ことばあそびの歴史  今野真二  2016.9.23.

2016.9.23.  ことばあそびの歴史 日本語の迷宮への招待

著者 今野真二 1958年神奈川県生まれ。早大大学院博士課程後期退学。高知大助教授を経て、現在、清泉女子大教授。日本語学専攻

発行日           2016.6.20. 初版印刷          6.30. 初版発行
発行所           河出書房新社(河出ブックス)

言語は単なるコミュニケーションの道具ではない―――
なぞなぞ、縁語、掛詞、折句、沓冠、いろは歌いろいろ
『徒然草』のなぞ、口合・地口、無理問答、判じ絵、回文、考え物、都都逸……
『万葉集』から、なぞなぞの宝庫というべき中世、言語遊戯百花繚乱たる江戸、幕末・明治まで、おもしろい言葉遊びを紹介しつつ、時代時代の言語生活の息吹を感じながら、日本語という言語のワンダーランドへ読者をいざなう

はじめに
過去の日本語のありかたについての説明をきちんとしたうえで、その「ことばあそび」のおもしろさ、仕組みについて理解してほしい
「ことばあそび」も原典に遡ることが大事。古典文学作品に支えられていることが多い
『古事記』撰進の翌713年に、郡内の産物について品目のリストを作り、土地の名称の由来やその土地に関わる伝承などの報告を求める官命によって撰進されたのが『風土記』

第1章        ことばあそび事始め
『万葉集』巻13は「挽歌」を収めるが、3330番の長歌に「くくりつつ」とあるのを、「八十一里喚鶏」と書いているのは、「九九 八十一」の連想
他にも数字がよく使われる  「なむ」を「七六」と書いたり、「すべしや」に「八」を当てたりする例がある
『古今和歌集』巻13は「恋歌」を収めるが、ある語を軸として、その語と何らかの関係を持っている言語(縁語)を使って表現を組み立てた和歌や、掛け詞という技法を用いた歌、あるいは縁語と掛け詞7の両者を使った歌がよく見られる
折句  特定の単語を五七五七七の各句の頭に折り込んだ歌のこと
ぐらやま ねたちならし くしかの にけむあきを るひとぞなき(紀貫之)
1首の和歌31文字を頭にして31首詠んだものもある
いろは歌は、七五調に区切ることが一般的だが、7文字づつ区切って書き、各区切りの最後の文字をつなげると「とかなくてしす(咎無くて死す)」となる。竹田出雲作の浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』は、咎無くして罪を受け死んでいった赤穂の義臣四十七士を、四十七字の仮名手本、即ち以呂波に引き当てたもので、当時から「咎無くて死す」が常識となっていたことが分かる
沓冠(くつかむり)  行頭と行末の両方に折句を使ったもの。Double acrostic
もすず ざめのかり まくら そでもあき だてなきか
夜もすずし 寝覚めのかりほ 手枕も ま袖も秋に へだてなき風(吉田兼好)
るもう たくわだせ てはこ ほざりにだ ばしとひま
夜も憂し 寝たくわが背子 はては来ず なほざりにだに しばしとひませ(頓阿)
兼好の句の頭を繋ぐと「よねたまへ(米賜へ)」となり、各句末を最後から遡ると「ぜにもほし(銭も欲し)」となり、これに対し頓阿の返歌は、「米は無し 銭少し」となる

第2章        いろは歌あれこれ
『万葉集』巻19には、ある助詞を使わないで作った大伴家持の歌がある
『古今和歌集』955番歌は、同じ仮名を使わないで作った歌
平安時代の歌人・相模の作った『相模集』には、仮名48文字からなる『あめつちの歌』の48文字を、行頭と行末に折り込んだ歌を12首作っている  48文字全部を折り込んで48首作った人もいた
『あめつちの歌』は『いろは歌』の前身で、48文字あるのはア行の「え」とヤ行の「え」の発音が区別されていた時代の作だから
『いろは歌』は、江戸時代後期の国学者の間でも47文字を使った歌として作られた
明治期には、黒岩涙香の『萬朝報』が47文字に「ん」を加えた48文字を重複なく使って作られた歌20編を発表、「国音の歌」と名付けた  1等がダントツに素晴らしい
1900年の文部省令「小学校令施行規則」で、小学校で用いる「字体」が示され、現在使われているものと同じで、以後それ以外の字体(「ゑ」「ゐ」「ヱ」)を「変体仮名」と呼ぶ
棋士が作ったいろは歌  中山典之7段で、48文字を使った歌の出だしをいろは順に並べたり、歌の中に囲碁の格言を盛り込んだり、なかなか手が込んでいる。47文字歌を作るのは48文字に比べて数倍も難しいという

第3章        中世――なぞなぞの宝庫――
連歌とことばあそび  発音の重なり合いや「賦物(ふしもの)」といって、特定の言葉を入れることを条件としたり、「賦一字露顕連歌」といって「一拍語の同音異義語ペア(「日・火」、「香・蚊」など)」を入れた句を詠まなければならなかったりする。回文の連歌もある
英語を書くために使うアルファベットは「音素文字」なので、幾つか並んで音節と対応するために、回文が原理的に作りにくい。傑作は以下に極まれり
ナポレオン、イングランド侵略について、自身の有無を質された時、応えて曰く
Able was I ere I saw Elba. 余、エルバ島を見るまで不可能の文字を知らざりき
中世になると、日本語についての「観察」が進み、使っている日本語について、様々な面方ある程度「客観的」に捉えることができ始めたところから、言葉の遊びが多くなる

第4章        江戸時代――言葉遊戯百花繚乱――
Ø  『寒川入道筆記』(1613)のなぞなぞ
 春夏秋冬を昆布に裹(つつん)だ 何ぞ 小式部
昆布(こぶ)の間に、春夏秋冬=「四季」を入れると、こしきぶ
問題文の内容と答えとして示される語が中世よりも大分幅広くなってくる
 ツバキ葉落ちて露となる ゆき()
ツバキ(椿)の「は」が落ちて「ツキ」、「ツ」が「ユ」となるので、「ユキ」
Ø  隠句(いんく/かくしく)  考えて答えを出すように工夫してある謎もののこと
 中華(ちうくわ)でもかわらぬものや梅の味
中華は「唐(カラ)」で、梅の味は「酢()」っぱいということなので、答えは「カラス」
 からだには さむさこたゆる 冬のくれ
「からだ」は「身()」と言い換え、「寒さこたゆる冬の暮れ」は「寒(カン)」なので、「ミカン」
Ø  『謎車氷室桜』(1728)の「二重謎」、「三重謎」、「四重謎」、「もじり謎」、「当て字謎」、「常の謎」
 「常の謎」  下紐に蚊の一こゑ ぶんまわし
「下紐」で「マワシ」、「蚊の一こゑ」で「ブン」ということから、答えは「ブンマワシ(コンパス)」で、『源平盛衰記』にはこの語が使われている。「問いと答」とからなる「二段謎」の例
「~とかけて~と解く、その心は~」という「三段謎」のうち、「解き」が潜在化したのが「二重謎」だが、「解き」が分かりやすすぎては謎として面白味がないし、あまりにも複雑だと「解き」の工夫が意味をなさなくなるところから、自然に「三段謎」が発生
Ø  秀句  『徒然草』第86段で使われているが、その意は、「気の利いたしゃれ」くらいの意味合い
Ø  口合(くちあい:上方)・地口(江戸)  同音異義語や類音異義語を使った言語遊戯だが、駄洒落なので、雅な素材を俗に「移す」ところに面白味がある
Ø  無理問答  矛盾する「句」を組み合わせたもの
 「一枚でもせんべいとはいかに」「一つでもまんじゅうというが如し」

第5章        幕末・明治――雅俗をつなぐミッシング・リンク――






ことばあそびの歴史 今野真二著 日本語の「雅」と「俗」をつなぐ
2016/8/21付 日本経済新聞 朝刊
 スポーツもテレビゲームも苦手だった子どもの頃、ひとりきりで密(ひそ)かに楽しんでいたのが言葉遊びだった。しりとり、なぞなぞ、連想ゲーム……。その中には自分で創作した遊びもあった。「こんなことをして遊んでいるのは、世界で僕ひとりだけだろう」とニヤニヤしていた。しかし実際は子どもが思い付くレベルの言葉遊びなんて、長い歴史の中でたいてい、とっくに試みられているのだった。未熟な浅知恵を振りかざしていた子どもの頃の私に、あっさりと冷や水を浴びせかけてくれる本が刊行されてしまった。それがこの『ことばあそびの歴史』だ。
(河出書房新社・1700円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 日本語学者である著者が、万葉集や古今和歌集にみられる遊び歌から、後世のなぞなぞの原型といえる中世の「なぞだて」、江戸時代に生まれたしゃれやいろは歌、無理問答に判じ絵、幕末・明治期の「考え物」や英語の地口など、日本語の言葉遊びを歴史に沿って紹介する。言ってみれば、言葉遊びからアプローチする日本語史である。
 回文など今も続く遊びもあれば、現代では廃れた遊びもある。漢籍など前提となる知識が今では失われたために伝わりづらくなったものもある。なので時折、著者自身が昔の言葉遊びを現代風に再現してみたりもする。たとえば「なぞだて」の一例。「水道の蛇口の上のコクリコ」、これは何? 水道の蛇口(カラン)の上にコクリコ(罌粟(けし))なので、その心は「けしからん」。
 和歌や漢詩のような「雅」の言語空間と、小唄や俗曲にみられる「俗」の言語空間が、ともに日本語を形成してきた。言葉遊びはその両者をつなぐ「ミッシング・リンク」なのではないかと著者は考える。現代も演芸という「俗」の世界で、お笑い芸人たちが高度な言葉遊びを日々繰り出していることを思うと、つい頷(うなず)かされてしまう。
 そして著者は日本語の言葉遊びの中核には和歌、連歌、俳諧、川柳といった、日本の韻文があることを指摘する。日本語韻文の特徴は押韻よりも音数律を重視することだというのが通説化しているが、むしろ押韻の一種である「掛詞(かけことば)」に日本語韻文の本質性を見ている。これは興味深い指摘である。俳句は詩なのに「手を上げて横断歩道を渡りましょう」はなぜ詩ではないのか、という問題への回答になりえているからだ。
 日本語は決して、「文学」の中だけで作られてきたわけではない。ナンセンスな「遊び」によって洗練されてきた言語空間も確かにある。皆さんも参加してみませんか。言葉遊びの世界は、誰にでも開かれています。
(歌人 山田 航)
[日本経済新聞朝刊2016年8月21日付]


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