帰ってきたヒトラー  Timur Vermes  2014.5.16.

2014.5.16.  帰ってきたヒトラー 上・下
Er Ist Wieder Da(彼が帰ってきた)            2012

著者 ティムール・ヴェルメシュTimur Vermes 1967年ニュルンベルク生まれ。母親なドイツ人、父親はハンガリー人。エルランゲン大学で歴史と政治を学ぶ。ジャーナリストとしてタブロイド紙の『アーベントツァイトゥング』紙、『ケルナーエクスプレス』紙で活躍。その後、『シェイプ』誌をはじめとする複数の雑誌でも執筆活動を行う。09年よりゴーストライターとして4作品を上梓。本書は著者が初めて実名で著わした小説

訳者 森内薫 翻訳家。上智大フランス語学科卒

発行日           2014.1.30. 初版発行                   2.28. 3刷発行
発行所           河出書房新社

本書は、発売から12か月で、電子版などを含めてドイツ国内で130万部を売り上げ。現在(1311)までに世界38か国語での翻訳が決まり、さらには映画化まで決まっている
【内容】・・・・・2011830日にヒトラーが突然ベルリンで目覚める。彼は自殺したことを覚えていない。周りの人間は彼のことをヒトラーそっくりの芸人だと思い込み、彼の発言全てを強烈なブラック・ジョークだと解釈する。勘違いが勘違いを呼び、彼はテレビのコメディ番組に出演し、人気者になっていく…・
ヒトラーの髪型と髭を模した印象的なデザインの表紙と、ナチスが権力を掌握した1933年に因んだ19.33ユーロという価格で20129月に発売された本書は、翌月のフランクフルト国際ブック・フェアで注目を集め、ドイツの週刊誌『シュピーゲル』のベストセラー・リストのトップに躍り出て、その座を長期に亘って保った
彼が帰ってきた――だが、アドルフ・ヒトラーが現代に甦って、一体何ができるのか? その答えを知るには、現代のベルリンで彼を目覚めさせてみればいい。空前絶後の風刺小説である本書は、まさにそこから始まる
最初の1ページからもう、痛快な場面の連続。何しろ主人公は、テレビのコメディ番組のヒトラーでもなく、ハリウッド映画のヒトラーでもなく、本物のヒトラーだ。周りを独自の視線で分析し、人々の弱点をナイフより鋭く稲妻より早く見抜き、そして奇怪な論理を堂々と推し進め、さらにそれを譲らない本物のアドルフ・ヒトラーなのだ。しかし、彼は至って正気

空前絶後の風刺小説
廃墟になったはずのベルリンに70年足らずでどうやってこれだけの大都市が建設されたのか。戦いに敗れて瓦礫となったアテネの町に敵のアヴァール人が居ついたのと同じように、敵が廃墟となったベルリンに魅せられて居ついたために、第二級か第三級の人種にできる程度の成果しか上げられず、粗悪な建築物ばかりか、同じ店ばかりが立っている。スターバックという人物が経営するコーヒー屋が町のそこかしこに何十軒もあるせいだ
メール・アドレスの登録 ⇒ Hitlerはどこのプロバイダーも受け付けず。Adolfhitler, Adolf.Hitler, Adolf_Hitler, AHitler, A.Hitler等は不可か登録済み。NeueReichskanzlei
(新総統官邸)としてアドレスを取得
戦後は連合諸国の傀儡政権が置かれ、見せかけだけの民主主義的手続きを踏むことで何とかカムフラージュされたこの政権を率いたのは、前科者のアデナウアーとホーネッカー、デブの経済占い師のエアハルト、それに加えて1933年に駆け込み入党した多くの甘っちょろい党員の1人だったご都合主義の旗振り野郎のキージンガー
ドイツ「再統一」が、戦後ドイツにおけるプロパガンダ上の最大級の嘘であることは間違いなく、真の意味でのドイツ再統一には旧帝国領だった重要な地域が欠けている ⇒ポーランドに贈られたシュレージェン地方、エルザス=ロートリンゲン、オーストリア
英雄的な「再統一」の功績によって当時の首相の座にいた男(コール)16年もの長きにわたってこの国を統治、でっぷり太ったその姿をちらりと見ただけで体から力が抜ける
西側諸国が呆れるほど幼稚な争いに没頭できた一因はおそらく、この地をがっちり支配したアメリカ的、というかユダヤ的な拝金主義が、カネ儲けに役立つ重要事案にばかりかまけていた点にある。そんなアメリカによって引き抜かれたのが、戦後も生き残った腰抜け親衛隊少佐ヴェルナー・フォン・ブラウン。この怪しげな日和見主義者はドイツのV2ロケット開発で得た知識を、アメリカに渡ってすぐ最高入札者に高い値段で売りつけ、アメリカはその技術によって破壊兵器を確実にどこにでも落とせるようになり、それを後ろ盾に世界に君臨するようになった
衝撃的なのはドイツの政治の現状。国の頂点に立つのが、女。それも陰気くさいオーラを自信満々に放っている不格好な女だ。東独育ちのこの女は、つまりは36年もボリシェビキの亡霊と共にあったというのに、女の取り巻きはそのことにかけらも不安も感じないらしい
嘆かわしい限りの現状の中で喜ばしいことが1つある。それはドイツ国内のユダヤ人の数。凡そ10万人で、33年当時の1/5という少ないままに保たれている。イスラエル建国のお蔭で、ドイツの今の豊かさがユダヤ人寄食者を追い払ったことと密に結びついているのは明白


訳者あとがき
「ヒトラーが現代に甦って、テレビやネットで人気者になる」小説が現実に出版され、発売から14か月で、紙だけで累計90万部、電子書籍等を合わせて国内で計130万部売り上げ、38か国で翻訳が決まり、映画化まで決定
原題(彼が帰ってきた)は、19666年にドイツで大ヒットした歌のタイトルから取られている
ナチスが権力を掌握した1933年に因んで19.33ユーロで20129月発売
ヒトラー礼賛が禁止されている中、この本が出版可能になったのは、ヒトラーを戯画化した風刺小説だから
「政治的にあまりにナイーヴ」との批判もあり、とりわけ問題視されたのは、ヒトラーが悪者ではなく人間的な、敢えて言えば魅力のある人物として描かれている点
著者も本書の狙いはまさにその点にあるとして、「人間アドルフ・ヒトラーに人を惹き付ける力があったはずで、人々も自分にとって魅力的に見えた素晴らしい人を選んだはず」と言いい、ヒトラーを人間的に、魅力的に描いたのが本書成功の理由
私が一番面白くも恐ろしくも思ったのは、ヒトラーと周囲の人間との会話のすれ違い。会話は全てが誤解と齟齬の連続で、それが読者の笑いを誘う
ただし、後注は絶対につけてはいけないという著者からの制約のため、翻訳作業は大変



帰ってきたヒトラー(上・下) ティムール・ヴェルメシュ著 
共感か拒絶か、きわどい主題 
日本経済新聞朝刊2014年2月23フォームの始まり
フォームの終わり
 ヒトラーは、1945年4月にベルリンで自殺した。そのヒトラーが66年後の2011年8月に同地で蘇生した、というのが本書の設定である。キリストが現在に蘇(よみがえ)ったとき、篤実なクリスチャンたちは彼に共感するどころか、狂人や犯罪者として排斥する――というのは西洋文学が繰り返し描いてきたテーマだが、それがヒトラーの復活となると、物語はそれほど簡単には進まない。
(森内薫訳、河出書房新社・各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(森内薫訳、河出書房新社・各1600円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 蘇生したヒトラーは、もちろん本ものとは思われず、「そっくりさん」として喜劇役者に登用される。制服姿の彼が舞台で叫ぶ過激な演説は、ナチズムの理念に反する現代社会へのヒトラーの怒りを演じたパロディーとして、大笑いで迎えられる。現在のドイツの政党や政治家たちを実名で名指したその真剣な攻撃は、やがてそれら当事者たちとヒトラー役者(じつは本人)との接触を生み、超有名な人気者となった彼を自己陣営のために利用しようとする思惑が渦巻く。軽快なテンポのこの展開は、小説としての魅力に溢(あふ)れている。
 時を隔てた別の現実のなかに登場する歴史上の人物は、蘇ったキリストがそうであるように、いまの現実に対する批判的な観点の体現者であり、また現在がいだく歴史認識の試金石でもありうる。それでは、帰ってきたヒトラーの場合はどうか。そもそも、絶対的な悪として定着しているヒトラーが、現在を批判することなど可能なのか。再来ヒトラーが、私たちのナチズム観や歴史認識にどんな修正をもたらすというのか。
 困難できわどい本書の主題は、読者を巻き込んで展開される。もしもいまの現実に対する作中のヒトラーの批判に共感するなら、それはそのままファシズムへの共感につながる危険がある。その演説を拒絶すれば、問題が多い既存の現実を容認することになりかねない。しかも、作中のヒトラーは、ドイツの一部書評が危惧の念を表明したとおり、人間的な魅力に溢(あふ)れているのだ。読者は、この魅力を実感し、いわば自己矛盾に引き裂かれつつ、喜劇役者ならぬ本もののヒトラーと、虚構の世界で対決しなければならない。これは稀有(けう)な、そして重い体験である。
(ドイツ文学者 池田浩士)



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