偉大なる失敗 天才科学者たちはどう間違えたか  Mario Livio  2015.4.18.

2015.4.18. 偉大なる失敗 天才科学者たちはどう間違えたか
Brilliant Blunders From Darwin to Einstein-Colossal Mistakes by Great Scientists that Changed Our Understanding of Life and the Universe  2013

著者 Mario Livio 宇宙物理学者。アメリカにある宇宙望遠鏡科学研究所の科学部門長を務めた。宇宙の膨張からブラックホール近傍の物理現象、知的生命の創出など、関心は広い

訳者 千葉敏生 翻訳家。1979年神奈川県生まれ。早大理工学部数理科学科卒

発行日           2015.1.20. 初版印刷         1.25. 発行
発行所           早川書房

序文
本書執筆の目的は、科学的な大発見は成功話に充ち満ちているという誤解を解くこと
カント曰く、「私たちが頻繁に絶え間なく熟考すればするほど、ますます新たな驚嘆と畏敬の念で心がいっぱいになる物事が2つある。それはわが上にある星空と、我が内にある道徳律である」

第1章        間違いと過ち 
オスカー・ワイルド: 「経験とは、誰もが自分の間違いに付ける名前である」
間違いの原因を、全く的外れなもののせいにすることが多いが、このような的外れの理由づけこそ、滅多に間違いから教訓を学ばない1つの理由
自分の考え方を変える人間の能力についてはあまり自信を持てないが、他者の間違いを見つける人間の能力についてはかなりの自信を持っている
本書のテーマは、重大な科学的過ちであり、特に科学の理論や構想全体を台無しにし兼ねないような、また少なくとも原理的に科学の進歩を遅らせ兼ねないような、深刻な考え方の誤りを意味
本書の目的は、真に偉大な数人の科学者にスポットを当て、その意外な過ちを詳しく紹介しながら、その過ちがもたらした予期せぬ影響を追っていくこと。同時に、そうした過ちの潜在的な原因を分析し、その過ちと人間の頭脳の性質や限界との興味深い関係を解き明かしてみたい。最終的には、発見や革新へとつながる道が、過ちという想定外の道筋で作られることもあると証明したい
【進化の過ちと過ちの進化】
「進化evolution」のもともとの意味は、巻物の形をした本を広げ、読むことを意味。生物学に普及し始めた際も、胚の成長を表すのに用いられたが、18世紀に初めて新しい種(しゅ)が出来ることという文脈で用いられた
ダーウィンと密接に関連付けられるが、ダーウィンは『種の起源』(1859)の中で「進化」という単語は一度も使っておらず、締め括る単語は「発展したevolved」である

過ちの実例として以下の5人を取り上げ、性質のまったく異なる過ちを取り上げる
    ダーウィン ⇒ 著名な博物学者。ある仮説の持つ意味合いを十分理解してなかったことで過ちを犯す
    ケルヴィン卿 ⇒ 物理学者。予期せぬ可能性を無視したことで過ちを犯す
    ライナス・ポーリング ⇒ 歴史上もっとも有力な化学者の1人。かつての成功が生んだ過信のせいで過ちを犯す
    フレッド・ホイル ⇒ イギリスの著名な天体物理学者で宇宙論学者。科学の主流とは逆の説をいつまでも支持し続けたことで誤りを犯す
    アインシュタイン ⇒ 審美的な簡潔さについて誤解したことで間違いを犯す
共通しているのは、科学の進歩を遮っていた霧を振り払う、きっかけのような役割を果たしたこと

第2章        起源 ~ 革命/自然選択
1882.4.21.『ニューヨーク・タイムズ』紙の死亡記事で、「著作を読まれることも多かったが、話の種になることの方が多かった」と紹介された男
地球上に存在する種の総数は不詳 ⇒ 510百万くらいが妥当だが、その多様性には目を瞠る
「適応」の度合いも多様 ⇒ 「共生関係」が無数にみられる
『種の起源』 ⇒ 地球上の生物に対する考え方を、神話から科学に一変させた
種が神が作った永久不変の存在であるという考えを一蹴し、適応と多様性を実現するメカニズムを提唱 ⇒ 「進化」「漸進説」「共通祖先」「種文化」の4種の原動力により支えられた驚異的なメカニズムであり、それぞれの要素を結びつけて連携させている重要なメカニズムが「自然選択(淘汰)
人間の進化にも自身の進化説が成り立つと論じたのは、その12年後
あらゆる生物は、進化の結果生まれてきた
変化は段階的に進む ⇒ 進化上の変化は数十万世代に及ぶ転換の結果として起こる
全ての動植物は、ある1つの原型に由来している
生物の多様性を説明するために、種の枝分かれ=種分化の際、別な種を生み出しながら進化すると考えた
ダーウィン理論の真の特徴は以下の2
    還元主義 ⇒ 簡潔さ。なるべく少ない法則でなるべく多くの現象を説明できなければならないとするが、ダーウィンは1つの統一的見解で地球上の生物に関するほとんどすべてを説明した
    コペルニクス原理 ⇒ 地球は宇宙の中心ではなく、人間も特別な存在ではないという原理で、ダーウィンは、人間も他の生物と全く同じように進化したとする
どうやって適応を保ちつつ進化していけるのか ⇒ 自然選択の原理で、僅かな変異でもそれが有用なものであれば保存されることを言う。有利な突然変異体が生き残る

第3章        そう、この地上に在るいっさいのものは、結局は溶け去る (シェークスピア『テンペスト』より)
~ 数による圧倒/ダーウィンの過ちと遺伝学の種/困難を乗り越えると人間は強くなる
ダーウィンの過ちの根源には、19世紀に流布していた遺伝理論に根本的な欠陥があるという事実があった。ダーウィンもその欠点に気づいたらしく、遺伝の法則については全く分かっていないとしている
ダーウィンの過ちとは、融合遺伝の仮定のもとでは、彼の自然選択のメカニズムは期待通りに作用し得ないという点を、(少なくとも当初は)完全に見落としてしまったこと
当時の遺伝理論では、それぞれの祖先の遺伝的な寄与の度合いは1世代を経るごとに半分になるというもので、ダーウィンはこの薄まりが避けられないことは理解していたようだが、それでも自然選択が働くと考えていたが、遺伝融合説の仮定の下ではその期待は全く的外れだという単純な事実にダーウィンは気付かなかった
チェコの司祭メンデルによってもたらされた現代の遺伝学によれば、有性生殖を行う全ての生物は、父親と母親からそれぞれ受け継ぐ2つの染色体を持ち、2セットの染色体が同一である場合と、僅かに異なる場合とがあり、異なる染色体(=対立遺伝子)を原因とする特徴は例え子に現れないとしても、次の世代には全く変わらずに受け継がれる ⇒ 遺伝融合説では特徴は必ず子に現れ、世代ごとに半減していくとされていた
対立遺伝子が世代を超えて温存されるため、変異はいつの世代でも起こり得ることが証明されたお蔭で、ダーウィンの自然選択の理論も生きてきた
融合遺伝による平均化の力に逆らって自然選択が行われることの理由づけとして、ダーウィンは「個体差」を取り上げる ⇒ メンデルの論文を読んでいた可能性もあるが、「自信の幻想」に陥っていたダーウィンは自らの理論に役立つとまでは分かっていなかった。一方メンデルは、『種の起源』に大きく影響された
ダーウィンの自然選択と、メンデルの遺伝学を完璧に融合するという難題解決には、その後70年を要する

第4章        地球は何歳? ~ 地球と生命、歴史を手に入れる/地球の寒冷化/強烈な影響
有史以来、地球の年齢に対する興味は続いてきたが、普遍的で直線的な時間という概念は、もともとあったものではない
キリスト教世界では天地創造の日付が重要な意味を持ち、聖書学者によって議論が繰り返されたが、紀元前40041023日の前夜というのが英語圏では最有力となっている
18世紀、化石の研究が急速に進むと、古生物学的な記録と地質学的な記録の両面から、聖書の記述に基づく天地創造日付の推定に無理があることがはっきりしてくる
ウィリアム・トムソン(1892年男爵を授けられ、研究室の近くの川の名をとってケルヴィン卿と呼ばれた) ⇒ 近代物理学の第1人者、ウェストミンスター寺院でニュートンの隣に埋葬されているが、同時に晩年には自身の古い考えに執拗に拘り、原子や放射性崩壊に  関する新発見を否定し続け名声も地に落ちた
ケルヴィンによれば、地球は冷却しているため、熱力学の法則を使えば、個体の地殻が形成されてから現在の状態に至るまでの時間を計算出来るという ⇒ ①地球内部の初期温度、②深さに応じた温度の変化率、③地球の地殻岩石の熱伝導率、を推定して、地球の年齢を98百万歳と推測
地質学者や生物学者の間でも議論が活発化
1860年代半ばになると、多くの有力な地質学者がケルヴィンの主張に真剣に向き合い始め、堆積物の調査に基づき独自に96百万歳という数字をはじき出し、ケルヴィンの結論を裏付ける
1869年 生物学者のトマス・ハックスリーはダーウィンの進化論の擁護者として名高いが、ケルヴィンの理論を擁護
現在、地球の年齢はおよそ4,540百万歳だと分かっている ⇒ ケルヴィンの推定の50倍であり、物理学の法則をもとにしたはずの推定がなぜこれほどに違ったのか。後世ケルヴィンの名声が地に堕ちた理由の一つになっている

第5章     確信とは往々にして幻想である ~ 肝のすわった教え子/放射性崩壊/既知感について/核融合
ケルヴィンの過ちに最初に気付いたのは直弟子の1人で、1895年に計算の入力値を与える一連の仮定に誤りがあると指摘 ⇒ 最初の指摘は地球の熱伝導率が深さに関わらず一定であるということ。地球の中心では表層より熱が伝わりやすいという仮定を立てれば、結果は地球年齢が30億年にもなり得るわけで、地質学者や古生物学者が求めているような巨大な値と一致し得る。つまり、ケルヴィンの過ちとは、これまでの観測結果によって認められる許容度を踏まえれば、地球の推定年齢は、彼の認める以上に大きくぶれる可能性があることに気付かなかった点
ケルヴィンは、地球内部の最ももっともらしい状態を推測しようとしたが、考え得る状態に注目すれば、地表の岩石よりも内部のほうが伝導率が高いという仮定も成り立ち得るということで、地球の内核とその外側部分の境界面の正確な状態は現代でも熱い研究テーマになっている ⇒ 現代の結論では45億歳とされ、ケルヴィンの仮定の誤りが証明されている
ケルヴィンのもう1つの重大な仮説の過ちは、地球の内部または外部に、熱の損失を補うような未知のエネルギー源は存在しないというものだったが、19世紀末に起きた一連の出来事によって、この前提も崩れた ⇒ 1896年「放射性崩壊」と呼ばれる、不安定な原子核の崩壊に伴って粒子と放射線が自然に放射されることを発見、その7年後ピエール・キュリー等がラジウム塩の崩壊がそれまで知られていない熱を生み出すことを発表、さらにその直後、このラジウムの性質が「太陽や恒星のエネルギー源の謎を解く鍵になるかもしれない」と推測
ニュージーランドの物理学者で後に「原子物理学の父」として知られるアーネスト・ラザフォードが、あらゆる放射性元素の原子には、熱として放出される莫大な量の潜在的エネルギーが秘められていると結論付ける ⇒ ケルヴィンのシナリオでは、地球はもともと蓄積された熱からひたすら熱を失う一方だったが、地球内部の新しい熱源が発見されたことで、シナリオの土台全体が揺らぐ
ラザフォードが提唱した「放射性年代測定」は、やがて地球そのものを含む鉱物、岩石、その他の地質学的特徴の年代を測定するための最も信頼できる手法の1つとなる ⇒ 自然に存在する放射性同位体とその全ての崩壊生成物の相対存在度を測定・比較し、そのデータを既に判明している半減期と組み合わせることで、地球の年齢を高精度で求められるようになった
ケルヴィンの最大の過ちは、未発見だった放射性崩壊に気付かなかったことではなく、地球のマントル内部の対流の可能性を指摘されながらも、始めのころは無視し、その後も否定し続けたこと ⇒ ケルヴィンほどの知能の持ち主がなぜこれほど自分は正しいと思い込んでしまったのか?
それこそ既知感が、ケルヴィンの思考の一部を形作ったのはほぼ間違いない ⇒ ケルヴィンは、様々な可能性を考える機会よりも、計算や測定のもとになる前提を常に求め続けたため、何がもっともらしいかを常に求められると思い込み、一部の可能性を見落としてしまう危険性に気付かなかった
ケルヴィンの過ちは、恐らく心理学的特性から生じたもので、人間はある意見に傾倒すればするほど、たとえその意見とは食い違う強力な証拠を突きつけられたとしても、意見を手放すのは難しくなる。これは心理学で「認知的不協和」理論として言われるもので、自分の信念と食い違う情報を突き付けられた時に体験する不快感を扱ったもの
放射性崩壊の発見により、太陽の真のエネルギー源は放射性崩壊による熱放射だと考えるようになったが、僅か数十年後の1920年、天体物理学者のアーサー・エディントンが、水素原子核からヘリウムが形成される「核融合」こそが太陽のエネルギー源であることを主張、最終的にはフレッド・ホイルが恒星中心部の核融合反応によって炭素から鉄までの原子核が合成される可能性があると発表

第6章     生命を解するもの ~ αへリックスへの道/もっと早く君を怒らせておけばよかった/生命の設計図/その頃、イギリスでは・・・・/マッカーシズムのもとでの生活/三重らせん
1950年のポーリングが多くのタンパク質の主な構造的特徴を示した三次元の球棒モデル「αへリックス」を発表、その3年後にワトソンとクリックがDNAの構造を発見
ポーリングは、もともと自らの発見を「螺旋spiral」と呼んでいたが、三次元のものはhelixと呼ぶべきとアドバイスされて変えた
英語の螺旋spiralは、本来蚊取り線香のような二次元の渦巻き図形を指し、螺旋階段の様な三次元の図形はhelixという。しかし、英語では三次元の螺旋も慣例的にspiralと呼ばれることが多い。日本語では、二次元、三次元のものをそれぞれ渦巻き、螺旋と呼ぶが、英語とは逆で両方とも螺旋と呼ばれることが多い
ポーリングは、本質的にどんなに複雑だとはいえ、生物学とは基本的に、進化の理論に裏打ちされた分子科学なのだということに初めて気づいた科学者

第7章     ともかく、誰のDNAなのか? ~ 過ちの分析/二重に見える
ポーリングの作ったDNAモデルにある核酸分子は、酸(=水に溶けたときに正の電荷を持つ水素原子を放出する物質)とは言えない代物で、化学の基礎知識を無視した大失態
ポーリングの失敗の原因:
   やっつけ仕事だった
   αへリックスの基になったデータと比べると、質がだいぶ違った
   多量の水を含む標本の密度の計算を誤って、3本鎖という間違った結論に達した
   塩基が何らかの方法で互いに対を成し、3本ではなく2本鎖を形成していることを忘れていたばかりか、自らも十数年前に、「遺伝子が構造的に相補的な2つの部分からなる(=自己相補性の原理)とすれば、複製は比較的簡単である」と話していたことを忘れていた
少なくとも、ロザリンド・フランクリン(DNA構造の解明に繋がったX線を過剰に浴びたのが原因で37歳で早逝)の撮影したX線写真を見ていたら、すぐに2本鎖構造を指し示していると気付いただろうが、彼は写真を見ようともしなかった
そもそもDNAが致命的な役割を果たすと確信していなかったためと思われる
DNA構造の発見によって、無数の研究の扉が開かれる ⇒ 今日までの集大成とも言えるのが2003年正式に完了したヒトゲノム計画で、人間のDNAを完全に解読するプロジェクト。人間の起源の新しい全体像を描けるようになった

第8章     ビッグバンのB ~ 物理の歴史の幕開け/神は言われた――「ホイルあれ」と
1949年 天体物理学者のフレッド・ホイルは、BBCの教養番組専門チャンネルで、後に物議を醸す講演を行う ⇒ 「これまでの理論は、宇宙の全物質が遠い過去のある時点で起きた一回の巨大な爆発Big Bangで作られたという仮説に基づいたものだ」、と紹介、初めて「ビッグバン」という用語を使う
天体核物理学におけるホイルの研究は、恒星やその進化に対する現代の理解の拠り所となる、大きな柱の1つとなる ⇒ 生命の要である炭素原子が宇宙でどのように形成されたのかという謎を解き明かした
1946年 恒星内部で炭素以降の元素が形成される仕組みに関する理論の大枠を述べた論文を発表

第9章     永遠に同じ? ~ 宇宙の膨張:(翻訳に埋もれた)忘れ物/定常宇宙/進化/反対、そして否認
ホイルは宇宙論理学者として知られるが、宇宙論とは、我々にとって観測可能な宇宙の平均的な性質、つまり人類の最も強力な望遠鏡で到達できる範囲全体にわたって均一化した時に得られる性質を扱う学問
宇宙論学者が、「宇宙は膨張している」と言うとき、主に銀河の見かけ上の運動から得られる証拠をもとにして発言している
天文学者のハッブルは、1929年に、銀河が我々からの距離に比例した速度で遠ざかっているという法則(=ハッブルの法則)を提唱し、それに基づく膨張速度を求めた
宇宙の膨張が、宇宙の始まりがあったことを示唆している
ホイルの過ちとは
   テーマの規模が大き過ぎたこと ⇒ 宇宙全体についてのまるまるひとつの理論に関する過ち
   定常状態モデルを提唱するという点では間違っていなかったが、どれだけ次節と対立する証拠を積み上げられても、自分の理論の破綻を認めようとしない頑固さと、ビッグバン理論に対しては厳しく、定常理論に対しては甘い判断基準に過ちがあった
宇宙全体の仕組みに対する現在の我々の理解を築いた最大の功労者は、間違いなくアインシュタインで、彼の特殊相対性理論と一般相対性理論は、この世で最も基本的な2つの概念、つまり空間と時間に対する我々の見方を一新した。ところが不思議なことに、「最大の過ち」という表現は、この史上最高の科学者のアイディアの1つと密接に結び付けられるようになった

第10章  「最大の過ち」 ~ 時空の歪み/単語に何の意味がある?/∧中毒
1917年 アインシュタインは、自身の一般相対性理論の方程式に照らして、初めて宇宙全体の進化を理解しようとした(ハッブルが、我々の銀河が宇宙の全体ではないことを裏付けたのは1924年のこと) ⇒ 宇宙には地球の重力に逆らう力=斥力があり、その新しい定数をΛ(ラムダ)と表記。現在では「宇宙定数」と呼ばれる。重力が及ぼす引力とちょうど釣り合いが取れるよう宇宙定数を選べば、静的・永久不変・一様で、大きさが一定の宇宙が出来上がることを示したが、単に「不安定均衡」の状態を表しただけに過ぎなかったものの、その過ちに気付いた時には、宇宙が膨張しているということが周知の事実になっていて、アインシュタインの静的宇宙のこの欠陥は注目を失っていた
これこそ、アインシュタイン自身も認める「最大の過ち」とされるが、本人が言ったという事実はないし、全く間違いでもない
宇宙定数を諦めきれない科学者(∧中毒者)は多く、信じられないほど生命力が強いのは驚くばかりで、この10年間で注目の的にさえなった

第11章  空っぽな空間から ~ 最大スケールから最小スケールまで/加速する宇宙/人間原理的推論/2回めの奇蹟の年/天才が犯した間違い
地球外知的生命体は存在するのか?
これが妥当な疑問といえるのは、1つの重要な真実があるから。我々の宇宙の性質や宇宙を司る法則は、複雑な生命の誕生を実現してきた。人間の正確な生物学的特性は、地球の性質やその歴史に大きく依存しているわけだが、どのような形であれ、知的生命体が誕生するためには、いくつかの基本的な条件が必要と考えられる。例えば、恒星で構成される銀河があり、その中の少なくとも一部の恒星の周囲を回る惑星があるというのはかなり一般的に思える。同じように、恒星内元素合成によって、生命の構成要素である炭素、酸素、鉄などの原子が作られる必要があった。また、宇宙は十分に長い時間、十分に快適な環境を提供する必要もあった。つまり、原子が結合して生命体の持つ複雑な分子を形成し、原子の生命体が知的生命体へと進化できるような環境だ。この生命に優しい世界を記述しようとする試みを「人間原理的推論」と呼び、この種の推論を適用して宇宙定数の値を説明しようとする
1905年は、アインシュタインの「奇蹟の年」と呼ばれる ⇒ 「光電効果」「ブラウン運動」「特殊相対性理論」を相次いで発表
191517年は、「2回めの奇蹟の年」で、一般相対性理論や量子力学に対する貢献とともに、宇宙定数を考案
アインシュタインにとっては、宇宙定数によって静的宇宙が実現すると考えたのは悔やまれるミスに違いないが、本書で紹介するほど大きな過ちには当てはまらない。アインシュタインの本当の過ちとは、宇宙定数を取り去ったことだった。宇宙定数を取り去るとは、恣意的に∧=0とすることと同じで、それによって自身の理論の一般性を制限してしまった。方程式簡素化のために払った高い代償だったと言える
簡素化が美徳といえるのは、方程式の形式ではなく基本原理に当てはまる場合である
1949年になって、彼の共同研究者が彼の成果を讃えて、「現代の視点から見ると、間違いではないにしても時代遅れだ」と言いつつ、「物事の根幹にかかわるような問題に対する間違った解のほうが、些細でつまらない問題に対する正しい解よりも、比較にならないくらい重要な場合もあることを示す1つの例」だといっている
恒星の運動に関する不十分な証拠に頼ることで、宇宙の膨張を予言する最初のチャンスを逃し、さらに宇宙定数を糾弾することで、2つめのチャンスをも見逃した

最後に
どんな科学理論にも、絶対的で永久不滅な価値などない ⇒ 実験や観測の手法や道具が向上するにつれ、従来の考えの一部を包含するような新しい形へと変化するのが物理理論の進化
ダーウィンの自然選択による生物の進化理論は、近代遺伝学の適用によってひとえに強化されたし、ニュートンの重力理論は一般相対性理論という枠組みの中の特殊な例として今もなお息づいている
ケルヴィン、ホイル、アインシュタインは、人間性の興味深い側面として、自分の間違いをなかなか認めたがらないものだが、それと同じように、新しいアイディに頑なに反対した
ヒューリスティックス ⇒ 意思決定の指針になるシンプルな経験則のことで、人間は実際のデータよりも、主に個人的な経験に基づく直観的な理解に頼る傾向があるという
ダーウィンの警句: 人間は、ありとあらゆる高貴な品性を持ち、最も下劣な者に対しても同情を抱き、他の人間のみならず最も下等な生物に対しても慈愛を示し、太陽系の運動や構成をも見通す神のような知性を持っている。しかし、こうした崇高な能力にも拘らず、それでもやはり、人間の肉体的な造形の中には、消すことのできない卑しい起源の刻印が刻まれていることを、認めないわけにはいかないと私は思うのである







偉大なる失敗 マリオ・リヴィオ著 科学者の試行錯誤の歴史 追体験 
日本経済新聞朝刊2015年3月29日付
フォームの終わり
 科学者は常に正しいという牧歌的な思い込み。全く逆に、彼らのほとんどは巧みに社会を騙(だま)し操っているのではないかとの疑心暗鬼。昨今の科学を巡って人々はこの不正確な2つの極論に翻弄されている。
(千葉敏生訳、早川書房・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(千葉敏生訳、早川書房・2400円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 しかし現実の科学の現場はずっと単純だ。一時的に誤った仮説が受け入れられようと、それは時間をかけて修正され、やがてより正確な理論に置き換えられる。膨大な試行錯誤と批判に堪え生き延びた、ごく少数の説だけが科学史に刻まれる。
 本書は、生物・地球・宇宙の進化を巡って歴史に残る天才科学者たちが犯した失敗を通じて、科学が誕生する過程を追体験させてくれる。
 進化論を発見していながら誤った遺伝の法則を信じていた生物学者ダーウィン。地球の年齢を実際の50分の1の一億年と推定しながら、その批判に全く耳をかさなかった物理学者ケルヴィン卿。DNAの構造が二重らせんではなく三重らせんであると思い込んで大発見を逃した化学者ポーリング。
 宇宙には始まりも終わりもなく永遠に同じ状態であり続けるとする定常宇宙論を主張し続けた天文学者ホイル。進化する宇宙を避けるべく自らの一般相対論に宇宙項と呼ばれる不可解な項を追加したアインシュタイン。後に彼はこのアイディアを取り下げ、「宇宙項は我が人生最大の失敗」だと語ってくれたと、ビッグバンの提唱者ガモフは言う。本書のタイトルはこの有名な逸話をもじったものだ。
 「科学では間違いは何の害も及ぼさない。すぐに間違いを見つけて訂正してくれる優秀な人間はたくさんいる。しかし、もし名案なのに発表しなければ科学が損失をこうむるかもしれない」はポーリングの言葉。
 物理学者インフェルトは、アインシュタインの1917年の宇宙項の論文を評して「物事の根幹にかかわる問題に対する間違った解のほうが、些細(ささい)でつまらない問題に対する正しい解よりも比較にならないくらい重要な場合もあることを示す例だ」と述べたという。
 ところが98年に発表された宇宙の加速膨張を示す観測データは、アインシュタインの宇宙項によって見事に説明できる。つまり宇宙項の導入ではなく、その撤回こそがアインシュタインの偉大なる失敗だったようだ。
 ちなみに著者は丹念な文献調査の結果、「人生最大の失敗」というアインシュタインの有名な言葉はガモフによる創作だと結論している。これにはとても驚いた。その根拠を知りたい方はぜひとも本書をお読みあれ。
(東京大学教授 須藤 靖)


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