を残し去ってしまう。子は後の安倍晴明とされている。

狐女房
男が美女に出会い、結ばれて子をなすが、美女は狐の化けた姿で、犬に正体を悟られて去ってしまう。しかし男は狐に「なんじ我を忘れたか、子までなせし仲ではないか、来つ寝(来て寝よ)」と呼びかける。『日本霊異記』に記載されている。

雁の草子
身よりのない姫と 人間の男に姿を変えたが恋仲になり契りを結ぶ。しかし春になると男は帰郷(帰雁)せねばならず、ふたりの恋は悲恋に終わる。やがて一羽の雁が女のもとに男の死を伝え、姫は無常を感じて出家し、一生を終える。

オシラサマおしら様
東北地方
の伝承。ある農家の娘が家の飼いと仲が良く、ついには夫婦になってしまった。娘の父親は怒り、馬を殺して木に吊り下げ、馬の首をはねた。娘は馬の首に飛び乗ると、そのまま空へ昇っていったという。後に養蚕、農業、馬の神として信仰された。柳田國男の『遠野物語』で有名。

黒姫伝説
長野県
の伝承。に見初められた姫君の物語。いくつかのバリエーションがある。

能恵姫伝説
秋田県
の伝承。大蛇と結婚し竜神となった姫君の物語。いくつかのバリエーションがある。

蛇婿入り
大きく分けて苧環(おだまき)型と水乞い型がある。この2つ以外にもいくつかのパターンがある。

蛇女房
蛇と 人間の男の恋物語。正体がばれた後の別離の際、妻は自分の眼を与えるが、男はその眼をなくしてしまう。妻はもう片方の眼も与えて盲目となってしまう。

タニシ長者田螺長者
老夫婦に息子として育てられたタニシ 信心深い長者の娘と結婚する。ある祭りの日、タニシ夫婦は観音様にお参りに行った帰りに、烏に襲われる。その弾みでタニシの殻が割れてしまうが、中から人間になったタニシが現れる。

食わず女房二口女
ケチな男が「ものを食わない」という女を妻にするが、なぜか蓄えた米が減っていく。男が出掛けたふりをして家を覗いたところ、妻は髪を解いて後頭部にぱっくりと開いた口に次々と握り飯を放り込んでいた。正体がばれたことに気づいた妻は夫を殺そうと追いかける。

猿婿入り
男が「田に水を引いてくれた者に娘を嫁にやる」という。がそれを聞き、田に水を引き、娘をもらいにくる。いくつかのバリエーションがあるが、最終的に猿は死に、娘は無事に帰る。

蛤女房
漁師の男に助けられたが、人間の女に姿を変えて嫁いでくる。

日本以外の異種婚説話

エロースプシュケ
ギリシャ神話
性愛を司る 人間の王女が恋に落ちる。ギリシャ神話にはこの他にも異類間の恋物語や婚姻譚が多く見うけられる。

ミノタウロスの誕生
ギリシャ神話。クレタ王が神との約束を破ったことで、その后パーシパエーは牡牛と結婚し怪物を産んでしまう。

ウンディーネ
ドイツ
のロマン主義小説。人間の騎士と水の精の悲恋物語。

かえるの王さま (カエルの王様 / カエルの王子 / 鉄のハインリヒ / かえると金のまり
グリム童話


美女と野獣
フランス
民話

メリュジーヌ
フランスの伝承。人間と妖精の間に生まれたメリュジーヌは、出生時に呪いを受けており、週に一日だけ下半身が水蛇の姿になってしまう。メリュジーヌはある領主と結婚し子供をもうけるが、あるとき正体を知られてしまう。領主はそれでもメリュジーヌを妻としつづけた。しかし二人の間に生まれた気性の荒い息子達が殺人を犯したと聞いたとき、激昂して「お前が蛇だからだ」と妻をなじる。傷ついたメリュジーヌは川に飛び込んで行方をくらました。その後メリュジーヌの夫が治める一族は急速に衰退してしまったという。

白蛇伝
中国
の民話。白蛇の精が人間の男と恋に落ち夫婦になるが、正体がばれて和尚に塔の下へ封印される。時代とともに数々のバリエーションと派生作品が生まれた。

女神ヒナと大ウナギのトゥナ
ポリネシア圏でひろく見られる民話。どの民話でもトゥナは死んでしまうが、その亡骸から様々な生物やココヤシが発生するというハイヌウェレ型民話の側面も持つ。

異種間での結婚・出産を扱った作品



2016.1.19.
154回芥川賞と直木賞の選考会が119日に開かれ、芥川賞には本谷有希子(もとや・ゆきこ)さんの「異類婚姻譚(いるいこんいんたん)」と、滝口悠生さんの「死んでいない者」、直木賞には青山文平さんの「つまをめとらば」が選ばれた。毎日新聞などが報じた。贈呈式は2月下旬に東京都内で開かれ、賞金100万円などが贈られる。
芥川賞を受賞したうちの一人、本谷さんは、石川県出身の36歳。2000年に自ら脚本と演出を手がける「劇団、本谷有希子」を旗揚げした。
性格に癖のある現代女性などを主人公にした舞台は、若者を中心に高い支持を集めている。代表作には、映画化もされた「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」などがある。
芥川賞の候補に挙がったのは、今回で4度目。受賞作の「異類婚姻譚」は、文芸誌「群像」201511月号に掲載された。NHKニュースは次のように報じている。
受賞作の「異類婚姻譚」は、深く考えることなく結婚生活を送ってきた専業主婦の女性が、ある時ふと自分の顔が夫に似てきたと感じたことをきっかけに、夫婦の関係に疑問を感じ始める物語です。夫と自分の顔に起こる不思議な変化を受け入れようとしつつも、夫が自分とは根本的に異なる存在であったことに気がつく女性の心情を、軽妙な文体で描いています。

本谷さんはNHKの電話取材に応え、「知らせを受けた直後なので頭が真っ白です。周りの人たちがかつてないほど期待してくれていたので、みんなに喜んでもらえてうれしいです。芥川賞はこれまで3回落ちていますが、自分自身でその理由が分かっていたので、この作品まで粘ることができました。私自身は今回の受賞でよかったと思います」と話しました。

芥川賞に滝口さんと本谷さん NHKニュース 2016/01/19 19:07


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