図説・大西洋の歴史-世界史を動かした海の物語  Martin W. Sandler  2015.4.8.

2015.4.8.  図説・大西洋の歴史-世界史を動かした海の物語
Atlantic Ocean 
~ The Illustrated History of the Ocean that Changed the World   2008

著者 Martin W. Sandler アメリカ史の専門家。60冊以上のノンフィクションを執筆、うち2冊がピュリッツァー賞にノミネート。マサチューセッツ大でアメリカ史およびアメリカ研究の教鞭を執る一方、若い人向けの本も書く。米議会図書館の若者向けアメリカ史シリーズでは6冊を執筆し、50万部売上

訳者 日暮雅通 1954年生まれ。青学大卒、英米文芸、ノンフィクション翻訳家

発行日           2014.11.7. 初版発行
発行所           悠書館

ヨーロッパ大陸にアフリカ大陸、南北アメリカ大陸に囲まれた広大な海洋。神話の時代から"暗黒の梅と呼ばれた数百年、アイルランドの航海者やヴァイキングによる初期の接触、大航海時代の冒険者たちや海賊、奴隷商人による4大大陸を股にかけた大胆な往来、どんな犠牲を払ってでも自由を、そして生活の地平を広げようと決意した移民たちの大きな流れ、アメリカ独立革命とフランス革命の成功による啓蒙思想の世界への伝播、産業革命を起点とした経済・文化のグローバル化まで――長く恐れられた太陽から、世界へと通じる道になるまでの数千年に亘る歴史を、数百点の図版と共に語った、業界初めての書

はじめに
大西洋に接している国と地域はそれぞれ繋がっていて、互いに影響していると理解して初めて世界の歴史が理解できる
本書が目的とするのは、大西洋世界を作り上げた考えや出来事、発展を1つの一貫した物語へと統合すること
宇宙時代になっても、大西洋は人間世界の中心であり続ける

1.    大西洋――暗黒の海
無限に続く暗黒の海、荒れ狂う海として恐れられていた大西洋を最初に渡ったのは、キリスト教に改宗させようと意欲に燃えたアイルランドの聖職者と、豊かな土地での略奪を目論むヴァイキング
アイルランドの聖職者で有名なのは、「航海者」として知られる修道士「聖ブレンダン」で、6世紀半ばにイギリス北方のフェロー諸島(現デンマーク領)やシェトランド諸島等に到達
2世紀遅れて登場したのがヴァイキング。古代スカンディナヴィア語ではフィヨルドのそばに住む人を意味したが、その後略奪者の意となり、掠奪と同時に探検や植民も行い、アイスランドからグリーンランド南西部に移動して定住し3世紀に亘って西ヨーロッパへの襲撃を繰り返す
ヴァイキングは、紀元1000年頃には北米大陸に到達したとの記録もあり、北米大陸を目にしたヨーロッパ人の第1号となる。その息子が再度到達し、芳醇なワインのできる野性のぶどうが実るその土地をヴィンランドと名付けた ⇒ 1960年代に発見されたヴィンランド地図に北米大陸と思しきものが描かれているが、地図自体の真贋論争は現在も決着していない。それ以外にも北米大陸の何カ所かに上陸していたことは他の真正性の証明された遺物からもほぼ間違いないものの、新大陸を発見したという意識はなかった

2.    探検と新大陸発見――ヨーロッパ人と新大陸の出会い
1481年 ポルトガルの大航海時代到来 ⇒ バルトロメオ・ディアスによる喜望峰の発見(1487)、ついでコロンブスがアメリカ大陸を発見、ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰経由インド洋に到達(1498)、アメリゴ・ヴェスブッチがブラジルに上陸(1501)、「新大陸」と名付け、ドイツの地図製作者マルティン・ヴァルトゼーミュラーが作成した地図と地球儀に新大陸を「アメリカ」と書き込む(1507)、さらなる偉業がマゼランの世界一周(1519)
スペイン、ポルトガルの探検に遅れて出てきたのがイギリス。ジョバンニ・カボート(ヴェネツィア人、渡英後はジョン・カボット)がイギリスの支援を得てニューファンドランド島の海岸に到達する(1497)が、詳しい記録が残っていない
フランスはジョヴァンニ・ダ・ヴェラッツァーノ(ジェノヴァ人)を支援、フロリダから北米大陸の東海岸を北上北米が1つの大陸であることを確認(1524)、ジャック・カルティエがセントローレンス川を発見(1534)、後のフランスによる北米大陸の広大な領土所有に結び付ける

3.    新世界がもたらした衝撃――ぶつかりあうヨーロッパ文化とアメリカ先住民文化
新大陸の発見は、既に知っている土地への新航路探索の副産物だったが、大陸を発見することによってヨーロッパ人が何よりも魅了されたのは、遙か以前から大陸に住んでいた先住民についての話
非常に異なる人々の存在は、人類の起源と本質についての旧世界の伝統的信念に対する挑戦と映り、ヨーロッパ人たちは「野蛮人」や「文明人」という観念を再考しなければならなくなる。世界中の人間の風習と習慣が極めて多様であるということをヨーロッパ人に気付かせ、彼ら自身の価値観と信念を再検討させる結果となった
新大陸に生息する動植物にも魅了された ⇒ 最重要なものはタバコで、治療薬として万能に見られた
食習慣に関する限り、世界中の歴史の中で「アメリカ両大陸の発見」のように大きな変化をもたらした出来事は他にない ⇒ ヨーロッパ人の食事は基本的に何万年もの間変化が無く、主に燕麦や大麦、小麦で成り立っていた。アメリカから最も早く持ち込まれた食物はジャガイモ。コンキスタドール(中南米を征服したスペイン人たち)の中心的食糧となり、アイルランドでは主食となった。他にもトマト、トウモロコシ、カボチャ、イチゴ等々
旧世界の多くの疾患は、新鮮な野菜や果物の不足が原因だったためアメリカから来た食物の幾つかは当初治療薬という医学的価値があるとみられていた
最も大きな影響を与えてのは砂糖で、それまでは貴重品として1500年代初期までは薬屋で販売されていたが、大量に入ってきたことにより調理法に大きな変化をもたらし、女性はジャム作りに満足感を覚え新しい楽しみを手に入れた
新世界のイメージは、ヨーロッパに持ち込まれた産物や工芸品と結びついて形作られたが、大抵は理想郷に似たもの、それが寓話的表現によって増幅され、大陸での戦争や過酷な貧困に取り巻かれていた多くのヨーロッパ人にとって、大西洋を渡る危険さえ忍べば、全く新しい世界に移住できるという、希望とチャンスを意味した

4.    植民地――新世界への移住
南北アメリカ大陸への移民の先駆は、1502年イサベル女王の寵愛を受け、イスパニュール島(現在のハイチとドミニカ)の総督となったアルカンタラのスペイン騎士団司令官のニコラス・デ・オバンド
先住民の抵抗を撃退しながら移住を進め、サトウキビを最初の主要農産物とした
南北米大陸には、ヨーロッパの総人口よりも多くの人々が住んでいたことは科学的証拠から明らか
スペインに続いてきたのがフランス ⇒ シャンプランがケベックに入植
最終的に大陸の支配に成功したのは、北アメリカ領有をめぐる競争に本気で参加してきたイギリス

5.    奴隷制度――残酷な囚われの身
アメリカ南部や島々への入植者が富を築くために、アフリカから奴隷を持ち込む
奴隷売買の根本にあった貿易の仕組みに携わっていたのが白人で、その貿易の中心となった製品は、鱈、タバコ以上にラム酒で、古代中国やインドで生まれ人気を誇ったもので、砂糖を作る際にできる副生成物の糖蜜を原料とする。新世界の島々で砂糖を精製する過程で出来た糖蜜は大陸のイギリス植民地に輸送され、ラム酒になり、ラム酒はアフリカへ運ばれ、奴隷貿易に使われるという大西洋三角貿易が長い時代に亘って続いた

6.    アメリカ独立革命――大西洋を挟んだ宗主国との関係を断ち切る
イギリスとアメリカ植民地の貿易が転換期に来たのは1730年頃 ⇒ 北米のイギリス植民地にはイギリス系アメリカ人によるイギリス流の社会が発展していたが、次第に自由国家を主張してイギリスへの依存を拒み始める
フレンチ・インディアン戦争(175463) ⇒ ヨーロッパの七年戦争(175663、普英 vs 仏露墺、第3次シェレージエン戦争とも、後にチャーチルが初の世界大戦と呼んだ)の北米における戦争で、英仏がアパラチア山脈西部、現在のオハイオ州の領土を巡って戦闘を広げる。アメリカ各地の植民地や多数の先住民を巻き込み、英仏いずれかと同盟を結ぶ。イギリスの勝利に終わるが、イギリス政府は戦費の一部を植民地に負担させるために新砂糖・糖蜜法や印紙法を成立させて課税を強化したために、植民地側に暴動が発生、貿易取引が激減、イギリスも譲歩せざるを得なかった
イギリスにとってのアメリカ独立戦争は、司令官や軍隊には未知も同然の戦場に過分な資金を投じたにも拘らず、紛争を解決しようという熱意が欠けていたことを如実に示し、その後の大西洋世界の社会全体にはかりしれない影響力を持つ政府を築く、過去に類を見ない新国家、アメリカの始まりをもたらす

アメリカ建国の父たち
l  サミュエル・アダムズ ⇒ マサチューセッツの愛国主義者の先頭に立ち、反乱の火ぶたを切る
l  ジェームズ・オーティス ⇒ ボストンの弁護士。英政府による関税法違反摘発のための援助令状に反対するボストンの商人団体を擁護。「代表なくしての課税は暴政」との発言がアメリカ独立革命のスローガンとなる。アダムズの盟友で、植民地議会の主導者
l  ポール・リヴィア ⇒ 英軍勢を正確に補足する諜報活動の中心人物。アメリカでも指折りの銀細工師
l  トマス・ペイン ⇒ 74年にイギリスから移住して独立革命の立役者に。フランス革命でも活躍、『コモン・センス』『人間の権利』は啓蒙思想の理念を明確に説く
l  ベンジャミン・フランクリン ⇒ 啓蒙思想の哲学者。外交家として手腕を発揮。ヨーロッパの知識階級の尊敬を集め、最初のアメリカ人と呼ばれた
l  ジョン・ポール・ジョーンズ ⇒ 米海軍の父。海軍史上最大の英雄
l  ジョン・ハンコック ⇒ 独立宣言に堂々たる署名を残したことで知られる
l  トマス・ジェファーソン ⇒ 最大の功績は高き理想で世界初の共和国政府を成立させたこと

7.    アメリカ独立革命が与えた影響――政治体制の新しい規範として
新生アメリカ合衆国は、独立を勝ち取る戦いに値する意義があった ⇒ 自由と統治者の合意からなる民主主義政府という過去に類を見ない政治形態
政教分離が行われ、法文化された憲法に権限を委ねた政府という形は、ヨーロッパやその植民地で独立自治の新たな理想の実現を願う人々に希望を与える手本となる
啓蒙思想の影響 ⇒ 新たな認識が無限に思えるほど急速に発展する時代。社会とは、個人と集団・国家との契約であり、人はみな生まれながらの権利(人権)を持つという確固たる概念が成立
フランス革命 ⇒ 直接の原因は、王室の支出が制御不能となり深刻な財政危機をもたらしたことにあると言われているが、実際は七年戦争で国家全体の財政が不安定化していた
2次独立戦争=米英戦争(181215) ⇒ 世界最大の制海権を巡る争いでもあり、米国の圧倒的勝利に終わる
ラテン・アメリカ諸国の独立運動 ⇒ ハイチ(仏領)、アルゼンチン、チリ、ペルー、ベネズエラ、ボリビア(いずれもスペイン領)

8.    産業革命――機械化と大西洋世界
18世紀後半から19世紀前半にかけての政治革命が大西洋世界全体に極めて重要な影響を与えたが、それと並行して進行した産業革命は、後々まで影響を残す劇的なものとなった
まずイギリスにおいて、繊維産業の機械化と、製鉄技術の発展から始まる
蒸気動力が最も効率のいい動力源となり、繊維産業他に恩恵を及ぼす

9.    新たな船、新たな通商――大西洋交易の新時代
1818年 ニューヨーク・リヴァプール間に定期航路(パケット)開設。着々と高速化

10. 押し寄せる移民の波――文化の歴史的転移
ヨーロッパの人口の爆発的な増加の一方で、1840年代初めのヨーロッパ諸国を襲った飢饉、露土独での圧政により信教や言論の自由を奪われた人々の集団脱走、ユダヤ人迫害等が、北米への移民の急激な増加となって現れる

11. 揺るぎなき大西洋世界――20世紀および21世紀
19世紀の移民が旧世界から新世界にもたらした豊かで多様な文化や発送、生活様式は、大西洋世界の形成における最終的な一段階を象徴するもの。2021世紀初頭に起こった数々の出来事によって、大西洋の地域社会の一般に認められた概念が完全に現実のものとなった。始まりは、大西洋横断の商業船の誕生 ⇒ 大西洋横断の旅と海運業を巡る競争が、最初の大洋航路船の建造をもたらした
1897年 ドイツの〈カイザー・ヴィルヘルム・デア・グロッセ〉が第1号、定員2000
イギリスも対抗して、キューナード汽船に助成金を出して大型船を建造させる
1次大戦後は、さらに豪華に
1919年 初の大西洋無着陸横断飛行の成功 ⇒ イギリス空軍のジョン・オールコック大尉とアーサー・ウィッテン・ブラウン大尉
1927年 チャールズ・リンドバーグによる初の単独大西洋横断飛行
大西洋の水やその下に存在する世界の観測も進んでいる
最も偉大な発見の1つは、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカの文化の継承者として、我々はみな大西洋を中心に偉大な一つの共同体を作っている一員なのだという認識である


訳者あとがき
大西洋を囲む4大陸の間における相互関連の歴史を捉えようという試みは、大西洋史という学問領域として確立
1980年代以降活発化
先達であるバーナード・ベイリンによる研究書が『Atlantic History
本書は、大西洋史の一般読者向けの解説書
大西洋こそ、世界全体を変えるような歴史的事件、大きな動きが繰り広げられてきた場所
世界史は、大西洋を挟む「旧世界」と「新世界」の交流、相互作用を考えなければ、真に理解することは出来ない
大西洋史は、基本的には初期近代(early modern)以降の歴史過程を対象にすると言われるが、本書は一般向けにその前の時代から始まる




図説・大西洋の歴史-世界史を動かした海の物語 [著]マーティン・W・サンドラー
[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載] 朝日 20150201   [ジャンル]歴史 
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奴隷と妄想を積み、大海を渡る

 「必要は発明の母」はイノベーションのみならず制度にも当てはまる。ハンムラビ法典の時代から存在した奴隷制度だが、「人種に根ざした奴隷制度などほぼどこにも存在しなかった」。大西洋が海路となって、過去例をみない「大海を渡るアメリカ大陸への奴隷移送」が生まれた。最初に着手したのは15世紀のポルトガルだった。新大陸における「良好な農園システム」に唯一足りないのが膨大な労働力だったからである。
 同じ時期、ヨーロッパでは理性を重んじる「啓蒙(けいもう)思想」が浸透し、「市民と君主や国家との適切な関係を定め」ようと格闘していた。しかし、アフリカ奴隷は埒外(らちがい)におかれた。「繊維産業が世界規模で発展した時期」に「大もうけできるとなると、どんなに情け深かろうとも、手持ちの奴隷を解放する農園主はいないに等しかった」からだ。情けより儲(もう)け優先であるのは奴隷解放後も基本的には変わりないようだが。
 もうひとつ、本書を読んで痛感したのは、妄想や訳のわからないことが時代を動かすということだ。喜望峰を迂回(うかい)した最初の欧州人バルトロメウ・ディアスは「プレスター・ジョンと呼ばれる伝説のアフリカの君主を見つけ出し、友好関係を結ぶ」ために出航し「大西洋には出口があることを、身をもって証明した」。そのおかげでヴァスコ・ダ・ガマはインドに到達した。
 「新大陸」でも仏国王の命をうけた探検家ジャック・カルティエが膨大な金や銀山があるという「サゲネーという王国」を発見することに執念を燃やし、仏国の広大な北米領土支配に貢献した。米国独立のきっかけの一つとなった「ボストン虐殺事件」(1770年)が起こった理由は、弁護人にもわからなかった。
 酸鼻な歴史を紡ぎ出してきた「大西洋は人間世界の中心でありつづける」世界観など壊れたほうがいいと思うのは非西洋人の妄想だろうか。
    
 日暮雅通訳、悠書館・6480円/Martin W. Sandler 米国史研究者。マサチューセッツ大で講義もしている。


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