科学を育む  黒田 玲子  2014.1.4.

2014.1.4. 科学を育む

著者 黒田 玲子1947107 - )は、日本生物物理学者。東京理科大学教授。日本化学会有機結晶部会部会長。東京大学名誉教授。
経歴[編集]
秋田県生まれだが、出身は宮城県仙台市。父は国文学者。宮城県第一女子高等学校から、1970お茶の水女子大学理学部化学科卒、75年東大大学院理学研究科で理学博士号取得。ロンドン大学Research Fellow, Honorary Lecturer, 英国王立癌研究所Senior Scientistを経て1986年東大教養学部助教授、1992年教授。1993猿橋賞受賞。2000年より、・小泉・安倍内閣で総合科学技術会議議員、教育改革国民会議委員を務める。2012年東大大学院総合文化研究科教授を定年退任。2012東京理科大学教授。2013ロレアル-ユネスコ女性科学賞(物理科学)。
業績[編集]
受精卵の形の違いによって遺伝子の働きが変化することを発見した。具体的には「巻き貝の右巻きと左巻きが、受精後数時間以内の受精卵の形の違いで決まることを、受精卵を直接物理的にねじってみて発見し、2009年ネイチャーに発表した。アルツハイマー病のような神経変症疾患の研究を含む幅広い応用ができるとして、2013年度ロレアル-ユネスコ女性科学賞物理科学)を受賞した

発行日           02.11.25. 印刷                02.12.7. 発行
発行所           中央公論新社(中公新書)

日本経済新聞「あすへの話題」(13.7.13.12.)のエッセイを読んで興味

中公新書創刊40周年記念

人類の歴史上で、20世紀ほど科学が急速に発達し、その多様な成果が私たちの生活に浸透した時代はなかった。今日、私たちは様々なその恩恵に浴しているが、一方で、過去数十年の科学技術の進歩はあまりにも早く、人間社会との間に様々な軋轢を生じてきてもいる。本書は、科学を、その特質と育む土壌、社会との関わりなど多様な角度から論じながら、21世紀の科学の行方を考察するものである

まえがき
第1章     科学をより身近なものとして理解するために、科学と科学者の特質について扱う ⇒ どんな科学者がどのような形で科学の発展に貢献したのか、創造性とは何か
第2章     科学を育む土壌とは、理想的な研究環境とは
第3章     19世紀から現代までの科学と国家の関係 ⇒ 科学における「公」と「私」
第4章     科学と社会の関係 ⇒ 物質の3つの性質、物理的性質、科学的性質、社会的性質
第5章     科学の未来についての展望
科学技術の発達は、様々な問題を抱えた人類と地球が今後も繁栄し持続していくために欠かせないものだが、科学に対して過剰な期待を抱かず、かといって極端な反科学主義にも陥らず、その特質を理解した上で科学と賢く付き合っていかなければならない。本書はそのための手引書

第1章        科学を発展させてきた人びと
天才のタイプ:
ダ・ヴィンチは万能の天才
ニュートンやアインシュタイン、ダーウィンは、人類の自然認識や世界観を大転換させた理論家・観察者
ファラデー、パストゥール、キュリー、エジソンらは、優れた基本的資質と鋭い科学的感性に加えてその努力と意志によって新しい技術や知識を生み出し、人類の生活を変えた実験家、観察者、発明家
科学上の偉大な発見にはセレンディピティが欠かせない ⇒ 3人の王子の資質こそ科学研究に必要なもの、脇目も振らず目標に向かってまっしぐらに進むこと、基礎学力、幅広い知識と観察力をもって目標を定めしっかり歩き出す
アメリカのベンチャー・ビジネスで「24-7」ということがよく言われる ⇒ 「124時間、週7日」の意味で、実験室やオフィスに泊まり込むような人々がベンチャーを支えてきた
朝永振一郎が「無意識下の意識」と表現したのも同じこと ⇒ 意識下も含めて常に心に留めておくことの重要性を示唆
ニュートンの書簡: 「私がほかの人より遠くを見ることが可能だったのは、巨人の肩に立ったから」(巨人=ダ・ヴィンチやガリレオ等の先人科学者たちのこと)
ノーベル賞の選考方法 ⇒ どの分野が受賞に値するかを議論するところから始まり、人類に貢献した賞に値する業績分野を特定したうえで、対象分野のオリジナルの研究を最初に行った人を探索
ノーベル賞の選考機関:
物理学賞、化学賞 ⇒ スウェーデン王立科学アカデミー
生理学・医学賞 ⇒ カロリンスカ研究所
文学賞 ⇒ スウェーデンアカデミー
平和賞 ⇒ ノルウェー国会
今後は、知をどのように体系化するかということが大きな課題

第2章        科学を育む土壌――アメリカ、イギリス、日本――
科学は文化である
「長所を伸ばす文化」と「出る杭を打つ文化」
アメリカのtenure制度 ⇒ 博士号取得後、平均6年程度の任期の間の業績によってtenure post(準教授以上)を得る。Tenureには定年はない
が、グラントを取ってこないと自分の思うような研究の継続は難しい
Principal Investigator ⇒ グラントを持った研究者
研究の評価 ⇒ 欧米では人物を評価し、信頼感に基づいて予算をつける
ピア・レビュー・システム ⇒ 研究者同士がお互いの研究を評価し合うシステムで、100年以上にわたり近代科学のベースとなってきたが、最近公正な審査という面から反省も

第3章        科学と国家――科学者たちと科学技術政策
ベルツの批判 ⇒ 科学に対する日本人の偏った見方として「科学の精神そのものを理解することなしに、科学研究の成果だけを摘み取る姿勢」がある
アメリカの科学体制の歴史的転換 ⇒ 20世紀初頭、基礎科学の貧困、ヨーロッパの科学へのただ乗りとの批判に応えて、科学者が公共政策にも積極的に参画、特に第2次大戦後政府が本格的に科学研究の支援に乗り出した際、大統領の科学アドバイザーとして物理学者を中心とする多くの科学者が活躍。同時に、産業界からの科学に対する多大な研究資金支援が、最先端の科学者の活動を支える
科学における「公」と「私」、「官」と「民」 ⇒ アメリカの「公」は、個人を基盤に力を併せて共に生み出したものであるがゆえに、いったん合意が形成された「公」については、これに従い支え合うのが習慣
欧米では、国のリーダーを科学技術面で支援する政府組織と、これとは独立に科学者集団による審議組織であるアカデミーがある ⇒ 全米科学アカデミー、イギリス王立協会
国のビジョンと科学 ⇒ 科学技術関連のプロジェクトは、国の長期的な方針全体を検討したうえで決められる
知の公共性と財産性 ⇒ 93年のアメリカでは、国民の福祉、産業競争力、雇用確保を重視する社会のための科学研究への政策転換が見られ、サイエンス・リンケージという科学指標が注目された
大学を中心に行われる基礎研究の成果は、論文として公開されることが近代科学発展の基礎でありルールであったが、今後は基礎研究をもとに特許を取ることも強く期待される時代となる ⇒ できるだけ早く論文を公開して公共財としての科学知とするか、知を独占し公開を遅らせようとする知的財産や競争力の源泉としての科学知とするかで、相容れない矛盾が起こる
20世紀は工業力、資本力が重要だったが、21世紀は知が牽引する時代 ⇒ 国の競争力の根幹となる知的所有権を保護する政策と、人類と地球のために知を創造し公共財として活用する政策の両者のバランスをどうとるかは、21世紀の科学技術政策の大きな課題

第4章        社会と科学のコミュニケーション――増大する科学者の社会的責任
科学の進歩が人間社会に対し、研究開発に携わった科学者さえ予想できなかった負の影響を与えることも少なくない ⇒ 万能な素材とされたプラスチックも燃やすと有毒ガスが出て環境に悪影響を及ぼすし、冷媒として開発されたフロンも毒性もないところから「奇跡の流体」とされたが、光分解して放出される塩素がオゾンO3層を破壊することが判明、医療の現場でも生殖医療の発達によって子供を諦めていた夫婦にも子どもが授かるようになった
科学はグレーゾーンを拡大 ⇒ 科学が多くの謎を解明したが、逆に生死の境は曖昧となり、分析法の感度が上がったことにより「ある」「なし」の断定が困難になる
現在、科学は本質的に、確率で事象を扱うものになってきている ⇒ 地震発生のメカニズムの1つが大陸のプレートの移動によることは1960年代のプレートテクトニクス論で解明されたが、その移動に伴う地震の前兆現象を捉えることは難しい
確率的な考え方は市民に受け入れられているか ⇒ 同じ平均といっても分布や母集団の量・質によっても意味が異なる
科学者には、研究開発の社会的意味の思索が求められる ⇒ 熱力学の第2法則によれば、無秩序な状態になったものを秩序ある状態に戻すことは不可能であり、パンドラの箱は一旦開けてしまったら元の箱に閉じ込めることはできない。科学者は自分の携わっている研究が社会にどういう影響を及ぼすのか、負の面をもたらすことがないのか真剣に考えなければならない
生命倫理のような問題では、研究の過程における許容範囲と禁止事項が細かく定められているが、これらに対する見解は個々の立場によって異なる ⇒ より多くの考えを持つ人々の参加を得て議論をするプロセスが大切
物質の3つの性質:
物理的性質 ⇒ ダイヤモンドは硬い、氷は摂氏4度の時最も密度が高い
化学的性質 ⇒ 酸はアルカリで中和される
社会的性質 ⇒ 用い方によっては善ともなり悪ともなる、不変とは言えない性質を持つ
科学技術をどのように使うのか ⇒ 科学技術のブラックボックス化によって、科学者でも専門が違えば内容を理解できないようになった

第5章        これからの科学はどこへ向かうのか
1999年の世界科学会議 ⇒ ユネスコとICSUの共催。ブタペスト宣言を纏め、知識が人類共有の財産であること、科学技術は責任をもって扱われ、濫用されるべきではないこと等の基本理念を改めて確認するとともに、21世紀に科学者が目指すところと、21世紀の新しい時代背景や社会構造、今後の科学の進歩に対する責任の所在を明確に示した
化学2つの手を持つ ⇒ 基礎的な分子科学と学際的な科学。2つの役割を認識し尊重していけば、21世紀には必ずや革命的な発見が起こり、化学がこれらの発見の要になる

あとがき
ライフサイエンス、情報科学、材料科学と、これらが融合した新しい分野に期待が寄せられている
科学の力だけでは解決できない問題も多く、「社会の中の、社会のための科学」という認識に基づいた科学を専門とする人の行動が必要とされる一方で、市民の側も専門家任せにせず、科学的素養に基づき自ら適切な判断や選択をする必要がある


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