迷い迷って渋谷駅  田村圭介  2013.4.20.


2013.4.20. 迷い迷って渋谷駅 日本一の「迷宮ターミナル」の謎を解く

著者 田村圭介 一級建築士。昭和女子大生活科学部環境デザイン学科准教授。1970年東京生まれ。95年早大大学院理工学研究科建設工学(建築)修了。98年ベルラーヘ・インスティテュート・アムステルダム修了。9899UN Studio勤務。9902FOAジャパン勤務時に横浜港おおさん橋国際客船ターミナルの設計・監理を担当。専門は建築計画・意匠。渋谷駅についての田村研究室での活動は、09年に渋谷駅の変遷の模型をshibuya1000にて初めて発表。その後も渋谷駅の模型やドローイング、映像、テキストを発表している。

発行日           2013.3.20. 初版1刷発行
発行所           光文社

プロローグ モンスター渋谷駅
渋谷クロッシングこそが渋谷駅のエントランスホール
渋谷駅がどのようにして出来たか、これからどうなるか、現在どうなっているのかを、渋谷駅に特徴的な谷地形、形態の変化、複雑な内部空間に着目しながら書いた本

I     渋谷駅の作法 xy149
Ø  xy149を渋谷駅の7つのプラットホームが解く
yは谷の地形、xは谷越え
淀橋台地の先っぽに位置
北からきた隠田(おんでん)川と西からきた宇田川が合流して渋谷川となり、渋谷川の東に東渋谷台地、宇田川の南に西渋谷台地、隠田川と宇田川の間に代々木台地を作る
149とは、スタンリー・キューブリックの『200年宇宙の旅』に出てくる謎の石柱状物体モノリスのこと、奥行xx高さの比が1:4:9
渋谷に2つの149 ⇒ 渋谷駅が1、駅を中心とする平面がxy軸で4分割され、さらに上下に9層になっていること。もう1つは、1つの渋谷駅を4つの電鉄事業者が運営、9つの電鉄路線が入り込んでいること

Ø  渋谷駅をグラフで見れば
1日の平均乗降客数2.8百万人

Ø  風の谷の渋谷駅体
駅施設の周りにいろいろな施設を包含し、時代の変化とともにその形を変化させていく駅の複合体を「駅体」と呼ぶ

II    渋谷駅の履歴 127年間
Ø  渋谷駅を流れる川にかかる橋――東西方向のxの形成 18541912
渋谷の谷を横断、後に大山街道となる道も、もとは鎌倉街道 ⇒ この道を活用して渋谷の名前を全国に知らしめたのは渋谷金王丸(114185)。頼朝の右腕。金王八幡宮に渋谷城があった
江戸時代は下屋敷(別邸)が増えたが、渋谷川が江戸の1つの精神的な境となっていた
大山講 ⇒ 民間宗教に結社による行事の1つ。富士講と共に盛んで、参詣者が多数通ったのが大山街道と言われる。宮益坂には宿場も出来た
江戸後期には、江戸の区域が明確に制度化され、朱引(しゅびき)線が渋谷川に沿って引かれた
明治維新の新政府は渋谷まで手が回らず荒れ放題となったが、1869年下屋敷を茶と桑の畑に変える茶桑政策が出され、自然の景色に戻した ⇒ 国木田独歩は広葉樹林の美しさを渋谷に見出し、郊外への入り口として文学で表現
高野辰之(18761947)が宇田川支流の河骨(こうほね)川を《春の小川》と歌った

Ø  デキちゃった渋谷駅――南北方向のyの形成 18541906
1885年 品川線(池袋-品川間)の汽車が渋谷駅を通る ⇒ 前橋の生糸を横浜港へ運ぶため、東京の市街地を避けて敷設
渋谷駅もこの時木造平屋建ての貨物駅として完成するが、場所は現在の埼京線のホーム ⇒ 乗客を想定していなかったことと、浸水予防のため川の合流点から離した

Ø  渋谷の谷底でのサラリーマンと砂利の出会い――ターミナル化 19061922
1909年 日比谷の練兵場が代々木に移転、大山街道沿いが軍事空間化
1906年 鉄道の国有化と共に、07年多摩川の砂利運搬をした玉川電気鉄道(ジャリ電)が渋谷に乗り入れ、東からは東京市電が青山から延伸
軍事施設や兵営が出来て、道玄坂が東京近郊の盛り場になる
1909年 村から町に変換、電気が通り、道玄坂には露店が出始める ⇒ 関東大震災後に賑やかさを増し、堤康次郎の百軒店(だな)に発展
1920年 山手線の高架化とともに、駅が現在の位置に移動 ⇒ 水害より便利さを選んだ移動であり、最近まで渋谷駅は川の氾濫による水害で悩まされる(現在は、地下に巨大貯水槽が出来て問題は解消)
玉電は山手線の高架の下(現在の東横のれん街へ抜ける通路)を潜って渋谷川に沿い天現寺へと向かう

Ø  渋谷駅を降りたらそこは百貨店――ターミナルデパート化 18981934
東横百貨店の東館が渋谷川の上にモダンな姿を現しデパート文化が開花
イギリス人都市計画家エベネザー・ハワード(18501928)Garden City of Tomorrow構想からヒントを得た渋沢栄一が田園調布を開発、関東大震災で山の手の被害がほとんどなかったところから、それ以降東京は西へと発展、鉄道網が充実
1927年東急東横線が、1933年京王井の頭線が渋谷に乗り入れ
関西で田園都市構想を進めていた小林一三に倣って、五島慶太(18821959)は多摩田園都市構想を展開、渋谷にターミナルビルを建設したのが東横百貨店、設計は渡辺仁。旧日劇、銀座和光、上野の国立博物館、日比谷の第一生命などを手掛けた

Ø  地下鉄が飛んでる渋谷駅――立体化 193445
1927年 地下鉄の父・早川徳次(のりつぐ、シャープの創業者と同姓同名、呼び方が違う)の尽力で浅草-上野間に地下鉄開業。五島も38年に渋谷-虎ノ門間を開通させ、さらに早川の東京地下鉄への乗り入れを狙って株を買い占め早川を追い出す
五島は、42年京浜、小田急を合併して東京急行電鉄を発足、さらに44年に京王を吸収
東横百貨店西館の3階に地下鉄のホームを設置
38年 金属類の回収呼び掛けの声明が出され、銀座線の新しい駅ビル建設は中断

Ø  カモフラージュした渋谷駅――蛹(よう)化 193655
455月の東京大空襲では渋谷駅から東側は焼け野原に。駅は鉄筋のため残る
代々木公園が接収されワシントンハイツとして米空軍の居住地となる
渋谷近辺は闇市が立ち、外国人グループの抗争事件が絶えなかった
52年 東館屋上と3階で建設が止まっていたターミナルビルの屋上をロープウェーが繋ぎ、子供用のワゴンひばり号が山手線の上空を横断

Ø  玩具箱をひっくり返したような渋谷駅――増殖化 195470
54年からの高度成長に合わせて渋谷も発展
五島が坂倉準三(1901~69)に渋谷駅創りを依頼、コルビジェに学んだモダニズム建築を渋谷に生かし、54年の西館から70年の南館までを手掛ける
56年 坂倉の代表作となる東急文化会館完成
57年 しぶちか完成 ⇒ 露天商を吸収
61年 井の頭線の京王ビル完成
64年 首都高速3号線が渋谷を横切る

Ø  鳴りをひそめた渋谷駅――地下化 19582013
西武の堤が、関東大震災で被害を受けた下町の名店を、道玄坂の北側に入った一区画に百軒店として誘致し、商店街をつくり、西武と東急の開発競争が始まる
67年 東急本店完成、68年西武百貨店を皮切りに、駅北西の区画に両社の建物が相次いで完成、他の商業施設も絡んで町全体が生まれ変わる
地上部分が飽和状態となった駅は、シールド工法の発達によって地下へと拡張
69年 玉電が廃止となり、代わって77年新玉川線(現田園都市線)が渋谷の地下に入る
78年 半蔵門線が入って田園都市線と相互直通運転をする
08年 副都心線が地下5階のホームに入る
相互直通は、渋谷駅の広がりをテーマにして次のフォーカスの序章とも言える

Ø  渋谷駅は漂う――広域化 19872013
96年 埼京線の渋谷駅南口が出来る
03年 隈研吾がハチ公広場に面しているJR駅舎を改装

Ø  渋谷駅お前もか――超高層化 200027
つぎはぎの渋谷駅が5棟の超高層ビルによって大改造を迎える
渋谷の最初の超高層は75年の東邦生命ビル(現クロスタワー)130m01年には180mのセルリアンタワー、12年には180mのヒカリエが完成
ヒカリエは、アーバンコアという縦動線を1つの巨大なシリンダーに集約したもの
超高層ビルという形式は、渋谷駅の築いてきた理論とは異質なものであり、異なる筋の理論が渋谷駅に入り込んでくる。利用者の増加に合わせて空間を創ってきた姿から、先ず容器ありきに変わる。この容器がこれからの未来をどのように収めていくのか

III   渋谷駅の更新 2012
Ø  渋谷駅は形が先か人の流れが先か
現在の全路線総電車数 3959本 ⇒ 銀座線発着各372本、井の頭線発297本、着294本、東横線発着各309本、山手線外回り327本、内回り321本、埼京線北行178本、南行175本、田園都市線東行282本、西行285本、副都心線発222本、着216
駅のホームは、頭端式と通過式がある
駅は外でありながら内であるような空間で、鉄骨による柱とアーチがそれを実現している
都市化が進んでいる都心を通過することができないので、頭端式の終着駅が作られる
渋谷駅にはこの劇的なエントランスホールも、プラットホームの並ぶ大きな空間もない
7つの頭端式と通過式が混在したホームが、立体的に組み合わさっている駅は珍しく、渋谷駅を迷宮化させている原因ともなっている

Ø  渋谷駅迷宮学入門
電車を乗り換える時に、その乗換するスペースには大きく2種類 ⇒ コンコース(中央広場)型と連絡通路型

Ø  渋谷駅の隠れた秩序の生まれ方
現在の乗り換えルートは128通り ⇒ 複雑なルートでも、一度そのルートがカスタマイズされ体にインプットされたら、それ以降は迷うことなく体が動く
乗り換えをしているときに、2つの流れが交差するとストレスが生じる
山手線の各出口を廻る地上の輪と、東横線、銀座線、山手線北側出口を廻る立体の輪という2つの輪が大きな流れとして見出され、大半の人が2つの輪のどこからか入ってきて、別の所に出ていくという秩序ある動きを形成している
東急文化会館が完成して跨線橋が出来た時に立体の輪が生まれ、平面の輪については64年に南口が完成した時に生まれたと考えられる

Ø  成長する建築としての渋谷駅
ウェブサイトの「アクセス解析」では、「動線」と「導線」を峻別 ⇒ 「導線」は計画、「動線」は実績
渋谷駅の動線の変遷は、導線と動線のいたちごっこ
人々が動き回る中で形作られていく建築を「動線体」と名付ける ⇒ 動きによって建築の形が出来上がるという考え方で、機能を明確に線引きした近代建築と一線を画す
渋谷駅こそ、純粋な動線体 ⇒ 超動線体。早く(速く?)スムーズに乗り換えが出来ればよいという価値が働いているが、機能の曖昧な商業施設や文化施設がへばりついている
1960から70年代の最先端の建築の考え方に「メタボリズム」がある ⇒ 菊竹清訓や黒川紀章が主唱した「新陳代謝」を建築に取り入れたもので、古くなったものを新しくしながら時代の状況に対して建物を適応させていくというもの
建築に生物的なものを取り入れようとしたが、生物は成長がミッション、渋谷駅は人の流れを血流とする有機体とみれば生物といえなくもないが、果たして渋谷駅にミッションはあるのか

エピローグ 曲がり角の2013渋谷駅
渋谷駅は美しいことも醜いことも現状を受け入れて次のステップを踏んできた
「迷い迷って」来たという表現がぴったり
2012年はターニングポイント ⇒ 超高層化と大改造の嚆矢となったヒカリエの誕生。2013.3.に東館閉館、解体へ
向こう15年で大改造しようとしているが、坂倉準三が活躍した時代も15


朝日 201344
「迷宮」渋谷駅の謎を解く 東京の大学准教授が紹介本
写真・図版
渋谷駅のホームや通路を視覚化した模型の前で、著書を手にする田村さん=世田谷区の昭和女子大
 【大室一也】新入学や新入社シーズンの4月、初めて東京に来た人がはたと困るのは、渋谷駅の乗り換えだ。地上3階から地下5階まで、JRと地下鉄、私鉄が上下左右と複雑に交差する。そんな「迷宮」のような駅の歴史を紹介し、分析したユニークな本が出た。
 その名も「迷い迷って渋谷駅」(光文社)。著者は昭和女子大学生活科学部の准教授で、建築学が専門の田村圭介さん(42)。サブタイトルは「日本一の『迷宮ターミナル』の謎を解く」だ。
 世田谷区出身で、渋谷駅をよく利用してきた田村さん。早大大学院で建築を学んだ。渋谷駅は「分かりにくく、迷いやすい」と思うぐらいの存在だった。
 だが、修士課程修了後、認識は一転。オランダ留学中に一時帰国した1999年、研究対象として興味を持った。「欧州の駅に比べたら駅の『顔』がない。表も裏も分からないし、迷う。調べてみようと思いました」
 2003年、昭和女子大に赴任した。以来、研究室の学生や院生と一緒に、宮益坂と道玄坂の間の谷底に建った駅舎、各線のホームと乗り換えルートなどの模型や図を製作。駅とその周辺の地形を分かりやすく視覚化してきた。こうした10年以上にわたる研究を基に書き下ろしたのが本著だ。
「谷」に立地して重層化
 本は、渋谷の駅の歴史を概観。1885(明治18)年、まず現在のJR渋谷駅の前身の渋谷停車場が生まれ、以降、私鉄や地下鉄などの駅が相次いでできた歴史を振り返った。「渋谷は谷で土地がなく、駅が立体的、重層的にできたのが特徴です」
 駅の周りに、百貨店などの商業施設、文化施設、ホテルなどが複雑に絡まり、複合施設化した。時とともに形を変えてきたところは有機体のようでもある。このような「モンスターである渋谷駅」を表現するため、「駅体」という言葉で表現している。
人の流れは2ルート
 駅の改札と改札をつなぐ通路は非常に錯綜しており、利用者は様々なルートを歩いて乗り換えていそうだ。しかし、研究の結果、主に二つの周回ルートを集中して歩き、人の流れができていることが分かり、駅構内の「隠れた秩序」として紹介した。
 とにかく渋谷駅は迷いやすい。迷子になったらどうすべきか。「案内板やサインを見て下さい。よく出来ています。通行人に尋ねるのはよくない。自分が普段使っているルートしか分かりませんから」という。
 渋谷駅周辺は再開発が進む。東急百貨店東横店東館は4月以降取り壊され、東横線渋谷駅地上2階ホームも5月の連休明けから解体が始まる。27年度までに高さ230メートルの棟がそびえる新渋谷駅ビルが誕生する。
 約15年後、渋谷の「駅体」はどうなるのか。4月からゼミの学生や院生と、未来の渋谷駅の立体模型づくりに取りかかるという。本はA5判、272ページ、1680円(税込み)。

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