世界最大の銀行を破綻させた男たち  Iain Martin  2015.7.2.

2015.7.2. 世界最大の銀行を破綻させた男たち メイキング・イット・ハプン
Making It Happen ~ Fred Goodwin, RBS and the men who blew up the British economy          2013

著者 Iain Martin ジャーナリスト。1971年ペーズリー(スコットランド)生まれ。グラスゴー大卒。『スコッツマン』紙、『サンテレグラフ』紙、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙などの編集委員を歴任。現在はフリーランスとして主要紙に寄稿する傍ら、BBCラジオのニュース番組の解説も務めている。ロンドン在住
本書にて、13年度フィナンシャル・タイムズ=ゴールドマン・サックス経済図書賞受賞

訳者 冨川海 1978年神奈川県生まれ。慶應大経卒。大手総合商社入社。エディンバラ大でMBA取得。同大学院在学中に英国金融危機に遭遇し、金融サービス機構発表の「ターナー・レビュー」を日本の『金融財政事情』に紹介

解説 高橋琢磨 経済評論家。1943年岐阜県生まれ。慶應大経卒。野村総研入社。UC BerkeleyにてMBA取得。ニューヨーク駐在、ロンドン支店長、主席研究員を歴任。中央大大学院教授を経て評論活動に。

発行日           2015.4.7. 第1版第1刷発行
発行所           WAVE出版

本書は、英国金融ビッグバン後の金融再編の中で一気に台頭し、世界最大の銀行にとなったロイヤル・バンク・オブ・スコットランドが、悪夢の様に破綻した世界的大事件を、その経営者フレッド・グッドウィンを主軸に、独立機運高まるスコットランドの歴史的背景、金融史にも敷延し、見事に描き切った重厚なノンフィクションである

プロローグ
今世紀初めの好況期にRBSが採用した広告スローガンが、”RBS would ‘Make It Happen.’” ⇒ 意図するところは、顧客が事を起こしたいときにはRBSがいつも側に寄り添う、というものだったが、グッドウィンにとっては密かに世界最高の銀行を創り上げるという固い決意を体現したスローガンでもあった
最も不適切なタイミングで世界最大の銀行になったRBS08年の破綻は、従業員と株主のみならず、英国経済を停滞へと導き、国民生活を大きく悪化させた

本書は、グッドウィンの上昇と下降を中心に据えているが、彼だけを取り扱ったものではなく、強引なトップシークレット、愛国心とグローバルな野心に根差した社風、誤った経営、規制の失敗、政治の置かれた状況、それらすべてが相俟って如何に悲劇を生んだのかを扱ったもの

第1章        2008107日 火曜日
RBSによるナットウェストの買収で巨額の手数料を手にしたメリルが、前月バンク・オブ・アメリカに救済されているなか、前日ダーリング蔵相とグッドウィンの会見が不調に終わったことをBBCの経済記者がブログですっぱ抜いたのが契機となってRBSの株価が急落、金融パニックに突入
何とか当日を切り抜けた後、夜に入って銀行首脳を集めダーリングの主導で総額500億ポンドに及ぶ公的資金注入の話し合いが行われる

第2章        カンパニー・オブ・スコットランド
RBSの起源は、国家的な屈辱となった以前の金融災害にある ⇒ 17世紀後半、多数のスコットランド人が長引く不作と飢饉から逃れるためにダリエン・スキームに基づきパナマ地峡近くに入植したが失敗、1707年イングランドとの連合条約が発効し、ブリテンが誕生。その過程で既存のバンク・オブ・スコットランドとは別にイングランドの息のかかったRBSが創設される
産業革命期を通じてスコットランドとロイヤル・バンクは成長を続け、貿易大国に変貌、銀行業は繁栄を極めた

第3章        新世界
1960年ニューヨークに支店開設、世界展開を図るとともに、69年のナショナル・コマーシャル・バンクの買収によりロイヤル・バンクがスコットランドで最大の銀行となるが、その後疲弊してロイズやスタンダード・チャータードの買収対象とされる
政治的圧力で買収を乗り切ったロイヤル・バンクを生き返らせたのがエンジニアだったマシューソン ⇒ 開発公社のトップからロイヤル・バンクにスカウトされ、大変革の大鉈を振塁、90年代のバブルの到来に合わせて業績も急回復
マシューソンが後任として目をつけたのが、ライバルのスコットランド銀行の社長になった野心的な若い会計士のグッドウィン

第4章        ペーズリー・パターン
58年ペーズリーに生まれたグッドウィンは、トウシュ・ロスに入り、30歳で最年少のパートナーとなり、91年のBCCIの破綻では管財人の一員としてチームを指揮、グラスゴーの小さな銀行に移って社長に上り詰めるが、銀行員と会計士の仕事は、元来対立するものの見方を要求する明らかにタイプの異なる仕事であり、それが後にRBSと英国経済に重大な結果を招くことになる
間もなくマシューソンの目に留まりスカウトされる

第5章        銀行同士の戦い
1998年 RBSに副社長・財務担当役員で入ったグッドウィンは、将来を窺うかのように雌伏
1999年 困難に直面していたナット・ウェストに敵対的買収を仕掛ける ⇒ グッドウィンが担当、その最中の20003月社長に昇格。買収の成功により、マシューソンが長きにわたり言ってきたスコットランドの銀行が世界最高峰の1つになる夢が実現、古いエディンバラの組織をグローバル金融の世界における偉大な名前の1つにするという望みがグッドウィンの手に引き継がれようとしていた

第6章        好況と破綻の繰り返しの終焉
21世紀に入って、ブラウンの指導の下で安定的な条件が築かれ、成長は強く、金利は低く、インフレは僅かで、金融サービス業は繁栄

第7章        首きり屋・フレッド
グッドウィンの下でナット・ウェストとの統合が前倒しで進むが、細部へのこだわりが顕著となって、叱責は日常茶飯事、犠牲者を見つけることに熱心で、彼等の愚かさ加減を徹底的に晒した
グッドウィンは成長に注力、それを買収で実現しようと、相次いで目標を探す
育ちが原因か、古典的ないじめっ子で、自分を守る最良の方法は他人を身代りにし続けることだと思い込んでいる
ナット・ウェスト統合の成功によりRBSの収益は急増、時価総額は700億ドルを超え世界第5位に躍進、02年の終わり、『フォーブス』がグッドウィンを「グローバル・ビジネスマン・オブ・ザ・イヤー」に選出、同誌の表紙を飾る
RBSは英国における法人向け融資が最大、特に企業買収資金の提供となったレバレッジド・ファイナンスにおいて欧州1
近年の経営論において突出した存在で知られるハーバード・ビジネス・スクールも、03年の論文において、ナット・ウェスト買収後の出来事を詳述

第8章        サー・フレッド
グッドウィンは、RBSをアメリカに浸透させるのに、ニクラウスとブランド大使契約を結び、母国では自らの少年時代のヒーローだったジャッキー・スチュアートをブランド大使としたほか、F1のウィリアムズ・チームのスポンサーになったり、ラグビーのシックス・ネーションズ・チャンピオンシップは03年にRBSシックス・ネーションズになった
スコットランドのテニス・プレイヤーのアンディ・マレーは13歳からRBSの金銭的支援を受け、13年には英国人初のウィンブルドン男子シングルスのチャンピオンとなる
04年 銀行業への貢献に対しナイトの称号が授与される ⇒ 英国の首相の推挙によるものではなく、スコットランド自治政府首相と、スコットランド政府報奨委員会の介入のお蔭
0412月 トニー・ブレア夫妻の招待で首相の週末のレジデンスであるチェカースに招待された
ゴードン・ブラウンとも親しかった ⇒ クライデスデール時代の90年代半ばに知り合って以来の交流が続き、お互いとても似ていて、とても内省的な人物で、それが時として他者への極めて変わった対応として表れる(ママ)。今ではあちこちでゴードンのゴシップを言うのが好きだった
ナイト号の授与とブラウンやブレアとの接触がグッドウィンの未成熟な土台を危険に晒したとすると、」RBSの新本社屋はさらに問題を大きくした
グッドウィンのロンドンの金融ジャーナリズムとの関係は全体としては冷めたもので、メディアと気安く交わる一般的な社長ではなく、一部の例外的に選ばれたものだけがランチへの招待や突然の電話を受けた
新聞記者に好感を持っていないことはグッドウィンだけのことではないが、ジャーナリストの幾らかがそのことに気付いてしまうと問題となり、フレッドをクソ扱いし、彼の組織に難癖をつけ始めることを決意
英国の新聞業界で働いている人間の伝統的な役割の1つに、社会的に重要な人物、とりわけ自己中心的な振る舞いが目立つ人物の話をいじり倒すことがある ⇒ よく使われるのが新聞の日々のコラムで、主要人物に関する意地の悪い話がペンネームの下に表れる
分別ある社長なら笑い飛ばすところを、グッドウィンは広告を引き揚げるのみならず新聞社を相手に提訴、大混乱を引き起こすとともに自身を道化にし、結局は和解

第9章        思慮深いスコットランドの銀行家たち
英王室がRBSの子会社に資産管理の一端を委ねていたこともあってグッドウィンは王室にも取り入り、特にチャールス皇太子の信任が厚く、新本社屋は059月に女王がオープンを行うこととなる ⇒ 女王はオープニングのスピーチで何年にも及ぶスコットランドの銀行家の穏健で良好な管理を褒め称えたが、過去の金融危機の中心的役割に照らすと不適当の誹りは免れない
バンク・オブ・チャイナの株式5%を取得、グッドウィンは取締役となり自己満足に耽っている様が明らかとなって、株主の苦情、ジャーナリストからの攻撃・批判に晒される
06年 マシューソンの後任に、元アストラゼネカ社長でロイズの取締役を6年務めたスコットランド出身のマキロップが就任。RBSの取引の一部に若干偏狭なところがあることを理解、グッドウィンのマネジメント・スタイルはかなり機能不全に陥り、ガバナンスが国際的企業に必要とされる水準に達していないことを悟る
05年皇太子とカミラ夫人の米国訪問時、ブッシュ大統領夫妻主催で開かれたワシントンでのディナーに、グッドウィンは夫妻で招待される

第10章     安全な住宅
2000年ナットウェストの買収に伴いコネチカット州のグリニッチ・キャピタルがグループに加わった際、RBSは売却を考えていたが、そのまま維持し続け、基本的な住宅ローンの証券化を超えて、債券担保証券の発行、トレーディング業務が新たに加わる
グッドウィンが最も関心を払ったのは、各事業部門がサインした数字、ターゲット、ゴールであり、数字を達成することが重要で、自分が知らないことに深く関与することを望まなかったが、今やRBS収益の半分近くが彼の理解していない非伝統的な銀行業務から生まれていた

第11章     ライト・タッチ
銀行がバーゼル規制と政府の定めた会計ルールに従っている限り、規制当局の介入は「ライト・タッチ(軽い統制)」であるべきとの考えが支配的 ⇒ 複雑化する銀行業務に対し、特にトレーディングではエクスポージャーを監視し警告を発するための複雑なリスク管理システムが進化、多くがヴァリュー・アット・リスクVaRと呼ばれるもので、銀行内のリスク・マネージャーやリスク委員会が緊急時の特定の資産での損失額を測るのにこれを使用。97年にブラウンが蔵相に就任すると、トライ・パーティー・システムが確立され、イングランド銀行が伝統的な銀行に対する規制監督権限を失う一方、新たに設けられた金融サービス機構FSAが金融機関の日々の監督を行い、イングランド銀行は金融システム全体の安定を担うものとされ、大蔵省が両組織との関係を維持することとなった。FSAの監督に協力するものには軽めの調査(プリンシプル・ベースの規制)で対応。金融システム全体の安定性に責任を持つイングランド銀行にしても状況をリードしていたとは言えない
07年英国の金融サービス業は政府歳入の13.9%に上る税金を支払っており、政治的発言権も強力
監査法人も牽制機能の1つと考えられていたが、RBSは旧来の監査法人PWCを自分に都合のいい対応をするデロイトに変更、でろいとはぐっどうぃんの育ったトウシュ・ロスを吸収して、元のボスがそのままシニア・パートナーで残っていた

第12章     ダブル・タッチ
07年 グッドウィンはアムロに対して買収を仕掛ける ⇒ 同行のアメリカでの業務が狙いだったが、アムロがバークレイズに傾いたため、グッドウィンは他行(サンタンデールとベルギーのフォルティス)とコンソーシアムを作って対抗
その頃、アメリカの住宅市場の悪化がグリニッチの業績に影を落とし始めていた
CDOの評価で揉めている最中の8月にBNPパリバが3つの投資ファンドの中断を決定、クレジット・クランチが始まる ⇒ 9月には英国のハイストリート・バンクにもクランチが及び、ノーザン・ロックでは旧来の取り付け騒ぎに発展、準備不足のFSA、イングランド銀行、大蔵省は愚かにも同行の業務の継続に苦心したが、結局、納税者に多額のコスト負担を強いる完全な国有化となる
RBSCDO関連事業のエクスポージャーは24億ポンドで、吸収可能という結論となり、FSAが自己資本規制の緩和を認めたこともあって、グッドウィンは株主の94.5%の支持を得てアムロへの買収攻勢に拍車をかけ、オランダの中銀と財務省も反対はしないと声明を出し、アムロの買収が完了
その最中、グッドウィンは同僚の1人と関係を持ち、二重生活を送っていた

第13章     バンク・ラン
アムロの買収によりRBSBSは一挙に倍増、市場が簿外負債や不良資産を懸念している時に、資産規模で世界最大の銀行となったが、すぐにアムロの多くの資産に対する評価が極めて楽観的なものであることが判明、買収資金を短期負債に頼っていたため、流動性に懸念が発生
にも拘らず、07年度の決算ではCDOのリスクの正当な評価をしないまま過去最大の収益を計上
3月ベア・スターンズがJPモルガンに救済売却され、イギリスのHBOSに波及
急速に悪化する財務状況に対応するために増資を決意するが、その日に格付会社が、それまで手数料のために金融商品に軽率なスタンプを押してきた態度を豹変させ、RBSも含めAAAの格付けを付与してきた銀行に対して格下げを始める
増資の発表は、後に事実を隠蔽したとして巨額株主訴訟の対象となる
募集価格は、前日終値比60%以下で割安を見られ、マシューソンですら1百万ポンドを払い込んだが、2か月余り後には終値が割り込む
9月のリーマン破綻に続き、RBSの長年のライバルだったバンク・オブ・スコットランドを吸収していたHBOSも終焉
ヘッジ・ファンドのジョン・ポールソンがRBSに対し空売りを仕掛ける

第14章     バブル崩壊
108日発表の政府による救済策は、グッドウィンの解任が条件で、500億ポンドにも及ぶ資本注入を行うもの。併せてロイズに吸収されたHBOSも対象とされ、2,500億ポンドの信用保証枠と、短期融資枠1,000億ポンドが併せて用意された ⇒ 政府はRBS63%、ロイズとHBOS41%の所有者となったが、さらなる巨額の損失の積み上げにより、190億ポンドの追加資本注入を含む第2次救済策を作成
グッドウィンの辞任は、通常の辞職として扱われ、年金額は通常の2倍となる
08年 RBS241億ポンドという英国企業史上最大の赤字を記録
世論の非難によってグッドウィンは年金額を半分返上したが、市民による襲撃は続き、さらにナイト号剥奪のキャンペーンが展開され、夫妻そろって剥奪された ⇒ 女王とチャールズ皇太子は、彼等の慈善団体のよき管理人であるグッドウィンに同情的、ダーリング蔵相も、彼1人を咎めるのは品位に欠けると発言

第15章     5年が過ぎて
5年経っても最終的な解決策は決まっていないまま、グッドウィンの後任社長だったスティーブン・ヘスターも13年には大蔵省によって解任された
グッドウィンは、未だにRBS後のキャリアを築けていないし、結婚生活を破綻させた情事もガールフレンドがドイツに移住したことで終わりを告げた

おわりに
グッドウィンを制止する多くの機会があったが、RBSのほぼ誰も実際にそれを試みようとはしなかった。関係者の多くが大金を稼いでいた。グッドウィンの女性スタッフの言によれば、「大の男がグッドウィンが怖くて悪い知らせを上げられないというのは少し哀れだ。彼等が発言を躊躇ったのは自身が何百万ポンドも着服しているという事実だろう」
責任を取るべきは、傲慢な社長、弱い役員、務めを果たさなかった取締役会、無能な監査法人、無気力な大株主、看過した規制当局、そして、舵を取っている船は沈まないとの幻想に捉われた破滅的な大蔵大臣らである
主要経済の中で、英国での金融機関の拡大が最も顕著。アメリカではサブプライムの問題はあったが、財源をより株主に依存していたので、確かに米国の銀行システムは危機以前の10年間で成長を遂げたが、1960年以来、恒常的にGDP100%以下だった。英国だけが2000年にはすでにGDP143%、危機直後の2010年には450(クリアリング・バンク以外の銀行や貯蓄組合を含むと500%超)にまで膨れ上がり、異常なまでの金融化と寡占化を経験していた
それが起こっている間は、成長は金融センターとしての英国の成功の証として広く認められていた
英国における銀行業の活況に、火に油を注いだのは政策担当者によるチープ・マネーの超過供給
金融機関の活動が一国の経済の中で重要な位置を占めるようになる、いわゆる経済の金融化のルーツはさらに深いところにある ⇒ 間違いなく英国の銀行システムには変革が必要だった。60年代の銀行業モデルはあまりに小さく非力で、変化に富んだ現代の経済の要請に応えることができなかったが、一気に現代化を超えて需要に対してより積極的になっていく。その第1弾が銀行が金融商品を販売するスーパーマーケット化したこと、第2弾がコンピュータライゼーションと金融イノベーションの進展、第3弾が巨大企業としての英国の大銀行、強烈な個性のCEOを抱えたメガバンクという考え


解説 金融危機と金融規制の循環
リーマン・ショックは08年に始まり、ユーロ危機の始まりは09年だとされるが、アメリカで大手銀行への資本注入もイギリスでの500億ポンドの資金注入も同じ0910(ママ)で同時期
86年のサッチャーによるビッグバンは、公正取引庁がそれまで証券取引所で採用されていた固定手数料制度が反競争的であると指摘したことに端を発したが、同時にアメリカで主流だったディーラー業務を銀行に認めたことにより、本来顧客の立場に立つ代理人、つまりブローカーに徹しているべき銀行のシングル・キャパシティを廃したことに眼目があった
95年のベアリングス事件の教訓から、00年金融サービス・市場法を導入し、複雑化した金融機関の活動を統一的に監督するシステムの構築を目指す
ところが、変転するグローバル金融資本市場では十分に機能しなかった。それこそが本書を書かれなければならなかった理由 ⇒ 著者は、トライ・パーティー・レギュレーションに問題があったとしている。つまり金融危機に直面して、一元的に規制監督するはずのFSAが機能せず、政治的なごまかしが生んだリスクに起因していると指摘
著者が問うもう1つは、株主の利益と金融システムの間でのバランス ⇒ レバレッジを上げて利益を高めるよう要求する株主の圧力に対し、BIS規制を適用して阻止することを躊躇した規制当局の姿勢の是非
今回の金融危機を救ったのは、国家の協調行動 ⇒ 国有化が外国資本の存在、グローバル化を否定することになるという矛盾も露呈




世界最大の銀行を破綻させた男たち I・マーチン著 カリスマ経営者の栄光と末路
2015/5/3
日本経済新聞 朝刊
 1980年代以降、英国では金融自由化のもとで金融再編が進んだ。巨大銀行が2008年のリーマン・ショックでたどった末路は――ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)と、カリスマ経営者だったフレッド・グッドウィン氏を軸に描いた。
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 RBSは英北部を本拠とする地方銀行だった。しかし2000年にロンドンの名門ナショナル・ウエストミンスター銀行を買収、拡大を続けて世界最大級の銀行にのし上がる。その戦略は、米ハーバード・ビジネス・スクールの教科書にも取り上げられた。
 ところが、得意の買収戦略が最後は裏目に出た。資産内容に問題があったオランダの大手銀ABNアムロを07年に部分買収して経営が悪化。そこにリーマン危機が襲い、国有化に追い込まれた。
 絶頂期には「ナイト(騎士)」の爵位まであったグッドウィン氏は、こわもてで鳴らした経営者だ。いさめる側近がいなかったことが、経営が暴走した一因とされるが、取締役会も監督当局も歯止めをかける役割を果たしていない。
 リーマン危機に関しては、当時の米政府高官らが回顧録を残しているが、欧州の銀行や経営者に焦点を当てた著作は多くない。著者はジャーナリスト。会食場面でのワインの銘柄にまでこだわる筆致も読ませる。冨川海訳。(WAVE出版・2800円)


Wikipedia
ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(: The Royal Bank of Scotland plc, 略称:RBSスコットランド・ゲール語Banca Rìoghail na h-Alba)は、エディンバラに本社を置く、イギリスの大手商業銀行。
概要[編集]
バンク・オブ・スコットランド(スコットランド銀行)などと共に、スコットランド・ポンドの発行を行う3つの商業銀行のうちの一つで、持株会社RBS Group plc(LSERBS)全体では220,000人の従業員と700の支店網を有する、イギリス最大の銀行グループ。FTSE100指数採用銘柄。 アメリカのロイヤルバンク・オブ・スコットランド グループは25,000人以上のスタッフを持つアメリカ最大規模の商業銀行である.
銀行業以外では損害保険大手のDirect Lineを有しており、各国に進出している。
歴史[編集]
1727に、ジョージ1の勅許により設立。1980年代には、一時ロイズ銀行の支援を受けるが、個人向け業務や中小企業向け業務の拡充により高い収益率を誇る。海外進出にも積極的で、1988にはアメリカニューヨーク州を拠点とするCitizens Financial Groupを買収している。2000にはイングランドの四大商業銀行の一つであるナショナル・ウエストミンスター銀行を敵対的買収により子会社化し、イギリスで最大の商業銀行となった。2004には中国銀行の株式10%を取得している。
2006から2010にかけて、F1ウィリアムズチームのスポンサーを務めていた。
20081013日、英国政府より経済危機対策として、200億ポンドの資金注入を受ける。 英国政府より巨額の公的資金注入を受けたにも関わらず、銀行業界で過去最大規模のボーナスを社員に支給したことで批判を集めている。
2015610日、オズボーン英財務相は、損失を出してもRBS株を売却することが納税者と国家経済にとって「正しいことだ」と述べた。政府は、向こう数カ月以内に売却へ踏み切るとみられている。
RBSはスコットランド・ポンドの発行銀行である。現在、1ポンド、5ポンド、10ポンド、20ポンド、50ポンド、100ポンドの6種類の券面を発行しており、この他に不定期に記念紙幣を発行し、海外の収集家の人気も高い。
日本での活動[編集]
意外にも日本進出は遅く、20014月に旧Natwestが開設していた東京支店を改組する形で、RBS東京支店、並びにRBS証券東京支店(現アール・ビー・エス証券会社)を開設したのが最初。
またかつては傘下のDirect Line安田生命保険(当時)と合弁を組み日本で「安田ライフダイレクト損害保険」を設立して損害保険業務を行っていたが、2004に合弁を解消し持分を売却している(現在のそんぽ24損害保険)。
アール・ビー・エス証券会社 東京支店
所在地 東京都千代田区丸の内1-6-2 新丸の内センタービル
代表取締役 リー・ナイト
ロイヤルバンク・オブ・スコットランドを扱った作品[編集]
ドキュメンタリーTV番組『一流企業:華麗なる失策事例』シリーズ 3回(ディスカバリーチャンネル



RBS前CEOのナイト爵位を剥奪-バンカーの別世界生活、今は昔

2012/02/01 14:00 JST

  21(ブルームバーグ):創業285年の老舗英銀ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS)を世界最大の公的救済に追い込んだフレッド・グッドウィン前最高経営責任者(CEO)がナイトの爵位を剥奪されることになった。銀行の報酬とパフォーマンスに対する政治家と有権者からの批判が高まる中での決定は、転換点の訪れを示唆するものだ。
英内閣府は131日、爵位の剥奪を検討する委員会が先週会合を開き、グッドウィン氏の銀行業界への貢献を評価し、2004年にエリザベス女王から授与されたナイトの爵位について、RBSを事実上の破綻に追い込んだ事実を重くみて、剥奪することを決定したと発表した。議会とメディアの圧力を受けて、RBSのスティーブン・ヘスターCEO963000ポンド(約11600万円)相当のボーナスを返上してからわずか2日後の出来事だ。同CEOは過去1年間の株価下落の責任を追及された。政界を挙げてバンカーに行動の見直しを迫る声が巻き起こっている。
調査グループ、ワーク・ファンデーションの元ディレクター、ウィル・ハットン氏は「金融サービス業界が市民社会にとっての正統性を回復しなければならない緊急の必要性を劇的に示す、重要な転換点となる48時間だった。この3年間、バンカーはパラレルワールド(別世界)で暮らしてきたようなものだ」と話す。
キャメロン英首相だけでなく、最大野党の労働党も公的資金による救済を受け入れざるを得なかった銀行に対し、報酬の支払いなどを自制するよう強く求めている。
英下院財政委員会のメンバーであるアンディ・ラブ議員(労働党)は「銀行幹部が多額のボーナスを受け取る一方で、金融サービス業界の出来事が主な引き金となった財政緊縮プログラムのために国民は大きな犠牲を強いられており、ここ数日の議論は国民がいかに不満を抱いているかを物語るものだ」と指摘。「RBSや他の銀行がそのような風潮に反応してくれることを期待したい」と述べている。


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