国土が日本人の謎を解く  大石久和  2015.12.7.

2015.12.7.  国土が日本人の謎を解く

著者 大石久和 1945年兵庫県生まれ。70年京大大学院工学研究科修士課程修了。同年建設省入省、道路局長、国土交通省技監等歴任。04年財団法人国土技術研究センター理事長就任。13年同センター国土政策研究所所長。専攻は国土学。京大大学院経営管理研究部特命教授、公益社団法人日本道路協会会長等を歴任。

発行日           2015.7.10. 第1刷発行
発行所           産経新聞出版

序章 「日本人」の否定からは何も生まれない
日本人は、「歴史とは流れていくものである」と考える
大災害を経ることで、この国では過去は現在や未来に繋がらない
「流れる歴史」を持つ民族と、「積み重なる歴史」を持つ民族の違いは大きい
ヨーロッパの国々は「人為の国=人為観」であり、すべての出発点は人で、建築物も自然も人の手によらなければいささかも変化しないが、日本は「天為の国=天為観」であり、地震によってすべて崩れる
ヨーロッパでは人が何かを変えない限り何も変わらない。変わらないことを大切にする西欧の文化とは逆に、我が国では変わってしまうから変わることを喜ぶ文化が育った。何もしなくても変わってしまうからこそ、変わることを尊ばざるを得ないといった文化が育った ⇒ 式年遷宮や四季の変化を尊ぶ文化
死生観にしても、ヨーロッパの「紛争死史観」に対し、我が国は「災害死史観」で死を恨む相手はいない
日本人であることへのこだわりを捨てて国際人として振る舞えるわけなどない
私は長い間、国土交通省で「国土に働きかけて、国土から恵みをいただく」ためには何を行えばよいか、考え実践してきた。この国土への働きかけの歴史を、世界と我が国を見比べながら研究していると彼らと我々の経験の違いにたどり着いた
民族の経験が民族の個性を規定する。我々日本人は、何を経験し何を経験しなかったのか。それはヨーロッパや中国の人々とどう異なっているのか
本書は主に国土の自然条件とそこでの経験から得たものという視点からまとめたもの。我々は日本人であることを見つめ直し、「日本人を取り戻す」ことから再出発するしかないのではないか、というのが本書の執筆意図

第1章        歴史を動かした国土と災害・飢饉
1232年 武家の根拠法典として、御成敗式目制定  政治権力を確立した鎌倉幕府成立からずいぶん年月が経っているのは、「天下の人種三分の一失す」という日本史最大級の大飢饉となった「寛喜の飢饉」が相次ぎ、武家による土地支配が進展して土地の所有権や耕作権に関する紛議が頻発、そのピークがこの年で、幕府存続が危うくなることを見通しての制定だったため
吉宗の系統のみが、田安家・一橋家・清水家からなる御三卿を起こし、この血筋からも将軍職を継ぐことができるようになったのか?  歴代将軍との違いは、人口の重要性に気付き、世界的にも稀な例となる総人口調査を初めて行うと同時に、人口が急増した1600年代末の元禄バブルを抑えるため新田開発や新規の物作りを禁止するという努力の方向が同時代人の武家に受け入れられたということ。1720年ごろをピークに総人口は減少し、特に農村人口の減少が危機感を煽るが、吉宗の諸施策は武家の生存のためにはやむをえず、その後徳川が15代まで続くのに大きく貢献
安政期前後も自然災害が歴史上稀に見る集中期で、国論が割れて沸騰した時代の背景の最も基本のところに天地鳴動があるに違いない。薩摩や長州が時代を動かしたのではない。時代の変化を求める大衆のエネルギーが、両藩などを動かし英雄に働き場所を与えた
長州の周防では1721年に比べて幕末期には60%もの人口増があったし、薩摩でも同程度の人口増があったが、いずれも農業生産を改革して「国勢」を大幅に増加させ、窮屈になった幕藩体制の枠組みを打ち破る力となったことは疑いない

第2章        なぜ「日本人」は生まれたのか
日本の国土と他国との違い  ヨーロッパや北米・中国と比べて、いくつもの厳しい自然条件が与えられている
繰り返し繰り返し災害からの復興を果たし、大変な努力によって、より安全でより効率的な国土を作り上げてきた  我々が獲得している勤勉性はこうした努力によってもたらされたもの
「列島の位置」という地理的条件も重要な要素
「ふきだまり文明」  各方面からの文明が混然一体となって形成されたのが日本文明
同時に重要なことは、古い時代から各地の影響を受けてきた一方、石器の作りから、形、種類などに日本独自の個性が次々と生まれ育ち始めていたことで、日本は各種文明が集合し、新たな文明を育てた「るつぼ」だった

第3章        なぜ日本人は世界の残酷さを理解できないか
日本での虐殺は、唯一島原の乱のみ  2万人の男性信者と17千人の女性と子供の信者が殺され、生存は105
厳しい自然災害はあるが、人と人との紛争を、皆殺しによって解決しなくてもよかった

第4章        なぜ日本人は権力を嫌うのか
日本人とは、縄文の昔から江戸に至るまでの長い間、400500人程度が共同体を構成して暮らしてきた民。狭く小さく分散している平野の、極めて小さな集落の中で、歴史のほとんどの期間を暮らしてきたことが我々を規定している

第5章        なぜ日本人は中国人とここまで違うのか
中国は大陸国家であるために、民族の移動や対立が激しく、定住型の社会を作ることができなかったがゆえに、中国の社会の原点は国家権力に他ならない。中国の法治主義とは、上級の権力者が下級の権力者に自分の意思を忠実に実行させるための規制に過ぎず、国家権力を超越し、それから独立し、それをも支配下に置くような普遍的な法体制ではない

第6章        なぜ日本人には長期戦略がないと言われるか
情緒と感情の民  人称表現の豊かさにみられるように、私はあなたとの関係の中にのみ存在していると考える。相手の気持ちを理解しようとし、尊重もしようとする優しさを持っていることに現れる。日本人くらい鋭い洞察力を持った国民はいない
最近の風潮として日本人の使う言葉のいい加減さがこの国をおかしくしている

第7章        なぜ日本人はグローバル化の中で彷徨っているか
顔見知りの狭い小さな集団で暮らしてきた我々は、その中で個人を埋没させてでも、集団の中での調和を最優先させてきた。一人一人が自らの自我を主張することは極力抑えようとする文化やものの考え方を育んできた。全体として一つに溶け合うという日本人の習性は、個性の違いが前提となっているが、それをことさら「個性がなければ生きている意味がない」かのような、無理をした個性の強要が問題を発生させる
1995年の阪神淡路大震災とサリン事件が転機  豊かで裕福になった日本人が、何か致命的なミスをしたのではないかと自問自答するようになる
「これからの暮らしがよくなる」と考える人が、「悪くなる」と考える人を下回り始めたり、生産年齢人口(1564)が、95年の87百万人をピークに減り始め(201281百万人)たり、ほかにもデフレ経済への突入、財政危機宣言、金融機関の破綻、青島・ノックを選んだ都知事・大阪府知事選での人気投票的選挙、円急騰、アメリカからの対日年次改革要望書、非正規雇用のはしりとなる「短期雇用」制度要求を通じた経営の短期利益主義への転換、地方分権推進法成立等々、その後20年は世界で唯一全く成長しない経済となる

おわりに 日本人の強みは集団力
グローバル化とは、西洋人のスタンダードであり、東洋的価値観、特に日本民族の根底にある伝統的な価値観とは全く異質のもの
戦後の7年間、占領軍によって行われた厳格な情報統制・検閲についての認識がないまま、「今我々日本人はどこに立っているのか」を理解することは不可能  占領軍による日本人改造計画が実施され、それが貫徹された時代。言論の自由を確立するために発布された日本出版法は、実は厳しい検閲方針の発布だった。江藤淳『閉ざされた言語空間――占領軍の検閲と戦後の日本』に詳しい
我々が、欧米先進国のような建国理念を持たないで存在しているのは、「日本という国は連綿と続いてきたし、また続いていく国なのだ」という「理念」があるからであり、神武以来万世一系で続いてきた歴史があり、その歴史の延長上に将来があるという「信仰」が我が国の立国理念なのである
我が国土の自然条件、地理的条件や気象条件、さらに位置的条件によって、世界中の他の国民や民族と相当に異なる経験をしてきたのが日本人であり、そのことが、西洋人や中国人とは極めて特異といえるほどの我々の考え方・感じ方を育んできた  これを基本的な立脚点として捉えておかなければならない
我々は「仲間と共同して働く」ことで力を発揮し、「自分の努力が仲間への貢献となる」ことに至福を感じてきた。この日本人の強味である特性を取り戻さなければならない。それが「集団力の発揮」であり、参加者意識を持った組織構成員の集団パワーがこの国を再生する



自虐も「戦後洗脳」も吹き飛ぶ日本人論
内容
なぜ日本人はここまで世界の人々と違うのか。
「戦後」よりはるかに長い時間が大量虐殺の歴史を持つ国々と、災害死の国・日本の違いを生んだ。
国土学の第一人者が日本人の強みも弱みも解き明かす。
戦後70年だからこそ問い直したい日本人とは何か。
3誌の編集長はこう読む!
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WiLL」編集長 花田紀凱氏
日本人が再び羽ばたくための処方箋
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「考える人」編集長 河野通和氏
知の100本ノック! 日本人の底力を問う
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  「中央公論」編集長 安部順一氏
「災害」列島が日本人の思考に何をもたらしたのかを解く!
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なぜ「日本人」は生まれたのか
なぜ日本人は世界の残酷さを理解できないか
なぜ日本人は権力を嫌うのか
なぜ日本人は中国人とここまで違うのか
なぜ日本人には長期戦略がないと言われるか
なぜ日本人はグローバル化の中で彷徨っているか
「日本人」を知れば他国のこともよくわかる!


投稿者京都学派のフクロウ201575
 謎めいたタイトルと大胆な仮説、そして丁寧な検証。法隆寺の建造目的は聖徳太子の怨霊鎮魂であり、『日本書紀』の実質的な著者が藤原不比等と論じる『隠された十字架』(梅原猛・著)を彷彿させる。そして、本書『国土が日本人の謎を解く』は、その期待を裏切らない。
 本書はそのタイトルの通り、ヨーロッパから見れば極東(Far East)に位置する島国「日本」の国土が、長い時間をかけて、世界にも誇るべき日本人のアイデンティティを育んできた、その謎を解き明かしていくという大きな物語である。
 序章では、国土の自然条件とそこでの経験が、民族の個性を規定すると定義。「積み重なる歴史」「変わらないことを大切にする文化」「紛争死史観」を持つ「人為の国」ヨーロッパ(人)に対し、日本(人)は「流れる歴史」「変わることを尊ぶ文化」「災害死史観」を持つ「天為の国」であるとした上で、われわれは日本人であるということを今一度見つめ直し、「日本人をとりもどす」ことから再出発しよう、と語り始める。
 第一章では、「地震」、「津波」、「火山活動」、「風水害」、そして「飢餓」を加えたわが国の自然災害史が掘り下げられる。そして、こうした大規模な自然災害が、われわれ日本人のものの考えた方や感覚に大きな影響を与えてきた、日本の歴史を動かしてきたと解説する。「御成敗式目はなぜ1232年に制定されたのか?」、「法然、親鸞、一遍、栄西、道元、日蓮など、鎌倉新仏教の巨星たちがなぜこの時代に生まれたのか?」、「八代将軍徳川吉宗の子孫のみが、なぜ御三卿という将軍家を継承できる特別の権利を認められたのか?」、「幕末・明治維新の背景には何があったのか?」など、ここで取り扱われる歴史テーマはそれぞれ興味深い。
 第二章では、日本の国土の自然条件の特異性(日本の国土は他国とどう違うか)が解き明かされる。「日本人」を育んだ国土とは、複雑で長い海岸線と細長い弓状列島、四島に分かれた国土の主要部分、脊梁山脈の縦断、不安定な地質、狭くて少ない平野、軟弱地盤上の都市、大地震の可能性、集中豪雨、強風の常襲地帯、広大な積雪寒冷地域、という10ほどもの厳しい自然条件とその重複であった。しかし、われわれの先人たちはこうした頻発する災害に絶望したり、くじけたりすることなく、繰り返し繰り返し災害からの復興を果たし、大変な努力によって、より安全でより効率的な国土をつくりあげてきた。日本人の勤勉性はこうした努力によってもたらされたものであると誇る。
 また、フランスとイギリスの間のドーバー海峡の幅が約30kmしかなく、紀元前のローマ時代ですら大軍が越えることができたのに対して、朝鮮半島と日本列島を隔てる対馬海峡の幅が約200kmもあることで、大昔からこれを越える人の往来があり文化の交流はあったものの、大軍が越えることはできなかった、この大陸との微妙な距離感が、わが国の歴史や日本人の成り立ちを規定してきたと解説する。そして、サミュエル・ハンチントンの主著『文明の衝突』において、イギリスが西欧文明に含まれるのに対し、日本文明は中華文明に含まれない独立した文明であり、北方・西方・南方からの各種文明が集合し、新たな文明を育てた「るつぼ」であるとも解く。これが章末の「日本の文明は中国文明の一派などではない」との強いメッセージに繋げられる。
 確かに、梅棹忠夫の『文明の生態史観』では、イギリスと日本はともに、高度に文明が発達した「第一地域」に位置づけられた「海峡を隔てて大陸と対峙する島国」であるが、ドーバー海峡の幅約30km に対する対馬海峡の幅約200キロの差は意外と大きく、イギリスと日本の歴史の違いそのものにつながっている可能性がある。このあたりのところ(日本の皇室とイギリス王朝の違い)は、あらためて本書の「おわりに」で詳しく取り上げられることとなる。
 そして、第三章から第五章にかけて、物語は核心へと展開する。ここでは、ヨーロッパの「公」に対する、日本の「共」、そして中国の「権力」という構造が新たに解き明かされる。・・・・・。(詳細は、本編をお読みいただきたい)
 圧巻は、「おわりに」の中で語られる「日本はいつからか「日本になった」のではなく初めから日本だった。過去に「建国理念」を宣言したり、独立宣言や人権宣言を持ってきた国柄ではない。移民して行った人々が建国したアメリカはもちろん、ドイツにしてもフランスにしても、戦争や革命などを経て、「現在の国になった」のだが、世界の中でほとんど唯一、日本は「現在につながる国が昔からあった」のである。」以降のストーリー。日本人論の核心が間違いなくここにある。
 非常に興味深いシナリオ展開と数々の新たな発見、そして中等教育国語科教材で取り上げられるレベルの「わかりやすい(お手本になる)日本語」に導かれて、読者はあっというまに本書を読み上げることとなるであろう。
 前著『国土と日本人-災害大国の生き方』(中公新書)が「国土学」の教科書であるのに対し、本書は「日本人論」の教科書として位置づけられる。和辻哲郎の名著『風土』を超える日本人論の傑作。是非、一読をお勧めする。


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