法服の王国  黒木亮  2013.8.27.

2013.8.27. 法服の王国 小説裁判官 上下

著者  黒木亮 1957年北海道生まれ。早大法卒。カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。銀行、証券会社、総合商社に23年余り勤務を経て作家。2000年『トップ・レフト』で作家デビュー。主な著書に『巨大投資銀行』、『エネルギー』、『鉄のあけぼの』、『トリプルA』など。中学時代から長距離ランナーとして活躍、大学時代は箱根駅伝に2度出場、20kmで道路北海道記録を塗り替えた。その体験は自伝的長編『冬の喝采』にほぼノンフィクションのかたちで綴られている。英国在住

発行日           2013.7.14. 第1刷発行
発行所           産経新聞出版

2011.7.2012.9. 産経新聞に連載


プロローグ
日本海原発の2号機建設差し止め(完成後は運転差し止め)を巡る1審判決が出る2か月前
東京高裁長官「津崎」は、父親が犯罪者、母が心労で亡くなり、苦労して司法試験に合格
担当の金沢地裁裁判長「村木」は42年生まれ、一度は裁判官辞職を思い立った気弱な人物。65歳の定年にあと1.5年を残す。最高裁の判例に逆らっても無意味と主張する右陪席に対し、最高裁を動かすのは下級審の判決だと考える

第1章        司法試験
54年設立の青年法律家協会 ⇒ 裁判官の1割程度が加入
原発立地の志賀町出身で、半農半漁の父親の反対に会いながら苦学して弁護士になった妹尾が、反原発の急先鋒の父親を支援。兄は電力会社勤務で、用地買収の担当

第2章        長沼ナイキ訴訟
長沼ナイキ訴訟 ⇒ 夕張郡長沼町での自衛隊の地対空ミサイル基地建設のために、国有林の一部指定解除を巡り、指定解除無効と自衛隊の違憲が争われ、札幌地裁が執行停止を認め、自衛隊も状況によっては違憲たり得ることを認め、国側は控訴
69年 札幌地裁所長が裁判長に、国の方針に従うよう異例の勧告 ⇒ 新聞が青法協会員だった裁判長の漏洩でスクープ、最高裁も所長を注意処分に、裁判長も私信の公表の責任を問われて注意処分となったが訴追猶予に
70年 最高裁人事局が、初めて3名の任官を拒否。2名が青法協会員、1名が女性

第3章        ブルー・パージ(裁判所内部での青法協会員への圧力)
青法協会員の任官拒否に関し、裁判官若手と弁護士が抗議に立ち上がる中、さらに任官10年後の判事補から判事への再任についても、協会員6名と反対運動の発起人だった1名の再任拒否が出る
選挙に大勝した自民党の意向が強く反映された人事であり、裁判官定員1850人の1/3が再任の要望書を提出
司法研修所の修習終了式では、任官拒否者の発言を要請したクラス連絡委員長が罷免。さらに国会でも不当人事として追求される

第4章        獅子座の女
津崎は、上司の人事局長・弓削(モデルは85年東京高裁長官から最高裁判事となり、11代長官になった矢口洪一)の姪と見合い。オーケストラでチェロを弾く獅子座の女で、商社マンとの結婚に敗れた後。津崎は課長の頼みで仕方なく付き合う

第5章        原発訴訟
76年 津崎は法務省の訟務局に出向となり、伊方原発の国側の代理人・訟務検事として証人尋問に立つが、杜撰な安全審査会の現状が明らかになるにつれ、形勢は原告有利に進む

第6章        天草支部
76年 女子修習生に対する差別発言などへの抗議文が、司法研修所長に提出
76年 長沼訴訟の札幌高裁判決 ⇒ 住民側の訴えを却下。司法審査権の限界を認め、自衛隊の憲法判断についても原審の考えを否定、統治行為論を採用した史上初の判決となる
突然結審したばかりか、訴えの利益がないというだけで判決には足りるのに、わざわざ自衛隊についてまで触れた ⇒ 全国の裁判官たちは、判決に接して寒々とした気分を覚え、行政と対峙することに一層臆病になった

第7章        裁判長交代
伊方原発訴訟 ⇒ 井門忠士(神戸大法卒、41年三和入行、28歳で司法試験合格)が弁護団に
弁護側に追い込まれて苦しい形勢の所で、結審間近に異例の裁判長交替
原告適格の問題が議論の的

第8章        天を恐れよ
原発のすぐそばを通る世界最大級の活断層について安全審査委員会が全く審査をしていないことも明らかにされた
78年 松山地裁で初の原発訴訟の判決 ⇒ 請求棄却。原告適格は認めたが、原子炉の安全性の判断は高度の専門的知識と政策的判断が密接に結び付く国の裁量行為であり、この行為は原子炉等規制法などによる審査によって厳格な制約が加えられているから安全だとした。ほぼ同時期に同型の軽水炉建設許可に西ドイツの行政裁判所が住民側の勝利を言い渡したのと好対照
津崎は弓削の姪と結婚。最高裁事務総局に復帰
村木は、天草支部から旭川地裁へ ⇒ 青法協と裁判官懇話会を続ける限りドサ回りは避けられない。82年には金沢地裁小松支部に転勤
79年 スリーマイル事故、炉心溶融で放射性物質が大気中に放出 ⇒ 伊方訴訟の判決で示された安全性に関する判断がことごとく否定された
82年 長沼ナイキ訴訟の最高裁判決 ⇒ 上告棄却で住民敗訴確定。自衛隊の憲法問題には触れず。一審の裁判長は福井家裁に移動、在任24年にも拘らず裁判長の肩書もない
83年 伊方訴訟の控訴審 ⇒ 5年前に住民側が控訴、22回目の口頭弁論で集結
石川県志賀町では、妹尾の父が漁協の組合長を退任するが、大漁旗に「天を恐れよ」と大書して原発立地の反対運動の先頭に立つ
裁判官の不祥事続発 ⇒ 鬼頭判事なりすまし事件、破産事件での贈収賄事件、女性被告人との肉体関係等々

第9章        最高裁調査官
84年 大東水害訴訟の最高裁判決 ⇒ 上告以来6年を費やしたが、それまでほとんどの水害訴訟が住民勝利となっていたのに対し、二審の住民勝訴判決を破棄差し戻しとした
前年津崎が、最高裁の中央協議会(会同)で意向集約した線に沿った判決で、以降水害訴訟の様相は一変、悉く住民敗訴に
津崎は弓削の指名で最高裁調査官に ⇒ 「最高裁の頭脳集団」「最高裁の黒子」などと呼ばれ、上告事件に目を通してどのように扱うべきか判事に報告するエリートコース、30人ほどいて、実質的に最高裁を動かしている
84年 福島第2原発訴訟の地裁判決 ⇒ 伊方第1、東海第2に次ぐ3件目で、スリーマイル事故後初の判断で注目されたが、前2件と同趣旨で請求棄却、スリーマイル事故は人為的なミスとされ本件安全審査を左右しないとした。裁判長は30歳で任官という遅めのキャリアにもかかわらず、この後は裁判官の誰もが目指す所長職を3回も経験する順調な裁判官人生を送る
同年末伊方訴訟の高裁判決も控訴棄却 ⇒ 国の裁量権には厳重な制約が加えられているとした一審よりさらに後退し、裁判所は国の判断に安全性に本質的に関わる不合理がるかどうかだけを判断するとした
86年 チェルノブイリ事故
87年 最高裁が、有責配偶者からの離婚請求を認める ⇒ 52年以来の判断変更
88年 津崎が東京地裁の部総括判事(裁判長)に ⇒ 最初に扱った案件が日航ジャンボ機の遺族による損害賠償請求

第10章     招かれざる被告人
88年 津崎の父親が強盗致傷事件で東京地裁に起訴 ⇒ 前科3
弓削が最高裁長官になると、長年采配を振るってきた官僚統制が裁判官を委縮させていることに気づき、陪審制導入、弁護士からの任官の復活を含め改革に乗り出す ⇒ 55年体制に綻びが見えてきたことも後押し
94年 日本海原発訴訟の金沢地裁判決 ⇒ 住民敗訴。電力側の多重防護の主張を採用、安全策は十分で、事故によって原告他の生命身体などの人格権が侵害される具体的な危険性は認められないと判示。高浜、女川に続く住民側3連続敗訴

第11章     平成の風
最高裁長官を退官した弓削が裁判官懇話会に講師として招かれ、司法制度改革について講演 ⇒ 法曹人口の増加、法曹一元
03年 もんじゅ設置許可に関し、名古屋高裁金沢支部が無効判決 ⇒ 初の住民勝訴
津崎は最高裁の人事局長から事務総長を経て東京高裁長官に ⇒ 同時に15代最高裁長官となったのは(町田顕)、任官当初青法協会員で脱会工作に応じた、青法協出身で史上初の長官。大阪高裁長官から最高裁判事となった緑川(モデルは島田仁郎、後の16代長官)は裁判官至上主義と刑事裁判至上主義に凝り固まった歪なエリ-ト

第12章     鳴り止まぬ拍手
99年 司法制度改革審議会設置 ⇒ 裁判官人事の透明化、司法試験合格者数の増加、公判前整理手続き等による裁判の迅速化、裁判外紛争解決手続き(ADR)の拡充等
05年 住基ネット訴訟の金沢地裁判決(村木裁判長) ⇒ 県が個人情報を国に提供することを否認、住基ネットはプライバシー保護を保障した憲法13条に違反するとした。翌年の大阪高裁でも同様の判決が出たが、村木と同期だった裁判長は直後に謎の自殺
06年 日本海原発2号機訴訟の金沢地裁判決(村木裁判長) ⇒ 稼働中の原発の運転差し止めを認め、廷内に拍手。原告の主張の大半を「抽象的すぎる」「立証が不十分」として退けながら、耐震設計に妥当性がないという1点から運転差し止めとした。高裁は危険性の立証責任を原告側に負わせ、立証不十分として原判決を破棄。現在最高裁に係属
原子力安全委員会は、原発の耐震設計審査指針を25年振りに見直し ⇒ 活断層を5万年前から1213万年前に変更
村木の最後の花道として最高裁が用意したのは那覇家裁所長
青法協の会員や裁判官懇話会の世話人たちの処遇が98年頃から改善し、何人かの家裁所長が出ていた
09年 浜岡原発訴訟では、2年前の結審直後に新潟中越沖地震で東電刈羽原発7基すべてに損傷が発生、原告が弁論再開を申し入れたが、裁判長(東京地裁裁判長時代に国立市景観訴訟で住民勝訴の判決)が、任期が3年を超えているので、再開すると別の人が判決を出すことになるがそれでもいいかと言われ、弁護側は再開申請を取り下げたにも拘らず、判決は住民敗訴
緑川最高裁長官の後任に津崎が有力視されるようになったところで、反対派から父親のスキャンダルが週刊誌にリークされ、最高裁判所の裁判官会議で津崎の処分が議論され、賛否同数で緑川の決断により、津崎への厳重注意処分が決定
緑川は、子飼いの黒沢大阪高裁長官を初の女性長官として内閣に推挙するが、スキャンダルのリークを知った官邸が却下、津崎が長官となる

エピローグ
11.3.11.の東北大震災で原発の脅威が顕在化

裁判所で回覧された話題作、裁判官の実像に迫る黒木亮の新聞連載小説
[]久保智祥  [掲載] 朝日 20130827
大阪地裁の前に立つ黒木亮さん 拡大画像を見る
大阪地裁の前に立つ黒木亮さん

 国際金融の最前線を経済小説に描いてきたロンドン在住の作家、黒木亮さんが、原発訴訟などを題材にベールに包まれた裁判官の実像と戦後司法の歩みを描いた社会派小説「法服の王国 小説裁判官」を出した。新聞連載中は裁判所で回覧されるほどだったという話題作だ。
 黒い法服に身を包み、常にポーカーフェース――。こんな裁判官のイメージが大きく裏切られた経験が執筆のきっかけだ。都市銀行に勤務していた際、巻き込まれた訴訟で「なぜエリート裁判官がこんな論理性のないひどい判決を書くのかと関心をもった」。
 これまで小説で裁判というと法廷劇がほとんどで、裁判官そのものを描いた作品が少ないこともあった。
 本作では、エリート司法官僚と、全国各地の地裁をドサ回りする現場組裁判官の2人を主人公に、自衛隊訴訟や任官拒否問題、裁判員制度など実際の戦後司法史をなぞるように物語が進むが、大きな縦軸となるのが原発訴訟だ。
 2011年2月に取材を始め、その1カ月後に東日本大震災が起きた。ロンドンで連日報道される津波の映像と原発事故の映像を見て、伊方原発訴訟や志賀原発訴訟の資料を取り寄せた。「必ずしも反原発ではないが、冷静に資料を読むと原子力ムラの審査がずさんだったことに疑問の余地はない」
 裁判官の判断は独立が前提だが、最高裁判所事務総局が裁判官を集めた会合を開いたり、結審直前に裁判長を交代させるなど統制を図る巧妙な手法も描いた。
 取材では現役・引退含め計24人に話を聞き、エピソードをちりばめた。「売り上げ」と呼ばれる処理件数を稼ぐため和解を勧めたり、上級審で判決が覆されると査定に響くので判断に慎重になったり……。「優秀で立派な人が多い一方でやはり裁判官も人の子だということ。内部の論理で回っているという意味では最も日本的な組織の一つです」
 小説でそういう実像をまず知ってもらい、リーガルリテラシー(司法への理解)を深めてもらいたいという。
 産経新聞出版、上下巻各1800円(本体)。

2012.1.27. 企業法務担当者のビジネスキャリア術 ブログ
タイトルが表しているように、本作品は一般人にはあまりなじみがない裁判官の姿が描かれたものだ。我が家では産経新聞を購読しているため、この小説は連載当時から目を通していた。特に東京だけではなく、大阪の裁判所の様子が描写されているシーンがあるのだが、これがなかなか楽しめた。関西人ならば知っている地名が出たり、隠れ熱狂的阪神ファンの裁判官が登場したりしており、思わずニヤリとしてしまう。
一方、裁判所といっても、それは大企業のように一つの「コミュニティ」であり、自由主義的思想の裁判官が保守主流派によって人事面で冷遇されるなど、まるで民間企業のような権力争いなどが露骨に描かれている。やはり裁判所という権力機構は元来保守的な風土であり、どうしても「出る杭は打たれる」的な面があるのかもしれない。私たちは裁判官というと「冷静沈着であり、良識を備えた常識人」というイメージを持っている。とはいうものの、純粋に憲法を遵守することを第一に考える裁判官もいる一方、保身や野心に汲々とする裁判官の姿も描かれており、所詮「裁判官も人の子」という感じで、なかなかに興味深い。
実は、私が法科大学院の受験勉強を行っていたとき、司法試験に合格したら裁判官にでもなりたいと思っていたのだが、ならなくて(正確に言うと、なれなくて)良かったような気がする。自分には官僚的志向が欠けているためである。
いずれにせよ、本作品は日々知られていない裁判官の生態(?)を描いた異色小説であり、企業法務担当者や法曹関係者ならば読んでおいて損はないと思う。産経新聞を購読していない方は、単行本化されたら一読してみてはいかがだろうか。

2013.7.22. 伊藤良徳のブログ
 1970年代初頭からの最高裁事務総局による裁判官統制、青法協・裁判官懇話会所属裁判官に対する人事差別、その中での民主的志向の裁判官と出世志向の裁判官の軋轢を1つの軸に、原発訴訟をめぐる最高裁事務総局の画策と担当裁判官の対応をもう1つの軸として1970年代から福島原発事故直前までの裁判所業界を描いた小説。
 出世に響くと再三言われ現実に出世コースから外され地方の裁判所支部を転々とさせられる露骨な人事差別を受けながら青法協・裁判官懇話会をやめず、丁寧な審理を続け周囲の人望も厚く、クライマックスの「日本海原発」差し止め訴訟で裁判長を務める村木判事を一方の極に、最高裁事務総局で局長の横滑りを続け最高裁の人事政策を牛耳ってきた誰が見ても矢口洪一そのものの「弓削晃太郎」を対極におき、それぞれに同調する仲間と敵対する人物を配置してドラマが展開していきます。前半の両者の激しい対立から1999年の「弓削」の裁判官懇話会での講演と人事の見直しへと進む後半まで、概ねドキュメンタリーに近い話で、青法協攻撃以降の裁判所の人事政策に関心を持つ人々には聞き知っているエピソードが多くあまり違和感は感じません。「弓削」の側近に人事積極見直しを図る架空の人物と思われる改心良識派「津崎」を置き、終盤で最高裁側の人事政策転換を描いているのは、私にはやや楽観的に過ぎる印象ですが。
 原発訴訟に関しても、伊方原発訴訟、志賀原発訴訟中心ではありますが、詳しめに書き込まれています。原発訴訟の歴史的な流れとしても、原発訴訟をやってきた弁護士(って福島原発事故以前はそんなにいるわけではないですけど)の目から見て違和感はありません。下巻214ページから219ページの志賀原発1号機差し止め訴訟での妹尾弁護士の証人尋問は、1990年に私が助っ人で行った北陸電力の原子力本部の部長を務める技術者の尋問の証人調書をまとめたもので、ずいぶん懐かしい話だなぁと思いながら読みました。念のために当時の証人調書を引っ張り出してみましたところ、60枚の証人調書からとりまとめたものですから大幅に省略されていますが、ポイントとしてはかなり正確にピックアップなり要約されていて、現実に法廷で行われた尋問の紹介として充分な正確性を持っていると思います。
 終盤は最高裁事務総局サイドにも理解を示し希望を見いだしているように見えますが、序盤・中盤ははっきり青法協・裁判官懇話会側に正義がある描き方で、この小説が産経新聞に連載されたことには驚きました。産経新聞、意外に度量が広いのかも。


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