一億総ツッコミ時代  槙田雄司  2013.10.2.

2013.10.2. 一億総ツッコミ時代

著者  槙田雄司 1970年山梨県生まれ。芸名マキタスポーツ。芸人、ミュージシャン、コラムニスト、俳優。バンド「マキタ学級」を率いるミュージシャンでありながら、ビートたけし、浅草キッドも支持する実力派芸人。また、独自の批評的見地から音楽や時事問題を考察、論評する。芸人としては、音楽的造詣をもとにした音曲ネタを得意とする。自ら命名した「作詞作曲ものまね」は、従来の「声帯模写」「形態模写」とは一線を画す、知的なパロディネタとして好評を博している。ゲーム・映画音楽なども手掛けるなど、各方面で才能を発揮している

発行日           2012.9.25. 第1刷発行                2013.2.13. 第3刷発行
発行所           星海社(SEIKAISHASHINSHO)

AERA2013.9.30.号『ツッコミ力で日本を救え!
ポイントは「リアクション」と「おもてなし」

ああ息苦しい!! 一億総ツッコミ時代
ツイッターで気に入らない発言を罵倒し、ニコ生でつまんないネタにコメントし、嫌いな芸能人のブログを炎上させる。ネットで、会話で、飲み会で、目立つ言動にはツッコミの総攻撃。自分では何もしないけれど、他人や世の中の出来事には上から目線で批評、非難――。一般人がプチ評論家、プチマスコミと化した現代。それが「一億総ツッコミ時代」だ。
動くに動けない閉塞感の正体はこうした「ツッコミ過多」にある。「ツッコミ」ではなく「ボケ」に転身せよ。「メタ」的に物事を見るのではなく「ベタ」に生きろ。この息苦しい空気を打破し、面白い人生にするために!
異才・槙田雄司(マキタスポーツ)による現代日本への熱き提言!!

はじめに
「お笑い」が世の中を反映していく中で、供給が過ぎた結果、皆が「ツッコミ」になってしまう現象が起こる
「噛む」だけで指摘され、相手を傷つけようというほどではないにせよ、先に攻撃することによって自分に降り掛からないように防御しているという心持が、端から見ていて気持ちが悪い
他者を攻撃して「差異を楽しむ」ことで、この「何事に対しても諦め感の漂う毎日」をやり過ごしている。そのことが閉塞感にさらなる拍車をかける
皆が同じ行動をして一方向に進んでいるのは、「ツッコミ」があまりに勢力を拡大してしまったから
「一億総ツッコミ時代」を生き抜くには、
(1)  「ツッコミ志向」から「ボケ志向」になる
(2)  「メタ」から「ベタ」への転向

「ツッコミ志向」とは、自分では何もしないのに他人がすることについて批評、ときに批判すること
「ボケ志向」とは、主体的に、主観的に行動する人の考え方。自ら何か行動に移して、他人の視線を気にせずに前に進み続ける人のこと
「メタ」とは、客観的、鳥瞰的に、ものごとを「引いて」見ること
「ベタ」とは、どんどん行動に移して人生を楽しむ姿勢

序章 バラエティ番組化した日本
ツッコむ、ボケる、ウケる、スベる…・本来であればお笑い芸人だけが気にしていればよかったことを一般の人々も気にするようになったのは、バラエティ番組の空気が蔓延して、お笑いを強制される世の中になっている証拠
日常でもお笑いの世界から自然に学んだ「ツッコミ」によって他人を容赦なく切っていることが多々ある
マスコミは世の中の動きを客観的に把握して整理する役目があるが、その役目を負いたがるのが「マスコミ志向の人」 ⇒ インターネットの普及により、誰でもが情報発信できるようになったためで、自分では何もしていなくても、他人のことは評価したがり、そうすることで自分の価値を手軽に上げようとする

第1章     「ツッコミ高ボケ低」の気圧配置が生む閉塞感
インターネットの出現でツッコミが可視化された ⇒ 特にツイッターは手軽にツッコミを発信できる
ツッコミは簡単に使えるコミュニケーションツール ⇒ ツッコミを挟むことにより、「ここが面白い」というマーカーが引かれ、会話が編集・加工されたものとなる
きっかけは、90年代のダウンタウン浜田の「なんでやねん!
ツッコミは「他罰的」 ⇒ 思い通り物事が運ばない時自分以外の物や状況、他人のせいにしようとする
お笑い的な能力を身につけるなら、他人を笑うためのツッコミではなく、「自らまわりに笑いをもたらすような存在」になった方がいい
「キレ芸」 ⇒ 日常で起きた腹のたつ出来事をネタにして笑いを取る。松本人志
千原ジュニアの「ありえへん」 ⇒ ツッコミ目線で物事を捉えていると、細かいことが気になって仕方がなくなるような、息苦しさを感じながら生活を送ることになる
「テロップ文化」(テロップによってツッコミを入れる)がツッコミ時代を加速させた
「西洋文化」はツッコミ文化 ⇒ 日本には「理性的なもの」より、もっと「自然体なもの」を受け入れる文化があったはずだが、禁欲主義的にすべて制御できるはずだというのが西洋人の考え方

第2章     ツッコミが支配した空気にどう対処すべきか
お互いに補完し合うイチャイチャの関係が出来れば面白い
自分自身の「しょうもない部分」を「ボケ」として周囲に提示し、周囲からツッコミを受けてみる
現代の高度情報化社会には3つの層
   受動層 ⇒ 物事に対して受け身の人
   求道層 ⇒ 自ら求めていく人
   浮動層 ⇒ 両者の中間にいてスタンスの定まらない人

第3章     現代社会はボケ不足
何かに夢中になっている人は「ボケ」 ⇒ ツッコミを入れられる側
神輿に乗ったり担いだりする方が、写メを撮ってツイートする人より面白い
自己愛の強い人、自分マニア、自分の内側と外側が整理整頓されている人、自分のやりたいことを人にきちんと説明できる人がボケ
「脇が甘い」というのはツッコミの言葉として使われる ⇒ 前田敦子の天然ボケこそ大切

第4章     メタでソーシャルなセルフブランディングに疲れた人々
ソーシャルメディアの時代は、人々のメタ疲れ、ツッコミ疲れを引き起こす
メディアの発達によって逃げ場がなくなっている
人は匿名になると容赦なくディスり始める
物事に対して「良い/悪い」の評価ではなく、「好き/嫌い」と言ってはどうか ⇒ 「好き/嫌い」は自分自身を剥き出しにし、晒すこと
自分探しを自分の中で続けていくのではなく、今の自分を世の中にぶっつけてみる。そこで叩かれたり、削られたりしながら、自分を形成していく

第5章     民主主義より資本主義より「面白さ至上主義」
ベタなものほど面白いので、逃げずに取り組もう
理不尽に向き合う
真の面白さはツッコミからは生まれない









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