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ナディア・ブーランジェ  Jerome Spycket  2015.12.19.

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2015.12.19.ナディア・ブーランジェ―名音楽家を育てた“マドモアゼル” Nadia Boulanger1987
著者 Jerome Spycket スピケ フランスの声楽家(テノール歌手)、音楽学者、作家。1928年生まれ。2008年没。『クララ・ハスキル』『サンソン・フランソワ』『ユーグ・キュエノー』など、数々の音楽家の評伝を刊行
訳者 大西穣(じょう) 暁星高校卒、国際基督教大卒。哲学専攻。バークリー音楽大学作曲家卒。ニューヨークのStoneなどに自己のグループで出演。帰国後はコンポーザー/ピアニストとして活動
発行日           2015.9.15. 初版第1刷発行 発行所彩流社
20世紀音楽への偉大なる貢献者 夭折した天才作曲家の妹リリへの想い ストラヴィンスキーやラヴェル、ポール・ヴァレリーらとの交流 ディヌ・リパッティやコープランドといった若き才能の育成 クラシック界の錚々たる顔ぶれに彩られた”マドモアゼル”の生涯
若き才能をいち早く見出し、その個性を鮮やかに引き出したナディア・ブーランジェ。もしも彼女がいなかったら、タンゴのアストル・ピアソラも存在していなかったかもしれない 「ブーランジェは、『これこそあなたの分野です。交響曲などやめて、タンゴにあなたの力を注ぎなさい。』と熱心に告げた。そして彼はやがて、タンゴの王となったのである。ピアソラは、ナディア・ブーランジェを自分の第2の母親だとよく語っていた」

まえがき 伝記ではない。伝記に必要な詳細は、いまだベールに包まれている。フランス国立図書館に預けられた書類は2009年まで未公開。本書は、ナディア・ブーランジェという伝説的人物のことを、数人の登場人物といくつかの出来事をもとに鮮やかに回顧していく試み 音楽への造詣と、並外れた指導力によって有名になった 20世紀の最初の75年間、数え切れないほどたくさんの若き音楽家たちが、彼女のピアノの周りに集まり、いまだかつて知らなかった宇宙への扉を、彼女は厳しさと熱意とで開いてくれた

ナディアの貴族的なもの全般への嗜好、威厳を帯びた振る舞いを維持することへの絶え間ない欲求は、明らかにロシア貴族だった母親の血筋によるもの 母親は、サンクトペテルブルクでのコンサートの指揮に来ていた43歳も年上の父親に魅了され、声楽を学んでいたことから、父親が声楽の教授をしていたコンセルヴァトワール(パリ…