強欲の帝国 ウォール街に乗っ取られたアメリカ  Charles Ferguson  2014.11.5.

2014.11.5.  強欲の帝国 ウォール街に乗っ取られたアメリカ
Predator Nation-
  Corporate Criminals, Political Corruption, and the Hijacking of America 2012

著者 Charles Ferguson アメリカのドキュメンタリー映画監督、作家。1955年サンフランシスコ生まれ。UC Berkeleyで数学を専攻、MITで政治学の博士号取得。情報通信技術政策を専門とする研究者で、ホワイトハウスや通商代表部を経て、アップルやIBMの技術顧問を務めた後、94年インターネット・ソフトウェア会社を設立、ウェブサイト構築ツール「フロントページ」で成功し、96年マイクロソフトに売却。研究生活に戻り、ブルッキングス研究所、母校の客員研究員を経て、05年ドキュメンタリー映画の制作を始める。イラク戦争後の占領政策の失敗を描いた『No End in Sight』でアカデミー賞候補、2作目の『Inside Job世界不況の知られざる真実』(2008)2010年のアカデミー賞(長編ドキュメンタリー映画部門)を受賞。その映画からさらに取材を深めて執筆したのが本書

訳者 藤井清美 翻訳家。京大文卒

発行日           2014.4.10. 初版印刷         4.15. 初版発行
発行所           早川書房

第1章     アメリカの現状
本書を書く理由
1.   リーマン・ショックに起因した金融危機の原因は、金融機関による詐欺行為にあり、幹部の多くが自社の行為を不正と認識していたにもかかわらず、誰一人として訴追されていない
2.   略奪的金融の台頭は、アメリカ経済と政治のシステムのより幅広い、より気懸りな変化の原因であると同時に症状でもあるが、これらの金融部門がアメリカの新しい寡占勢力の中核をなし、アメリカの暮らしを大きく変えてきた、その変化が何を意味するのか分析する
1980年頃から、アメリカ社会は一連の大きな変化に見舞われてきた ⇒ 規制緩和や独占禁止法の適用緩和や技術の進歩によって、産業界や金融業界の集中化が進み、政治の分野でカネがより大きな、より不健全な役割を果たすようになった
公正な競争に勝って億万長者になることを否定しないが、不正を行うことで金持ちになったばかりか甚大な被害をもたらす経済犯罪を行っても罰を受けずに済む社会は放置できない
アメリカ経済の衰退と平均賃金低下の原因の1つは、アメリカ人が教育と技能の点で2つの競争に負けているから ⇒ 1つは技術の進歩との競争、もう1つはより低賃金の他国の労働者との技能水準との競争。重要な変数は教育
もう1つの原因は、アメリカの新しい寡占勢力と連邦政府、それに残りの国民とのパワー・バランスが変化したこと ⇒ ごく一部のエリートによって牛耳られている
08年、多くの銀行家があれほど無謀になれたのは、「カネと刑事免責」による
80年代初頭までは、伝統と信用と厳しい規制が銀行家たちの報酬を抑制し、不正がシステム全体にはびこるのを防いでいたが、全てが変わり始めた
銀行は、カネを使って政治権力を握り、自分たちに有利になるように操作して、国民に莫大な長期的損害を与えると同時に、資金を生産的な用途に配分せず、金融部門が危険な寄生産業と化して、金融システムを不安定にし、巨額のカネを浪費し、多くの人々を慢性的貧困に追いやってきたうえ、世界中の先進工業国の経済成長を将来に亘って損なう事態を引き起こした
アメリカの衰退の流れを反転させるために必要な困難な仕事
1.   集中化した産業と金融部門と超富裕層が握っている経済的力がますます強化される傾向を反転させる必要
2.   アメリカ経済政策の重点を、教育、貯蓄、長期投資の方向に移すとともに、軍事力や安価なエネルギーへの過度の依存から脱することが必要
3.   政治におけるカネの役割を根本的に変える必要
システム全体の抜本的改革を実現する道は3
1.   既存政党の1つにおける反乱の成功
2.   3党の台頭
3.   公民権運動や環境保護運動に類似した無党派の社会運動
歴史上アメリカの素晴らしい成果が達成された時には素晴らしいリーダーを生み出しており、もう1度起きることを期待しようではないか

第2章     パンドラの箱を開ける――金融緩和の時代(19802000)
規制緩和と集中化が進んだ不安定要因としての金融部門を登場させた20年の歴史を振り返る
アメリカの現在の経済問題は、その多くが70年代に始まり、80年代に入ると本格的に自己破産を始める
MIT教授レスター・サロー『ゼロ・サム社会』 ⇒ アメリカが低成長と分配を巡る争いという苦痛に満ちた局面に入ったと主張
20年代の大恐慌の一因となった過度な借り入れや不正行為、投資詐欺まがいの行動を規制するためにニューディール諸法が制定され、80年にはまだ生きていたが、71年リテール証券の最大手だったメリルリンチが株式を公開した辺りから、タガが外れ始める
80年代初め、3つの力が合流して、大嵐に発展
1.   70年代の混乱から金融市場が不安定化し、銀行が新たな収益源を模索
2.   情報技術革命の進行 ⇒ 各市場が統合され、マネーの流れの複雑さと速度が大幅に高まる
3.   規制緩和 ⇒ 刑務所の管理を収容者自身に任せるようなもの
変化を推進した要因
1.   2度のオイルショックから来る厳しい金融逼迫で、金利急騰
2.   技術の進歩 ⇒ コンピューター時代に即した規制が必要だった
最初に破綻したのはS&L ⇒ 政府が救済に乗り出さなければ納税者の負担は100億ドル程度で済んだはずだが、超党派の支持で瞬く間に成立したガーン・セントジャーメイン法によって負担が10倍に膨れ上がったが、関係した銀行家のみならず弁護士や会計士も大勢刑事訴追の対象となり、数百人が刑務所に送られた
一番はめを外したのがジャンクボンドによるLBOであり、アービトラージの大ブーム
金融イノベーションとデリバティブが、87年の市場崩壊を惹起
90年代になると、ベンチャー・キャピタルと企業のシステムによって引き起こされたインターネット革命が、60年代以降では初の経済全体の大幅な生産性向上をもたらし、クリントン政権によって金融規制のたがが外された結果、規制緩和措置が取られなければ違法あったはずの多くの変化がもたらされた

第3章     バブル パートI――2000年代の借り入れと貸し付け
2000年代の金融部門の行動を、バブルと危機の発生に犯罪行為が果たした役割を含め、4章にわたって描き出す。最初が住宅ローン貸付業について
インターネット・バブルは2000年冬がピーク ⇒ 赤字財政出動と低金利策により乗り切ったように見えたが、金融バブルに牽引された見せかけの回復に過ぎなかった

第4章     バブルを生み出し、世界に広げたウォール街
次いで投資銀行業とその関連活動について
SECを始めとする連邦規制機関も、自主規制団体も、バブルの間投資銀行を野放し
チャールズ・シュワブは、大手金融機関12社のブローカー・ディーラー部門を提訴 ⇒ シュワブが購入した債券の裏付けとなっている住宅ローン債権の多くが目論見書の説明に反していた

第5章     すべてが崩れ落ちる――警鐘、略奪者、危機、対応
危機の到来とそれが生み出した行動について検討
2002年頃、かなり早い時期にバブルに気付いた者もいたが、金融システム全体を麻痺させるような危険性について本当に真剣な警告が公の場で初めて発せられたのは05年、FRBグリーンスパンが議長として参加した最後の会議で世界各国から来た中央銀行関係者を前に、IMFのチーフ・エコノミストのラジャンが恐ろしい未来を暗示し、規制の強化を訴える ⇒ 当時ハーバード大の学長だったラリー・サマーズが先頭に立って反論
04年頃には、早くもバブルの崩壊に気付いたウォール街のインサイダーたちがバブルに逆張りすることを思いつき、バブルが続く間はクズ証券の組成・販売を最後まで続け、バブルが終わるときには住宅ローン関連証券のデフォルトに賭けて巨万の利益を手にした

第6章     罪と罰――犯罪事業としての銀行業とバブル
金融犯罪の増加を説明し、刑事訴追の必要性についての主張を展開
規制緩和後の金融犯罪の増加 ⇒ レーガン政権がS&Lに対する規制を緩和した直後から急増したが、刑事訴追されたものの圧倒的多数は末端のファンド・マネージャーやインサイダー取引の情報提供者で、大手銀行の幹部は、破綻したリーマンも含め訴追されていない
大手金融機関が犯罪集団と化したのは90年代後半のことで、SECに提訴されても和解で決着
エンロン ⇒ 90年代後半の寵児。01年史上最大の倒産。ブッシュ・テキサス州知事を強く支持し、上院銀行委員会委員長の妻が取締役。5大会計事務所の1つや最大手銀行数行公認のもとで簿外組織を通じた財務面の不正を働く
インターネット・バブル ⇒ 投資銀行がこぞってIT業界を殊更大きく見せかけ、私募債やIPOM&A等を通じ莫大な利益をウォール街にもたらしたが、その大きな部分が詐欺的なもの
02年 ニューヨーク州司法長官スピッツァーが主要銀行に対し一連の訴訟を提起、投資銀行10社と包括的和解成立、合計で14億ドル支払う ⇒ アナリストが煽り、投資銀行部門が売りまくった構図に対し銀行は訴追の内容を否定せず、皆がやっているというのが彼らの言い分だった
地方自治体も投資銀行の食い物に ⇒ 金利低下と平仄を合せ既存債務を再編すると誘って、複雑なオプションをつけた仕組み債を発行させ、手数料を稼ぎまくる。自治体のほうは08年の金融危機で債券が暴落、債務不履行へと転落。自治体の担当者は訴追されたが投資銀行は何らのお咎めも受けていない
マネー・ロンダリングや資産隠しをも手助け ⇒ 最たるものがクレディ・スイスで、95年からアメリカの対イラン制裁を破り始め、0910年にかけてクレディ・スイス、バークレイズ、ロイズの3行は司法省とマンハッタン地区担当連邦検事に対し12億ドルの罰金を支払うが、そのさいも3行は容疑について争わず、罰金と訴追延期合意で和解
バーナード(バーニー)L・マドフこそ、史上最大の純然たるポンジ・スキームを30年に亘って実行し、195億ドルの損失を生じさせた人物 ⇒ 大手銀行も、詐欺師と疑いつつ当局に通報するどころか積極的に顧客の金をマドフのファンドにつぎ込み、マドフからの受発注を通じて莫大な手数料を稼いでいた
バブルと危機に対してアメリカがきちんと対応しなかったことが、次の10年の金融部門の行動の基調を作る
訴追可能な犯罪事実としては、証券詐欺、不正会計処理、贈賄、偽証や虚偽陳述、サーベンス・オクスリー法違反(虚偽の会計報告の監査証明)等が挙げられ、さらに民事上の不法行為も多々ある

第7章     痛みをもたらす負の産業――野放しの金融部門
残り4章では、アメリカの近年の変化を幅広く分析し、過去30年で経済的に停滞し、財政的に不安定で、極めて不平等な社会に成り下がったことを説き明かす。最初は、金融部門が国の富を生み出すどころか奪い取る寄生産業に変貌したプロセスを検討
規制緩和以降、とりわけ投資銀行は金融市場からの短期借り入れへの依存の度合いを急速に深め、過度のレバレッジは危機対応への脆さを露呈

第8章     象牙の塔
学問の世界にも目を向け、金融部門や他の富裕な利益集団がアメリカの学問の世界を堕落させ、学問の役割を独立した立場での分析から、産業界や金融界のロビー活動の手段に変えてきた
大学やシンクタンク、さらには金融、経済、ビジネス、政府規制といった分野の著名な学者に広く見られる利益相反行為はさらに衝撃的で、学問研究の大きな部分がカネで左右される活動に成り下がり、いかにカネに毒されてきたかを如実に示す
医薬品のランダム臨床試験は、製薬会社が費用を負担する場合、被験者に有利な結果が出る可能性が3.6倍になるとの調査結果がある
l グレン・ハバード ⇒ 0103年ブッシュ政権の経済諮問委員長、04~コロンビア大ビジネス・スクール学長。バブルの真っ最中に資本市場が経済パーフォーマンスを向上させ、雇用を創出したと絶賛し、民間会社の役員や大企業相手のコンサルタント業務で莫大な資産を為し、ベアー・スタ-ンズのファンド・マネージャーの刑事訴追では弁護側証人として無罪勝ち取りに寄与
l ラリー・サマーズ ⇒ サミュエルソンやケネス・アローの甥。クリントン政権の財務長官。その後ハーバード大学長。傲慢さと、カネと力のある人々から重要人物と見做されたいという強烈な欲求に思考を毒された。重大なミスや信用を失う行為は枚挙に暇がない。世界銀行のチーフ・エコノミスト時代には豊かな国が貧しい国に環境汚染を輸出すると書かれたメモを承認したり、学長時代には女性は科学的推論能力の点で生来男性より劣るという響きのある発言をしたり、政策判断でもグラス・スティーガル法を骨抜きにしたり、店頭デリバティブ取引に関わる全ての規制を禁止したり疑問符が付くことが多い
l フレデリック・ミシュキン ⇒ コロンビア・ビジネス・スクール教授、専門は銀行・金融論。0608FRB理事。01年アイスランドが3大銀行の民営化とともに、米欧の投資銀行による世界で最も悪質な金融詐欺によって債務不履行状態に陥ったが、その詐欺に正当性と新たな活力を与えたのがミシュキンの論文で、さらなる対外債務積み上げの裏付けとなった
l ローラ・ダンドレア・タイソン ⇒ ロンドン・ビジネス・スクール学長。クリントン政権で大統領経済諮問委員長、国家経済会議議長。退任後民間企業に転じ、高額収入を約束されている

第9章     出来レースの国、アメリカ
アメリカの政治・経済システム全般の衰退について考察
今世紀初め以降、アメリカは突然大きく凋落したように見えたが、アメリカの衰退は何十年も前から始まっていた ⇒ クリントンが残した繁栄を、ブッシュが戦争と減税で遺産を食い潰し、残された混乱をオバマが収拾して経済を再び軌道に乗せるのに梃子摺っているといわれるが、それ以前から2大政党を問わず、政治経済システムは迷走、根底にある支配的トレンドは著しく右肩下がりになり、経済競争力も基本的な公正さも国民の教育も政治も、全てがひどく衰退、様変わりした
政治的・経済的力の過度の集中が進むと、最上層の仲間内による密閉空間を生み出し、多元主義が衰え、競争が弱まり活力が無くなって、アメリカという国のシステムの破綻に繋がる
経済的衰退と金権政治の登場 ⇒ ブロードバンド基盤の整備では既に他国に大きく後れを取り、接続が全土で可能というわけではなく、速度も遅く、信頼性に欠け、料金が高いのは電気通信業界の寡占による弊害であり、カネと政治がものを言って、経済成長の阻害要因となっている
変革を支持する国民の圧倒的な負託を得たオバマ政権も、その人事を見れば結局は寡頭勢力のお抱え大統領に過ぎないことが判明 ⇒ 金融部門を批判したり改革を唱えたりしていた人々は選ばれずに、国家経済議長はサマーズだし、バブル期を通じてニューヨーク連銀総裁だったガイトナーを財務長官に、その後任には同様にゴールドマン・サックスのチーフ・エコノミストだったダドリーを任命、規制関係の政治任用職はすべてがこの調子
オバマ政権の政策は、前政権のそれとほとんど見分けがつかない ⇒ 政党の支持基盤は変わっていないが、資金源が変わったことが大きい。それまでの労働組合や勤労者の政党だったものが、クリントン時代から金融寡頭勢力の意向に従う傾向が明白となり、オバマの代もブッシュの方針を踏襲。2大政党が結託していて、しかも同一の寡占勢力の影響下にあるのは何とも異常

第10章  何をするべきか
アメリカとヨーロッパの未来について、アメリカの衰退を逆転させるために必要な大規模な政策変更について論じ、社会的・政治的行動によってこれを実現する道筋を示す
必要な改革への提言:
l  教育の機会と質を高める
l  金融部門の制御
l  政治に対するカネの影響の制御
l  個人・法人税制の改革により、世襲寡占勢力や金融寡占勢力の形成を抑制
l  独占禁止政策や企業統治に関する規制の強化
l  万人が利用できる高速ブロードバンド・インターネット基盤の構築
考えられる3つの道筋:
1.   既存政党の1つにおける内部反乱
2.   3党の台頭
3.   超党派の社会運動


あとがき
2011年アカデミー賞授賞式で著者はそのスピーチの冒頭、不正行為によって大金を手にした一方多くの人に甚大な被害を与えた金融機関幹部が処罰を免れていることへの怒りをあらわにした
本書を書いた動機の一つは、今回の金融機関の行動は、明白な詐欺であり、幹部たちは処罰されるべきだとの主張であり、もう一つは金融部門の不正を可能にした過去30年のアメリカ社会の変化に対する強い危機感
そうした変化の中で最も衝撃的なのは、学問研究の分野でもカネがものをいう傾向が広まってきたこと。著名な学者が企業の役員やコンサルタントとして、あるいは裁判の専門家証人として、報酬をもらって有力企業のために働く例が急増している ⇒ 代表格は、グレン・ハバード、ラリー・サマーズ、ローラ・タイソン
リーマン・ショックから5年、ダウ平均は最高値を更新、危機感が薄れつつあるが、近い将来再発の可能性を排除することは出来ない







強欲の帝国 チャールズ・ファーガソン著 必然的に起きた金融危機の背景 
 世界を震撼(しんかん)させたリーマン・ショックは、米国での住宅バブルの崩壊を契機にたまたま発生したのか、あるいは起こるべくして起こったのか。仮に起こるべくして起こったとした場合、何がその原動力として作用したのか。また、そうした力は米国社会にどのような影響を及ぼしたのだろうか。
(藤井清美訳、早川書房・2700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(藤井清美訳、早川書房・2700円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 本書は、議会報告書や民事訴訟での証拠資料を丹念に読み解き、この問題に対する著者なりの解答を提示するものである。結論は「起こるべくして起こった」であり、ウォール街のあくなき利益の追求が原動力として作用していたと主張する。ウォール街とは債券の引き受けやトレーディングに特化した投資銀行および大手商業銀行という米国を代表する金融機関のことをいい、その強欲が米国社会を疲弊させたと断じている。
 著者の見立てによると、ウォール街は議会や学界に働きかけて、機動的に利益を追求できる環境を作り上げた。金融先物取引に規制の網をかけようとする動きを議会に働きかけて潰したほか、投資銀行への自己資本規制も実質的に骨抜きにした。そうしたなか、強欲なまでに利益を追求する裏側で投資銀行などでは価格変動リスクが過剰なまでに積み上がった。このリスクが住宅バブル崩壊とともに一挙に顕現し、世界的な規模で金融危機が勃発したのである。
 また、利益追求が成功するなか、ウォール街では年収数千万ドルにのぼる超富裕層も生まれ、米国の富の多くを独占してきた。富裕層と貧困層の格差がさらに拡大するとともに、アメリカンドリームの実現確率が押し下げられるなど、米国は普通の人々にとって厳しい社会になった。加えて、優秀な人材はウォール街を目指すため、製造業などの先行きが危ぶまれる。
 では、どうすれば金融危機の再発を防止し、米国社会を健全化させられるのだろうか。この点、著者の見方は厳しい。報酬規制の強化といった小手先の対応では不十分であり、不正を働いた関係者を刑事訴追することや、ウォール街と議会との癒着を断つことなどが喫緊の課題であると主張する。
 しかし、リーマン・ショックで関係者が刑事訴追されたことはないほか、癒着の解消にも手が付いていない。いずれ若いリーダーがそうした問題を解決するだろうという楽観的な期待で本書は閉じられる。この点、やや不満が残るが、米国社会のありようを考えるうえでの好著である。
(同志社大学教授 鹿野 嘉昭)


強欲の帝国:ウォール街に乗っ取られたアメリカ
チャールズ・ファーガソン著、藤井清美・訳、早川書房

 米国の金融業界の強欲ぶりと傍若無人ぶりを明らかにした書。強欲は金融業界だけではなく、産・官・学・政のすべてにわたり米国社会のシステムに根付いていることを、筆者は具体例を社名と個人名をこれでもかと挙げながら論じる。例えば政治と学会、金融業界がトライアングルを形成し、一人の人間がぐるぐる渡り歩く。個人名を挙げ指摘しているので迫力がある。この書評では、リーマン・ショックに関連して米国の金融業界を糾弾した書をいくつか取り上げたが、本書は具体例の多さと取り上げる範囲の広さで際立っている。ちなみに筆者は、映画「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」でアカデミー賞(長編ドキュメンタリー映画部門)を受賞した監督で、本書は映画の内容を書籍化したもの。
 全編を通じて、筆者の怒りがひしひしと伝わってくる。筆者の怒りの矛先は、第一に詐欺まがいの行為によって金融危機を引き起こした銀行に向けられる。さらに、金融危機に乗じてアンフェアな取引で巨額な利益を出した銀行とその経営者が、まったく罪に問われていない点に怒りを募らせる。同時に階層が固定化され、格差が広がる米国社会に疑問を呈する。米国の現在を知ることのできるノンフィクションである。


2014.7.18. 文藝春秋 Book クラブ 書評
アメリカ社会を劣化させた犯罪者を告発する!
『強欲の帝国 ウォール街に乗っ取られたアメリカ』 (チャールズ・ファーガソン 著/藤井清美 訳)
片山近年、アメリカの衰退を論じる書物が増えていますが、本書は優れた部類に入るでしょう。強欲の限りを尽くす金融寡占勢力によって、過去30年の間に、いかにアメリカの政治が腐敗し、教育、雇用、所得などの格差が拡大したか、辛辣に分析しています。
著者は、政府機関やアップル、IBMを経て、映画製作に乗り出し、『インサイド・ジョブ』でアカデミー賞(長編ドキュメンタリー映画部門)を受賞。授賞式では「金融機関の幹部は誰1人刑務所に送られていない。これはまちがっている」と述べたそうで。
山内マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で概ねこんな予言をしています。やがてアメリカは野放図でカジノ的な資本主義へと向かうだろう、資本主義という名を借りた剥き出しの暴力と欲望が支配する社会だ、と。本書を読むと、現実のアメリカはもっとひどいとしか言いようがないですね。
小島アメリカの所得や資産の格差が急拡大していることに驚きます。「最も富裕な1パーセントのアメリカ人が、アメリカ国民の純資産総額の約3分の1、金融資産総額の40パーセント以上を握っている」。著者によれば、経営幹部やエリート弁護士、トレーダーなどは当然のように数千万ドルの報酬を得る……つまり年収数十億円!
片山彼らは庶民には考えもつかないようなお金の使い方をするんですね。この本によると、投資会社ブラックストーン・グループのCEO、スティーブ・シュワルツマンは、世界中どこでも休暇で滞在している場所に400ドルの石蟹の足を空輸させるという。また、ベアー・スターンズのCEOだったジミー・ケインは、週末は本社からヘリコプターでゴルフに行き、ついにはゴルフ場の隣に家を建てさせた。マリファナに溺れ、自社の崩壊が免れなくなったその日の会議ですら、トランプゲームのブリッジに興じていた。彼は当然解雇されましたが、それまでの数年間に用意周到に自社の保有株を現金化していて、現在でも純資産がなんと約6億ドルだという。
結局、彼らには企業家としてのモラルがない。会社を守って未来に残す発想がない。刹那的な利益の最大化にしか関心がない。危ない橋も平気で渡る。経営者が株を持って、度外れた高給を取る。儲かりどきに株も売る。自分の会社に対してハゲタカのように振る舞う。会社は株主が儲けるためのおもちゃ。株主資本主義の究極ですね。
小島私腹を肥やす超富裕層がいる一方で、貧困家庭の子どもは生涯貧困から抜け出せないという現実も。親の所得が子どもの生涯所得の決定要因の約50パーセントとか。格差の拡大は日本も他人事ではないですね。教育費をかけた子どもでないと生き残れないのではと、親は不安でいっぱいです。
山内とくに印象的なのは、学者と政財界のすさまじい癒着です。たとえば、経済学者でハーバード大学の学長も務めたラリー・サマーズ。学長辞任後、週1日の勤務で520万ドルの報酬を条件に、ヘッジファンドの顧問に就任。そして強欲な経営者たちが自ら決めた、年間利益の20パーセントを受け取るが、損失に対する責任は一切負わないという特権が問題視されると、「金融イノベーションによって圧倒的に有益なことが起きている」と反論、金融業界を擁護したのです。資本家の営利のために学問が利用された典型的な事例なのです。

アメリカ資本主義の破綻という恐ろしい可能性

片山さらに、サマーズはクリントン政権の財務長官を務め、商業銀行と投資銀行の各々の業務の厳格な分離を定めたグラス・スティーガル法(1933年制定)の条項廃止を進めました。
実は、大恐慌の前の1920年代でも、不良債権を優良債権と混ぜたインチキ金融商品を販売したり、預金者の金をハイリスクの投資先に回したりする、犯罪的な商売が横行していました。大恐慌発生の有力な一因です。その反省を踏まえた法整備が行われていた。商業銀行業、投資銀行業、住宅ローン貸付業、保険業は別個の業種として切り離され、常に公共機関に監視される。さらに経営幹部は総資産のほとんどを自社に出資したままにしておかねばならない。会社から逃げられない。一蓮托生の仕組みになっていた。
ところが、サマーズをはじめとする政財界のひも付きの経済学者が主張し、規制緩和の名の下に強行されたのは、大恐慌の教訓を踏まえてバブルと金融危機を防ぐための足枷である「ニューディール諸法」の撤廃だった。金を貰ってパンドラの箱を開けたのです。
山内そうですね。加えて、呆れてしまったのは、そうしたひも付き学者が経済の分野にとどまらず、政治や外交政策の分野でも幅をきかせているということです。これはイギリスの話ですが、2007年当時、リビアの独裁者カダフィのイメージ改善のプロパガンダとして、『第三の道』で日本でも知られているアンソニー・デギンズが、「リビアはとくに抑圧的というわけではない」だとか、「(言論の自由を)許容する」だとか、挙句、「230年後のリビアの理想的な姿は北アフリカのノルウェー」で、実現は不可能ではない、などと曰(のたま)っています。「ソフトパワー」の概念で、日本ではハト派と目されるハーバード大学ケネディ・スクール元校長のジョセフ・ナイも、コンサルティング会社から有償で依頼されカダフィを訪ねている。
小島高学歴のエリートたちが欲に目がくらんで腐敗するなんて、お金の前に教育は無力なのでしょうか?
山内著者は「教育の機会と質を高めることは不可欠」と言っていますが、それ以上の具体策は示されていません。私は、大学や教育制度そのものにすべてを委ねるのではなくて、個人の行動規範や倫理観を幼い頃から育てるように、家庭や共同体での躾で改善していくしかないと思います。
片山しかしその期待は、健全なファミリーの歴史的持続性が失われつつある現状では難しいのでは?また、勝ち逃げする経営幹部が後を絶たないようでは、企業の持続性も危ぶまれる。昔は、会社を子どもに継がせるとかで自ずと持続性が担保されていた。社会的に信用され続けるためには、長期的に継続していかなければならない。ところがこの持続性という大前提の影がすっかり薄くなってしまいました。
山内理性や信仰で踏みとどまる人もいるわけです、アメリカにも日本にも。ですから、資本主義自体を否定するのではなく、こうした本を読んで警戒心を保つしかないでしょうね。
小島でも、躾が行き届いておらず、信仰心や理性に問題がある人物は、いくら学んだところで欲望に負けて腐敗に手を染めても仕方がないと言うなら、それは教養や知性の敗北ではないでしょうか?そんなの嫌です!
山内うまいことをいいますね(笑)。そうだとしても、教養や知性で問題を克服する以外ないから苦労するのです。
片山アメリカがこんな有様になったのは、ものづくりが行き詰った80年代以降、金融部門に期待するしかなくなったからでしょう。金融資本主義の発展に賭けて、後先考えずに規制をひたすら緩和した。その点では共和党も民主党も同じ穴の狢だった。経済学者も理論武装に動員された。結果はこのざま。著者はアメリカの復元力に希望を寄せていますがどうでしょうか。アメリカ資本主義の破綻という恐ろしい可能性が頭をよぎります。
日本は、本書の説明するアメリカの経過を、少し遅れて、ややスケール小さく、真似しているということです。決して他人事ではありません。


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