統計はウソをつく アフリカ開発統計に隠された真実と現実  Morten Jerven  2015.11.26.

2015.11.26. 統計はウソをつく アフリカ開発統計に隠された真実と現実
Poor Numbers: How We Are Misled by African Development Statistics and What to Do about It     2013

著者 Morten Jerven モルテン・イェルウェン サイモン・フレーザー大学准教授。経済史家。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得。2009年より現職。専攻は国際問題。現在は植民地時代のアフリカの経済史とポストコロニアルの経済発展に関する研究をむすびつける研究をしている

訳者 渡辺景子 翻訳家。一橋大学社会学研究科博士課程修了

発行日           2015.7.30. 第1刷印刷      8.10. 第1刷発行
発行所           青土社

まえがき
2007年 経済史の博士論文でアフリカ諸国の国民所得推計がどのように作成されているのかを調べるための現地調査でザンビアに行く ⇒ 基礎データの欠如と使われた初歩的な方法に驚かされる。農業部門は8品目の農作物の作柄予想の動向を観察することで説明されていたし、経済の残りの分野については使用可能なデータは全く存在しなかった。建設部門はセメントの生産及び輸入と同じ比率で成功すると想定され、小売り、卸売り、運輸部門は農産物及び銅の生産と同じ比率で成長すると想定され、サービスは商業及び運輸と同じ率で成長されると想定されていた
本書は、アフリカにおける国民所得計算のいわゆる民族誌を提示する
本書が論じるのは、アフリカ諸国の経済改革の基本的な枠組みであり、国民経済計算とGDP統計のシステムについてである ⇒ この種の研究には、広さと深さの二律背反がつきものだが、本書では、個人的インタビューによって集めた豊かな情報と、大陸レベルでの調査からの要約情報との両方に依拠することによって、この二律背反を最小化しようと努めた
開発コミュニティの一部では、アフリカの統計が質的に疑わしいことを認め、統計分析だけに基づく経済開発という形が一般化することを避けているが、その対極には、自分たちが使うデータに大きな信頼を寄せる統計専門家がいて、観察の不正確さが非常に大きな問題であることを納得させられるまでその信頼は揺るがない。本書の目的は、両方の人々に開発統計を取り扱う道具を与えることによって、この隔たりを埋めることにある。本書は、なぜデータの質が問題なのかを示すだけでなく、アフリカの経済統計の水準、傾向、そして間違いの原因について、初めて体系的分析を行う。統計の作成における政治的圧力の重要性についても陰影に富んだ見方を展開する
結論では、統計の作成者と利用者双方へのガイドラインをより良いものにするために何ができるか、何がなされるべきかについて論じる
基本的教訓は、多くのアフリカ諸国では新しい基本推計が必要であり、それは理論的あるいは政治的優先権だけではなく、地域への適用可能性に基づくものでなければならないということ
本書の政策的助言は、単にデータ収集にもっと資金を向けろというものに留まらず、データ提供者である統計局の正当性を強化する必要があるというもので、統計局が開発において演じうる役割を認識することは、彼らを開発計画のための信頼できる定期的なデータの提供者にするうえで、重要なステップである

序文
本書は、アフリカの経済開発に関係するアカデミックな議論や政策決定で、開発統計が果たす役割についての著作
アフリカの入手可能なデータを巡るもっとも根本的な問題は、データが不正確なことは分かっているが、どこまで不正確かは簡単に判断できないということ

第1章        私たちはアフリカの所得と成長について何を知っているのか
問題の提示 ⇒ アフリカ諸国の経済統計の作成を理解するために不可欠な基本原則を紹介し、異なったタイプの統計や中心的なデータ提供者を理解するための指針を提供
GDP水準によるアフリカ諸国の順位付けはどれも誤解を与えるものだと考察


第2章        アフリカの富と発展を測定する
アフリカの国民所得計算の簡単な歴史 ⇒ 過去のデータはしばしば事実として提示されるが、むしろ特定の経済的、政治的制約を受けて作られたものとみなされるべき


第3章        事実、仮定、そして論争――データセットから学ぶこと
エコノミストたちが最も気がかりな、データ測定の重要性について、いかに重要かということを論じる。データの質を軽視することの危険性についても言及



第4章        開発のためのデータ――アフリカ統計の利用と改善
調査情報と現地調査でのインタビューに基礎をおいて、サハラ以南アフリカの統計局の現状を描き出す
統計能力強化のために首尾一貫したグローバルな戦略を導入することが重要


結論    数字による開発
社会科学における数字の利用に対してそれが持つ意味とを、より一般的に論じる
有益な分析が可能なのは、量的分析がデータソースの入念な批判に基礎を置き、質的調査(個々のデータの背景を洗い出すこと)によって保管されたとき
今日のアフリカ開発で利用されている数字は、その目的にとってあまりに貧弱であり、その重要性ゆえにもっとうまく利用し分析しなければならない



HONZ(読むに値する「おすすめ本」を紹介するサイト)書評 2015.8.12. 村上浩
億万長者になった自分を想像してみよう。生涯で使い切れないほどのお金を手にしたあなたは、サハラ以南アフリカ諸国への援助を考える。数多い国の中で、どの国から投資をすべきか?世界銀行による世界開発指標で国民1人あたりのGDPを調べてみると、コンゴ民主共和国の92米ドルが最も小さなものであることがわかる(本書による2009年の調査時点での2000年の値)。
念のために、経済学者にもよく利用される、ペン・ワールド・テーブルPWT)とアンガス・マディソン(マディソン)のデータセットでも調べてみよう。PWTでもマディソンでも、コンゴ民主共和国の1人当たりGDPが最も小さな値を示している。「先ずはコンゴ民主共和国へ援助金を出そう」、と考えるかもしれない。しかし、これら3つのデータセットで貧困国ランキングを作成すると、奇妙な事実が浮かび上がる。例えばPWTでは貧困国ランキング7位のギニアが、マディソンでは35位となっているのである(45カ国中、上位ほど貧しい)。他にもモザンビークやリベリアも参照するデータセットによってランキングが大きく異なる。
なぜこれほどまでに相対的な順位が異なるのか?援助の優先順位を決めるためにどのデータを信頼すれば良いのか? そもそも、これらGDPの値はどのようにつくられたものなのか? 本書が明らかにするように、サハラ以南アフリカ諸国ではGDPだけでなく、多くの統計数値が貧弱な調査やあやふやな推定の基に生み出されている。しかも、現実の世界においてもあまりにも不正確な統計数値をもとに多くの意思決定がなされているのだ。
2007年に博士論文の現地調査のためにザンビアを訪れた著者は、「アフリカ諸国で国民所得推計がどのように作成されるかを調べ」ていて衝撃を受けた。ザンビア最大の都市ルサカにある中央統計局のほとんどの部屋は暗く、多くのコンピューターは所在不明、3人の職員のうち定期的に出勤してくるのは1人だけ、という有り様だったからだ。10年以上前の所得推計の作成方法について答えられる者などいるはずもなく、信頼性のあるデータの方が珍しかった。ここで感じた疑問が、著者を数字の起源を辿る旅へと導いた。
彼らはいったいどうやって、これらの数字をひねり出したのか?
本書は、著者が統計の現場で感じた疑問に答えを出すために、多くの国々へ足を運び、数字が生まれる瞬間を調査した結果をまとめたものである。つまり本書は、『統計はウソをつく』という書名から想像されるような数値をこねくり回す統計テクニックについてではなく、統計のもととなる数値がどのようにつくり出されるのかを明らかにする一冊である。ページをめくるほどに、開発経済統計のあまりの不正確さに、驚かずにはいられないはずだ。最も基本的と思える人口すらも、その精度は決して高くないのである。本書は問題を指摘するだけにとどまることはなく、わたしたちは不正確なデータにどのように向き合うべきか、現状を変えるために何を変えることができるのかについての示唆をも与えてくる。
「統計statisticsという言葉は国家stateという言葉と直接結びついて」いることからも分かるように、統計は公共政治の根幹である。なぜなら、情報を収集する能力こそが、税金を徴収する能力の源泉だからだ。どれだけの国民がいるのか、国民がどれだけの資産を保有しているのか、どのような経済活動を行っているのかを把握していなければ、税金の収集はままならない。税収不足は、正確な統計のために必要な資金の不足へと直結する。アフリカ諸国における統計の不備は、貧困と構造的特徴に根ざした問題なのである。
結論部分で、著者はこのように主張する。
研究者たちは、研究結果と向き合ったときに発するのとおなじ質問を、数字と向き合った時に自分に問う必要がある。「どうやってこの結果に到達したのか」と。
これは開発経済に携わる研究者だけに有用な助言ではない。毎日流れてくるニュースにも統計数字があふれており、数字をもとに過激な見出しがついていることも多い。本書は開発統計の実態を教えてくれるだけでなく、ニュースを埋めるその調査がどのような質問票に基づいたものだろうか、そもそもの数値は正確だと考えられるだろうか、と立ち止まる慎重さを与えてくれる。



コメント

このブログの人気の投稿

大戦秘史 リーツェンの桜 肥沼信次  舘澤貢次  2012.10.13.

昭(あき)―田中角栄と生きた女  佐藤あつ子  2012.7.14.

ヴェルサイユの女たち 愛と欲望の歴史  Alain Baraton  2013.9.26.