第二次世界大戦 影の主役  Paul Kennedy  2013.12.27.

2013.12.27.  第二次世界大戦 影の主役  勝利を実現した革新者たち
Engineers of Victory: The Problem Solvers who Turned the Tide in the Second World War                   2013

著者 Paul Kennedy 1945年イングランド北部ノーサンバーランド州ウォルセンド生まれ。国際政治経済及び戦略史に関する著作や論評で世界的に著名。ニューカッスル大卒後オックスフォード大で博士号取得。83年イェール大歴史学部J. リチャードソン・ディルワース歴史学講座教授、同大国際安全保障研究所長。代表作『大国の興亡』は20か国語以上で翻訳出版

訳者 伏見威蕃(いわん) 翻訳家。1951年うまれ。早大商卒。ノンフィクションからミステリー小説、軍事未来小説まで広い分野で活躍中

発行日           2013.8.23. 11
発行所           日本経済新聞社

2次大戦を斬新な視点で描く!
連合国勝利の根幹には、これまで語られなかった人々の存在があった――。当代最高の歴史家の1人ポール・ケネディが、軍、民間、研究機関といった組織内部で「大戦略」を実行してきた現場に焦点を合わせ、その活躍と技術革新、戦略思想の変遷を描いた全く新しい大戦史!
「大戦略Grand Strategy」講座 ⇒ 毎年イェールでケネディが1年に亘って講義、孫子、マキャヴェり、クラウゼヴィッツなどの古典を歴史上の大戦略の豊富な実例とともに吟味し、現代世界の問題分析を加味した結論を出す
チャーチル、ルーズベルト、合同幕僚会議の面々が参集したカサブランカ会談において、敵国に無条件降伏を呑ませるという連合国の「大戦略」が決定された。この大戦略を達成するためには、ナチスドイツの電撃作戦へ対抗し、大西洋海上交通路を支配し、ヨーロッパ西部から中部にかけての制空権を確保し、日本の帝国主義を打破しなければならなかった。歴史を振り返れば、カサブランカ会談が自動的に枢軸国の無条件降伏に繋がっているかのように見える。事実、1年足らずの間に作戦目標はほぼ達成されたからだ。
しかし、実際の戦況は悪化の一途を辿っていた、連合国はUボートの脅威によって大西洋の制海権を失いかねない状態だった。ドイツへの戦略爆撃は奏功せず、英米の航空部隊は手痛い打撃を被っていた。また太平洋における日本軍との戦いにおいても、難問が立ちはだかった。カエル跳び作戦を実行するには、環状サンゴ礁の島に上陸しなければならない。だが敵が堅守する海岸線に上陸する手段を、米軍は持ち合わせていなかった。
この頃、連合国が克服しなければならなかった難題は山のようにあった。では43年の初めから44年半ばにかけて、形勢を急転させた戦略、作戦・運用、戦術とは何だったのか?若き日にリデル・ハートの名著『第二次世界大戦』のリサーチャーとして研究を行ったポール・ケネディが、トップリーダーを研究した師とは違った観点から新しい戦史の方向性を打ち出した大作

2次大戦を、問題の解決策やそういう解決策を編み出した人々に焦点を当てて、42年末から44年盛夏にかけての大戦中盤を集中的に描く
連合国の勝因について、多種多様な因果関係を取り上げた解釈を探求しなければならない
2次大戦の重要な中盤に、政治指導者たちが勝利を収めることが出来たのは、民間と軍の両方の小規模な集団や組織のお蔭だった。そういった人々の創意工夫の物語を描く
43.1.カサブランカ会談で、枢軸国打倒のためのより明確で広範な設計図がまとめられ、作戦上の難問5つがすべて克服・解決されて446/7月には結実した
歴史に残る難問を解決した人々という概念に関心を持った ⇒ 戦略の成否の仕組みや力関係を掘り下げると、当たり前として見過ごされている重要な物事が多いことに気付く
連合国が具体的にどう回復し、反撃したのかを探求する必要がある ⇒ 急転した戦略、作戦・運用、戦術の物語であり、明言された任務を実行するプロセスの詳細な分析まで順を追って見ていくことにより、歴史上の政策決定や問題解決についての議論を広げることを狙いたい

第1章        いかに輸送船団が大西洋を無事に渡れるようにしたか
ドイツは、連合軍の制海権を脅かすものとして、大規模な外洋戦闘艦隊保有計画(Z計画)に代わって潜水艦に目を付け、Uボートを急ピッチで増産
40年、Battle of Brittenに勝ってイギリスが生き延びた後、ムッソリーニが機に乗じて対英仏宣戦布告をしたため、世界最大の潜水艦部隊を含む新手の海軍が枢軸国側に加わり形勢が逆転
43.3.最大の海戦で輸送船団が壊滅 ⇒ 寡少護衛艦艇と、上空掩護が届かなかったためで、英海軍が大増強計画通りに改善が進められなかったことが原因
春になって海域の悪天候が収まると、連合軍の装備改善の効果が急速に威力を発揮し、4月の海戦では大勝利 ⇒ 探知機器の改善と航空機・空母の投入、対潜特殊兵器の開発等による
航空支援空白地帯解消は、カナダ人航空技術者を中心とするチームが、爆弾倉を外し予備燃料タンクを取り付けて航続距離の長い航空機を作り上げたことで可能になった
44年初頭からUボートによる連合軍輸送船団攻撃が再開されたが、1年前の栄光を取り戻すことは出来ず、Uボートの敗戦はノルマンディー上陸作戦ではっきりさせられた
勝利を収めるには、組織と質を加味する必要がある ⇒ 前線部隊に勝つための道具を与える飽くなき努力と同時に、資源を適宜に応用する”(チャーチル)ことが必須

第2章        いかに制空権を勝ち取ったか
43.10.アメリカの空の要塞B-17フライングフォートレスがドイツのボールベアリングトメッサーシュミット戦闘機など重要軍事物資の生産拠点であるシュヴァインフルトとレーゲンスブルクを爆撃したが、20%の損耗率で惨敗
44.3.でもなお英空軍爆撃機が多大の損耗
戦略爆撃には飛躍的な理論がある ⇒ 軍事生産を撃滅するための爆撃と、士気を阻喪させるための爆撃という2つの戦略目標があるが、第2次大戦が進むにつれ幾多の原因で混交、非軍事目標にまで及ぶこととなる
航空戦力理論には、歴史上の実例がなかったために、航空戦力論者は実験の必要性を感じていた ⇒ 第2次大戦が好機の到来
40年夏、英本土大決戦Battle of Britten ⇒ ドイツの目標設定が曖昧で、軍事目標よりロンドン市に狙いをつけたことと、イギリスの防空体制が整っていたことから、ドイツ爆撃機は撃退された
爆撃機が攻撃に脆いという問題の解決策は、長距離戦闘機の開発にあり ⇒ 燃料タンクの大型化と燃費の改善、増槽(ぞうそう:追加の燃料タンク)の積載により装備を整えたマスタング戦闘機を主体として44年初頭から戦略爆撃作戦「直射作戦」を開始、アメリカの重爆撃機による昼間飛行の掩護を万全なものとした
446月以降再開したドイツ各都市への戦略的空襲には、ドイツの航空機生産を減少させるような効果はなかった ⇒ 生産の分散化で被害を回避
戦略航空攻勢は、ドイツ国民の士気を打ち砕くことが出来なかった
連合軍航空部隊は、Dデー以降、何度か賢明な爆撃作戦を行った ⇒ 従来はなかった航法・誘導装置、誘導部隊、爆撃精度の向上が役立つ
ドイツ側の失態、すなわち緻密に調整された周到な防空体制が欠かせないという、英本土大決戦の戦訓を見落としていたことも、連合軍の勝利に繋がる

第3章        いかに電撃戦を食い止めたか
43.2.チュニジアで、米陸軍が初めてドイツ軍と本格的な交戦を行う ⇒ 相手はロンメルで、米軍としてはマッカーサーがフィリピンで敗北して以降最大の屈辱
ドイツの電撃戦は、それまでどの国の軍隊も遭遇したことがない攻撃的兵器システムの組み合わせ――歩兵、装甲、航空攻撃――によって支えられた
対抗する2大勢力のうちイギリスは、航空力で祖国を守り、大規模な爆撃攻勢を展開、大西洋のシーレーンを護り、ドイツ軍部隊が伸びきって手薄になり、蓄積を続けているイギリスの軍事力に抵抗できないであろうエジプトや地中海からじわじわと戦線を移動させるというものであり、ソ連の対抗戦略は、敵に空間を与えて時間を稼ぎ、ドイツ軍が伸びきるのを待ってドイツ空軍の爆撃を受ける気遣いのない工場の莫大な軍需品生産によって反撃するというもの ⇒ 両国とも回復するのに時間が必要だったため、43年初頭までは進撃を行えなかったが、やがて石と流砂の荒涼とした北アフリカとロシア西部の果てしない大平原でドイツの電撃戦が食い止められた
ドイツの機動戦が初めて急停止したのは、エジプトの地中海沿岸のエルアラメインで、42年半ばのこと。砂漠の長い尾根で行われた戦闘では地形が鈍重なイギリス軍にとって有利に働いたのと、奥行きのある範囲の広い地雷原とバズーカ砲などの特殊な対戦車大隊が功を奏した ⇒ 11月にはトーチ作戦が開始され、モロッコとアルジェリアの沖合に連合軍上陸部隊が到着し43年初頭には独伊軍がチュニジアで包囲され、地中海域でのドイツ軍の電撃戦は終わりを告げる
東部戦線の方は、機械による破壊力がアジアの遊牧民的な戦いと組み合わさったため、類を見ない残虐な戦争で、徹底した破戒や大規模な強制移住が行われ、戦闘・飢え・寒さ・病気・虐殺によって膨大な数の人命、特に一般市民の命が失われた
バルバロッサ作戦の連続攻撃と殺戮と降伏を食い止めたのは、1つは天候、第2は赤軍が戦いを挑んだこと、第3にドイツ軍が得た版図は広大だったが突破口が見つけられなかった、第4T-34戦車がドイツ軍装甲師団を圧倒(アメリカ人の発明家が開発しソ連に売却)
戦車キラーとして対戦車砲と地雷が有効 ⇒ 特にジューコフは地雷を多用、クルスクの戦いは世界最大の地雷原戦とまで呼ばれている
赤軍がドイツ軍より優れていた3つの事柄が役立つ ⇒ 架橋能力と欺瞞の技術、膨大なパルチザン網。凄まじい川幅の大河(ヴォルガ、ドン、ドニエプル、ドニエストル、ヴィスワ等)を渡河する技術を早くから磨いていたし、多くの工兵大隊を擁していた
44.6.Dデーと並行して赤軍はバグラチオン作戦開始(ナポレオンを阻止して討ち死にした将軍に因んで名づけられた)、ウクライナ、ポーランドを通過してベルリンへと進攻
東部戦線での大祖国戦争の流れを変えるのに貢献した組織やその中間の人々の全貌が明らかになるような公的情報が開示されるにはまだ長い年月が必要かもしれない

第4章        いかに敵が堅守する海岸を奪取したか
水陸両用戦の進化について述べる ⇒ 攻撃に脆い地上軍が、空と海から掩護され、敵が護る海岸に侵攻するという3軍の合同作戦
海からの攻撃は賭け
4042年の水陸両用戦は、ドイツ軍の勝利 ⇒ ノルウェーの占領が典型
空からの掩護が必須
42.11.トーチ作戦により、英米連合軍がモロッコ、アルジェリアに上陸
制海権に続いて制空権を握り、訓練済みの師団と揚陸艦艇が米軍で十分に整ったところで、3段階の大規模な水陸両用作戦で攻勢に出た ⇒ 北アフリカ、シチリア(ハスキー作戦: 43.7.)に続いて、メッシーナ海峡(シチリアと本土との間)を渡ってサレルノとタラントに同時上陸(雪崩作戦:43.9.)、続いてアンツィオで強襲揚陸(ローマの南、砂利浜作戦:44.1.)、ローマへの進撃に繋ぐ
3度の作戦の成功で、壮大なオーバーロード作戦への備えが出来た
オーバーロード作戦成功に貢献したのは、指揮統制で、連合軍海軍最高司令官として全てを立案したのは英海軍将校のバートラム・ラムゼイ大将。45.1.飛行機事故で死去
圧倒的な制海権と制空権に加えて、欺騙(ぎへん)作戦も行われ、ブレッチリー・パークによるドイツ軍暗号解読が大いに役立つ
3つの水陸両用作戦からなり、最もうまくいったのは米陸軍第4歩兵師団による最西部のユタ・ビーチ強襲だった ⇒ 敗北の一歩手前まで行きながら雲霧に紛れる中、潮に流され防備の手薄な海岸に上陸、ほとんど損傷なく揚陸が進められた
最大規模だったのが英加軍が上陸した最東部のゴールド、ジュノー、ソードと呼ばれるビーチ3か所で、改造戦車が活躍、苦戦しながらも比較的低い損耗率で作戦を遂行
最も苦戦したのがオマハ・ビーチで、酸鼻を極める大損害を被る
水陸両用作戦の進化の特徴を1つだけ挙げるなら、様々な稼働部品を滞りなく動かした、高度で複雑な指示、調和的統制ということになろう

第5章        いかに距離の暴威を打ち負かしたか
4142年の日本の非凡な攻勢は、比較的短期間のうちに、歴史家が距離の暴威と呼ぶものの餌食となった ⇒ 人間の試みが地理によって自然の制約を受けることを認識していなかった
太平洋で流れを変えるには、ヨーロッパと根本的に異なる手法でなければならなかった
最終的にはニミッツ率いるアメリカ海軍が中部太平洋を東から西へと進撃し続け、赤道以北を席巻する作戦「オレンジ計画」により日本本土爆撃を可能にした ⇒ まず米海兵隊USMCによってミクロネシア諸島を奪回する中で、無数の中級将校たちが鋭い突起だらけの危険な珊瑚礁を攻略し、島々を戦略資産に変えるような兵装システムや戦術を研究し、作戦理論を実行可能なものとし、次いで高速空母の開発が勝利に貢献、さらに戦闘機も高射砲弾も届かない高空を飛行する長距離爆撃機B-29スーパーフォレストの導入、さらには戦闘を進めるための基地、設備、集結点を建設した部隊(海軍建設大隊)の目覚ましい活躍、最後に米海軍潜水艦部隊の物語も忘れられない
アメリカが物量で日本を破ったという説もあるが、巨大な生産力も巧みな手綱捌きで資源を正しいところに配分しないと戦時には威力を発揮しない。誰かが、実験を自由にやれるどこかの組織や集団が、解決策を編み出し、それを実践する必要がある

結び 歴史上の問題解決
ゲルマン民族を打ち負かしたとき、ローマ皇帝は捕虜を帝国の首都に連れて行き、拍手喝采している群衆に大勝利の物的証拠として見せたが、全く同じことをスターリンが44.7.モスクワで57千のドイツ兵に対して行った
英陸軍参謀総長として大戦中チャーチルの主な軍事顧問を務めたアランブルック元帥は克明な日記をつけていたが、その中で印象的なのは、戦争にまつわる上層部の政治よりもずっと下のレベルまで掘り下げて枢軸国に勝つために今の装備や兵員で事足りるかどうかと常に考えていたことだった。カサブランカ会談で決められた戦争遂行の指針を具体化するためには、だれがだれをという主語と目的語がその精髄
連合軍の勝利の要因をいくつかあげられるが、最も重要な主題は一貫していた ⇒ この機器、組織、新たな形式の兵器は戦いに勝つのに本当に役立ったのか? 実際にそれが証明できるのか? 新発明が決定的要因だったと研究者が後知恵で言うのは簡単
5つの章で述べている事柄が深く結びついている証拠がいくつもある
もちろん大きな変革をもたらすのは上層部の人間
奨励の文化
漸進的な問題解決 ⇒ アップルのジョブズは世界を変える先見の明の持ち主というよりは、他人の出来の悪い発明や半端な先見の明を巧みに登用したという説がある。そういったものを基に作り、改造し、絶え間なく改善したいじり屋で、天才的だったのは、自分の会社の製品の性能を常に大幅に向上させたこと。ジョブズのような成功物語は、18世紀のイギリスの産業革命の時代には多くあったことで、進歩を奨励する国民的な文化がイギリスに横溢していたからに他ならない
5つの物語の似通っているのは、別の分野、別の学問、別の大論争に当て嵌めることができる重要な教訓を含んでいる点
大戦争に勝つには優れた組織が常に必要だし、その組織を動かす人間が必要。偏狭ではなく、とことん有能な組織運営で、勝利を目指して新鮮な発想を外部から取り入れるような流儀でなければならない。組織の長がいくら天才で精力が漲っていても、1人でやれることではない。支援機構、奨励の文化、情報と報告の効率的な循環、失敗から学ぶ許容性、物事をやり遂げる能力がなければならない。それをすべて、敵よりも優れたやり方でやらなければならない。それが戦争に勝つすべて
勝利に貢献したのは、中間管理職や問題を解決する人々、ビーチを突進した歩兵や、危険な海を哨戒した水兵も大いに貢献したことを主張したい
問題を解決する人々の作業には、"奨励の文化という後押しが必要だということは滅多に理解されていないが、それがあって初めて偉大な指導者の宣言や戦略的意図が実現し、戦争の嵐の最中で花を咲かせる


訳者あとがき
国家であろうと軍であろうと、巨大組織が「大戦略」を実行するには、トップと中間層と現場のそれぞれの働き全てが重要になる、本書は特に、その中間層のたゆまぬ努力や工夫が大きな戦いの勝機を動かしてゆく流れを描いている
第1章     大西洋のシーレーンの維持は、イギリスにとって死活問題。小型レーダーや対潜前投兵器(ヘッジホッグ)などの進歩、航空支援空白地帯を払拭する長距離哨戒機や護衛空母の登場が趨勢を逆転させた
第2章     P-51マスタング戦闘機がロールスロイス・マーリン・エンジンに換装して飛躍的に性能が向上、爆撃機をドイツ上空まで護衛することで連合軍が制空権を確保。航空戦力の重要性や戦略爆撃のありようについても論を重ねる
第3章     ドイツ機動部隊の退潮の徴候は、北アフリカの英軍との攻防がその縮図
第4章     D-デーでは、兵器・装備・運用にまつわる中間層の創意工夫が、困難な作戦の実行に貢献したが、巨大組織を動かすのに調和的統制が重要であることを現実に示す
第5章     太平洋戦は、米海軍が中心となって描いた戦略の勝利
5つの戦いは、個々に独立したものではなく、深く結びついていて、それぞれに影響し合っていた。また、共通の要素が難問の解決をもたらした。掴みどころのないその重要な要素について、著者は随所で卓見を述べている



第二次世界大戦 影の主役 ポール・ケネディ著 戦略実行を可能にした人々と組織 
日本経済新聞朝刊20131013日付フォームの始まり

フォームの終わり
 
あのポール・ケネディが書いただけあって、ちょっと手強い本である。そもそも本書は通常の大戦史の体裁をとらず、開戦から終戦までをバランスよく扱っているわけではない。扱っているのは、1943年から44年半ばまでの5つの物語である。ドイツのUボートと戦った英米護送船団、ドイツ戦闘機と戦って制空権を獲得し戦略爆撃を成功に導いたイギリス空軍、強力なドイツの電撃戦を食い止め反攻に転じたソ連陸軍、多国籍・多軍種の統合軍による大規模な敵前上陸をやってのけたノルマンディー上陸、太平洋という広大な空間に挑戦したアメリカ海兵隊の水陸両用戦。いずれも、この時期に起こった逆転の物語である。
(伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社・3500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社・3500円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 大戦史の多くは戦争指導者に焦点を当て彼らが構想し策定した大戦略の展開を語る。あるいはその大戦略に基づく主要な作戦の細部を述べ、作戦の適否を論じる。しかし、本書はあえてそうした語りを抑制する。本書が物語るのは、大戦略の実行を可能ならしめたイノベーションであり、そのイノベーションを創った人々と組織である。イノベーションに焦点を当てると、しばしば物語は兵器中心となり、この兵器があったから戦争に勝てた、といった類の話になりがちだが、本書はそうした立場を退ける。もちろん本書でも、例えば、センチ波レーダー、P-51マスタング、T-34戦車などの新兵器の開発・改良と活躍が取り上げられるが、それ以上に強調されるのは、そうした兵器を組み込んだ戦いのシステムのイノベーションである。また、技術や戦術や戦闘組織など、様々な要素を組み合わせ組織化したオーケストレーションである。
 著者は、枢軸国に対する連合国の勝利を1つの要因だけに還元しない。指導者が優れていたからだけではない。兵器が優越していたからだけでもない。大戦略実行のために直面した技術上、戦術上、組織上の難題を解決しイノベーションを実現した人々にこそ、多くを負っていると著者は論じる。暗号解読など諜報が戦争勝利に果たした役割を、過大視すべきではないと戒めている点も興味深い。
(国際日本文化研究センター教授 戸部良一)




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