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渡邉洪基  瀧井一博  2016.11.28.

2016.11.28.渡邉洪基(わたなべひろもと) 衆智を集むるを第一とす
著者 瀧井一博 1967年福岡県生まれ。90年京大法卒、95年同大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。現在国際日本文化研究センター教授。博士(法学)。『文明史の中の明治憲法――この国のかたちと西洋体験』で、03年大佛次郎論壇賞、角川財団学芸賞。『伊藤博文――知の政治家』で10年サントリー学芸賞
発行日           2016.8.10. 初版第1刷発行 発行所ミネルヴァ書房(ミネルヴァ日本評伝選)
渡邉洪基(1848~1901) 明治期の官僚、政治家。帝国大学(現東京大学)の初代総長であり、民権運動に対する政府の弾圧策として悪名高い「集会条例」の起草者。その一方で、国家学会や統計協会など多くの学会や組織の立ち上げに関わり、「三十六会長」と言われる。本書では、日本の近代化を支える「知」のあり方を追求した明治国家の造形者の一人として、渡邉に新たな光を当てる 「衆智を集むるを第一とす」 郷里である武生に対し、渡邉が図書館ないし博物館の設置を説いた明治11年の書状「武生地方有志諸君に告ぐ」に見られる一説。様々な知識の集積と人々の交流こそ日本が近代国家として発展していく源泉であるという渡邉の思想が端的に示されている
はじめに 帝大総長としては、当代屈指の知識人であり、帝大の前身の旧・東京大学時代にも総理を歴任していた加藤弘之や、明治期の文部行政にその名を欠かすことのできない後の文相・浜尾新(第3代)、明治初期啓蒙知識人の一翼を担った第4代・外山正一が有名であり、近年刊行された一般向けの東京大学史は、初代総長としての渡邉は「前東京府知事という妙な経歴を持つ官僚で、大学人から違和感を持って受け止められた」と素っ気なく記すのみ。また、教育史の大家の手になる日本大学通史ではその名すら出てこない 本書は、この忘れられた”東大”初代総長を掘り起こし、その思想の歴史的評価を試みる