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鏡映反転 紀元前からの難問を解く  高野陽太郎  2015.10.21.

2015.10.21. 鏡映反転 紀元前からの難問を解く
著者 高野陽太郎 1950年東京生まれ。85年Cornell大心理学部大学院博士課程修了。Virginia大専任講師、早大専任講師を経て、現在東大大学院人文社会系研究科教授。専門は認知科学(認知心理学、社会心理学)
発行日             2015.7.15. 第1刷発行 発行所岩波書店
はじめに 鏡に映ると左右が反対に見えるのはなぜか。上下は反対に見えないのに、なぜ左右だけが反対に見えるのか ⇒ いまだに定説がない 専門的な議論や図表は、以下のURL参照 http://iwnm.jp/005248m (図表のダウンロードはできない)
第1章鏡の中のミステリー 1 鏡映反転 2 即席の説明 3 古代の学説 4 鏡の光学的な性質 鏡の光学的な作用についての共通の理解は、「鏡はその表面に垂直な方向だけを反転する」 鏡に正対している場合は、前後が反転するだけで、左右、上下は反転しない ⇒ 鏡に向かって立てば、鏡像もこちらを向いて映るのは、前後が反転しているからであり、左手の腕時計は、鏡像でも左側に映っている こうした奥行き方向の反転は、「反射の法則:半射角は入射角に等しい」という鏡の基本的な性質に基づく 鏡映反転は認知の問題であり、物理的には反転しないにもかかわらず、人間が左右反転を認知するのはなぜかという問題
第2章さまざまな説明 1 移動方法説 2 左右対称説 3 言語習慣説 4 対面遭遇スキーマ説 5 物理的回転説
第3章鏡映反転を説明する 1 さまざまな鏡像 2 手がかり 鏡映反転とは、3つの現象の集まり ⇒ 「光学反転」、「表象反転」、「視点反転」
3 光学反転 文字を書いた紙を、鏡と垂直に置けば、左右が反転して見える現象
4 表象反転 文字を書いた紙を鏡と正対させると、鏡像は左右反対に映るが、それは認知の問題 何か別の事物を表しているものを「表象Representation」という。心理学では、心の中で何かを表しているものを「心的表象Mental Representation」と呼ぶ 文字を読むために使う表象は、写真のような1つの決まった映像ではなく、抽象的な構造の記述になっているので、鏡像を見た時に何の文字を表しているか認知できる 文字を書いた紙を鏡と正対させた場合の鏡像は、認知の表象とは左右反対に…

陰謀史観  秦郁彦  2015.10.20.

2015.10.20. 陰謀史観
著者 秦郁彦 1932年山口県生まれ。現代史家。東大法卒、ハーバード大、コロンビア大留学。プリンストン大、拓大、千葉大、日大で教授を歴任
発行日           2012.4.20. 発行 発行所新潮社(新潮新書)
誰が史実を曲解し、歴史を歪めるのか? そのトリックは? 動機は? 明治維新から日露戦争、田中義一上奏文、張作霖爆殺、第2次世界大戦、東京裁判や占領政策、9・11テロまで、あらゆる場面で顔を出す「陰謀史観」を徹底検証。またナチス、コミンテルン、CIAの諜報や、ユダヤなどの秘密結社、フリーメーソンと日本の関係も解明する。日本史に潜む「からくり」の謎に、現代史研究の第一人者が迫る渾身の論考
第1章陰謀史観の誕生 陰謀史観とは、特定の個人ないし組織による秘密謀議で合意された筋書き通りに歴史は進行したし、進行するだろと信じる見方 キーワードは、「ひそかに」「はかりごと」「体系的」 代表的な陰謀史観選定の基準 (1)上記3要素を充足 (2)昭和期を中心とする日本近代史の流れに繰り返し出没して、定説ないし通説の修正を迫るもの (3)それなりの信奉者を集め、影響力を発揮している 主軸に据えたいのは、明治維新に始まる近代日本の急速な発展ぶりが生み出した陰謀史観で、今になって振り返れば多分に被害妄想の産物だったといえる 日本の対外膨張欲を、先進帝国主義勢力が許容するはずがないと思い込めば、日本は包囲下にあっていずれ窒息するしかないのなら、東亜100年戦争の覚悟で囲みを破ろうとする衝動にかられることになる 日本が関わった陰謀史観中の白眉とも評される田中上奏文は明白な偽書とはいえ、世界征服の野望にとりつかれているのかという憶測が内外に広がる ⇒ 27年、天皇の勅旨に応じて田中義一首相が日本の対満蒙積極政策を上奏したとされる。東京裁判でも、中国側は上奏文の真偽は問題ではなく、その後の日本軍の行動が事実で証明しているとの論法 東京裁判において、天皇を免責したことに対する内外の不満はくすぶり続けたが、その先駆となったのは『天皇の陰謀』(71年刊)を書いたバーガミーニ(『ライフ』誌の科学記者)で、天皇が積極的に陰謀に加担したと主張しているものの、加担した端緒とされる会合の年代すら取り違えている程度の低いプロパガンダにすぎなかったにもかかわらず、長い間にわたって広く支持者を集め…

井上ひさしの劇ことば  小田島雄志  2015.10.19.

2015.10.19. 井上ひさしの劇ことば
著者 小田島雄志 1930年旧満洲・奉天生まれ。東大名誉教授。東京芸術劇場名誉館長
発行日           2014.9.25. 初版 発行所新日本出版社
台本は、12年世田谷文学館で「ことばの魔術師 井上ひさし」のタイトルで行われた5人の講師による連続講演での「『薮原検校』――ことばが掘り出すもの」
序にかえて――劇ことばの意味 劇ことばとは、せりふに加えて、観客をも巻き込むような力を持つ言葉 日常会話との違いは、登場人物を通して不特定多数にも伝えることを目的としているため、登場人物が置かれた状況で口走るせりふより体温が高く、切れ味が鋭い 言葉の伝達力にエネルギーを加える必要がある 芝居の言葉には2つの要素 ⇒ ナラティヴ・エレメント(物語的、説明的要素)と、ドラマティック・エレメント(劇的要素) 日常会話より、短く、多彩化する
1章井上ひさしとの出会い 井上ひさしの劇作家としてのデビュー作『日本人のへそ』を出した直後、『悲劇喜劇』の対談「演劇時評」で、彼の『表裏源内蛙合戦』の戯曲評をして、褒めた後に「哲学がない」と言ったことから、反論が来て"突きあい”が始まる 最初に井上ひさし像をくっきりと焼き付けられたのが、テアトル・エコー上演の『表裏源内蛙合戦』で、天才として本草学を極める前半生に対し、山師と呼ばれた後半生を対比し、有り余る才能がありながら、その役割を果たせなかった平賀源内を取り上げ、”知識人は真の革命の中核たりうるか”という問題提起をした作品だったが、言葉がコントロールされずに勝手に飛び出してくる、その多彩さ、自由で無駄な部分が面白かった ことばの持つ遠心力はすごいものがあったが、問題は、テーマが置き去りにされるか、ことばに埋没していること のちに日本語のすばらしさを語っていく契機になった芝居
2章『薮原検校』――ことばの凄み 井上作品で一番初めに推す作品が『薮原検校』(73年 五月舎製作) テーマがことばに追いつき、ことばは多様化したまま深化している。目に見えない心の動きまでことばからのぞいているよう 「盲(めくら)太夫」のナレーションを頭で理解するのではなく、腹で受け止めるため、ボディブローのように時間をかけて効いてくる ことばは人間そのものだということを作者は言いたかったのだろう
3章シェイクスピアとのチャンバラ 『天保12年のシェ…