コンビニ人間  村田沙耶香  2016.8.14.

2016.8.14. コンビニ人間

著者 村田沙耶香 1979年千葉県生まれ。03年『授乳』でデビュー。31回野間文芸新人賞、26回三島由紀夫賞。本著で155回芥川賞

発行日
発行所           文藝春秋


普通の家に生まれ育つが、少し奇妙がられる子供で、幼稚園の頃には公園で死んだ小鳥を見て、お父さんが焼き鳥が好きだからといって焼いて食べようと言ったり、小学校に入ったばかりの時には喧嘩している男の子を、「誰か止めて!」と言ったのを聞いて、用具入れからスコップをもってきて男の子の頭を殴ったり、教室で若い女の先生がヒステリーを起こして喚き散らしたため皆が泣き始めた時には、スカートとパンツをひきずり下したため先生が仰天して泣き出し静かになったことがある
父母は、その都度困惑して周囲に誤ったりしていたので、私は家の外では極力口をきかないことにし、皆の真似をするか誰かの指示に従うかどちらかにして、自ら動くのは一切やめた。高学年になっても、黙ることが最善で、生きていくための一番合理的な処世術であり、徹底して必要事項以外のことは口にすることはなかった
家族はいつも私のことを心配して、「どうすれば『治る』のか」と言っていた
大学のアルバイトで、オフィス街に新装開店するコンビニに行く
研修が終わって開店したコンビニでは、すべて規格化された動きと音と人の流れがあって、業務もマニュアル化された通りに動いていく
休日に同窓会で旧友と再会してからは地元に友達ができるが、自分に向けられる質問は結婚のことばかり
いつの間にかバイトのまま35まで続けているが、マニュアル化された仕事や指示されたことはきっちりやるところから店長からも頼りにされている
補充で来たアルバイトの男性が、婚活が目的だと言い、コンビニの仕事を見下して仕事をろくにしないばかりか、目を付けた女性客にストーカーまがいの行為に及んだため、すぐに首になる
その男性が、女性客の待ち伏せをしているところに行き合わせ、話を聞くうちに、彼がルームシェアの料金滞納で行くところがないというので、自分の家に連れて帰る
そのままずるずると同居が始まり、妹に男と一緒にいるというと、妹は大喜び
店長が、コンビニに男が残していった荷物の処分に困っているところに出くわし、自分が渡そうと口を滑らしたために、同居していることがばれてしまう
コンビニ内ではすぐに2人の付き合っていることがばれてその話で持ち切り、繁忙時にも仕事そっちのけで興味津々話を掘り起こそうとする
男と同居していることですべて周囲がうまくいくのであればその方が面倒臭くなくて済むので、働こうともしない男に寝る場所を提供し餌を与えて、そのまま同居を続ける
妹が現場を見に来たので、そのことを説明すると、妹は仰天してカウンセリングに行こうというが、男からいずれちゃんと働いて籍も入れる積りだと言い訳されると、その話を信じてしまう
アルバイトで男を養っているというのでは世間体が悪いと男が言い出し、私は18年間のコンビニ生活を終わりにして、正規の就職先を探すが、コンビニを辞めてしまうと、何時何をしたらいいのかすらわからなくなる
就職活動の途中でふと入ったコンビニで懐かしいコンビニ独特の音を聞き、ついつい昔のコンビニ人間としての職業意識が出てしまう
男からは、男のために働いた方が皆がほっとするし納得する、全ての人が喜ぶ生き方だと言われるが、自分は「コンビニ店員」という生き物だと言って、男とは別れ、新たな働き先のコンビニを探す


日本経済新聞書評 2016.8.21.
コンビニ人間 村田沙耶香著 日常の場所と常識を巡る疑問
 新刊小説にはいつも「最高傑作」や「集大成」の煽(あお)り文字が躍るが、そう度々では信憑(しんぴょう)性も薄らごう。とりわけ「集大成」は作者の全てが詰まった作品だから、来歴が短すぎては無意味だし、長すぎては収まりづらい。だがデビュー十四年目にして芥川賞を受賞した本作は、著者のまさに集大成的な作品だった。
·         http://www.nikkei.com/content/pic/20160822/96958A99889DE2E4E1E3E0E4E1E2E0E2E2EAE0E2E3E49F8BE4E2E2E3-DSXKZO0631264020082016MY6001-PN1-7.jpghttp://style.nikkei.com/img/pc/detail/btn04.png(文芸春秋・1300円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 物語は、十八歳からコンビニバイトを続ける三十六歳の恵子が主人公。初出勤を「コンビニ店員として生まれ」た日だと言う彼女は、店の均一な「部品」や「歯車」である日々を淡々と、そして喜びと共に送っている。
 といってそれは高度成長期的な「社畜」礼賛ではない。彼女にはコンビニこそ世界と人生を測る羅針盤であり定規であって、母胎と臍(へそ)の緒で繋(つな)がる胎児への憐(あわ)れみや謗(そし)りの無効と同様確固たる一つの価値観なのだ。
 だが周囲はそんな例外を許さない。破天荒でKYな娘が始めたバイトをかつて「治った」と喜んだ家族は、十八年後も働き続けていることに困惑する。大学時代の仲間は、旧友が就職にも結婚や恋愛にも無頓着なことに戸惑い驚く。それはどちらも、自分たちが社会に持つイメージを崩す存在や感覚の許容が、彼ら自身を脅すからだ。人とはかくも臆病である。
 そこに登場する、自分の価値観に籠もって周囲を責める白羽(しらは)青年。結婚すれば周囲に認められると信じて婚活代わりにバイトを始めた彼は奇行ですぐ解雇されるが、そんな男に恵子は自分と婚姻届を出そうと誘う。恋愛感情は無論ない。「普通の人間」を演じることで周囲から「削除」されまいとする、いわば生存戦略だけがそこにはある。
 削除される側として恵子と同類ながら、削除する側の価値観に影響される点で周囲や我々の社会とも通じる白羽との、奇妙な同居生活や周囲の反応は、読んで確かめてほしい。そこには著者が過去の作品と人生で問い続けてきた、家族・性・愛情など様々な「普通」や「常識」を巡る疑問が、「コンビニ」という彼女自身にとり(デビュー前から働き続けた点で)最も馴染(なじ)み深く、我々読者も日々親しむ場所を舞台に、商品陳列の秘密や控室での店員たちの姿まで、興味深い細部と共に描かれる。
 存在論的な独自の問いと、実感と近しさの詰まった日常の場所――そんな「集大成」が成功しないわけがないし、海外でも評価されつつある彼女の過去作が国内で読まれる契機にもなるだろう。だが、だからこそ次は、過去十三年とは違う飛躍が必要にもなる。その意味で本作は著者の再・出発点なのだ。
(早稲田大学准教授 市川 真人)
















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