御田八幡絵巻  桑原茂夫  2013.2.15.


2013.2.15. 御田八幡絵巻(みたはちまんえまき)

著者  桑原茂夫 1943年東京生まれ。東大文学部美学専修過程卒業。学生時代に第1次「東大文学」「星の鏃」などの同人活動。卒業後河出書房新社編集部、思潮社『現代詩手帖』編集長を経て、76年編集スタジオ・カマル社起業。
『不思議の部屋』全4(筑摩書房)
『チェシャ猫はどこへいったか――ルイス・キャロルの写真術』(河出書房新社)
『図説・不思議の国のアリス』(河出書房新社)
詩集『ええしやこしや』(思潮社)
詩集『いのち連なる じんるい学序説』(思潮社)
詩集『月あかり・挽歌』(書肆山田)

発行日           2012.8.31. 発行
発行所           思潮社

まえがき
1950年代に10歳前後の思春期を迎えた。町は圧倒的にモノクロームの時代。僕の記憶の光景は、べったりしたモノクロではなく、濃淡の切れ目から鮮やかな色彩が滲み出てくるような、不思議な深みを湛えていた。戦争の痛手から立ち直ろうとする人々の思いが深みを作り出した。それは豊かさと言い換えてもよい
そのような豊かさを認めず、その後の「高度成長」に目を向けさせようとする流れが、みるみる大きくなってきたが、どっこい、そう簡単に一括りされ、放り出され忘れ去られてはたまらない。思春期の感覚でとらえた1950年代を描き出してみたら、いろいろな反応があり、思っていた以上に大切な作業のように思えてきた
一つ一つは断片に思えても、「絵巻」感覚でつないでいけば、作業の意味はより鮮明になっていく。ちょうどそんな時に「3.11」に遭遇、光景は違うが、被災と立ち直り、そこから伝わってくるものは変わらない
この「絵巻」の場所は港区芝、戦時は焼夷弾による大空襲に晒され、町はほぼ壊滅状態となったが、人々は町を建て直し新しい町を築いていった。やがて町の「御田八幡神社」からも祭囃子が聞こえるようになってきた。その頃の賑やかな声がこの絵巻を彩っている
高度成長神話に惑わされることなく、新しい時代に向けて、賑やかな祭りを繰り広げよう! そんな願いも込めた『御田八幡絵巻』である

第一場   燃えた町で
Ø  序の唄
春の町が燃えた。赤く染まった町が僕を包み込む。これが僕の記憶の始まり。大昔から続いた海辺の町がよみがえった

Ø  花電車とイルミネーションン
路面電車の車庫があり、そこから幻想的に変身した花電車が銀座方面に出て行った
戦争が本当に終わったことを祝うお祭り電車だった

Ø  リュックと警察官
学生服にリュック姿の男と警官がすれ違いざま、お互いの顔を見合わせた途端、警官が男を追いかけ手錠をかけた。リュックには闇ゴメがいっぱい詰まっていた
コメと手錠がなかなか結び付かなかった

Ø  竹ぼうきと怒り
割烹着姿の女の人が竹ぼうきを振りかざしながら、店の前で大声を上げている。僕の家の前では「やい、ミタキュウ、野菜をちゃんと売っているか、高く売りつけたりしてないだろうな」などと言った。うしろを子供たちが距離を保ちながらついて行く。きっと戦争で身内を亡くしておかしくなったんだと母が言い、自分はみんなと一緒だから幸せだと言った

Ø  駅前広場と罠
駅前の露店で詰将棋を見ながら、解けたと思っていたら、青年が挑戦したが最後に罠が仕掛けてあって負け、しかも金を払う段になって1回いくらではなく1手いくらで金を巻き上げられた。青年が文句を言った時の露店のおじさんの怖い目つきが際立った

Ø  手錠と鳥打ち帽
同じ詰将棋で、見物の鳥打帽のおじさんが見事に買って景品をせしめたが、サクラだったことがばれて警官に将棋盤もろとも手錠をかけて連れて行かれた

Ø  流血と交通巡査
僕の家の前はよく交通事故が起こるので交通巡査が整理をしていたが、ある時車同士の衝突で追突したオート三輪の運転手が血まみれになったのを、母が止血して助けた。大量の血に臆することなく立ち向かった母の気力と、運転手の生命力が驚異的なものに思えた

Ø  空気投げと失神
近くに柔道場ができ、「空気投げ」で知られるミフネ十段が来ることになった。そのあとの試合で初めて「落ちる」ということを目の当たりにする。絞め技で相手が失神した。活を入れられて意識を取り戻したが、柔道は恐るべきものだと思った

Ø  ランナーとサイドカー
箱根駅伝の復路で1位の早稲田が今にも倒れそうに走っている横で、サイドカーの監督が校歌を歌って励ます。感動して、順位などはどうでもよく、それだけで十分だった
(195430回大会、早大は優勝、最終区のランナーは昼田)

第二場   学校と子供たち
Ø  序の唄
焼け残った子供たちが学校に戻る。6年で12クラス。夜は焼け出された子供たちがひっそりと、でも楽しそうに時を過ごしていた

Ø  先生と進駐軍
通っていたのは港区立南海小学校。各学年赤白2組。全校で600人。3年から卒業まで、担任は大学を出たばかりのスドウミチコ先生。実家は本郷の建具職人。「大倉集古館」に行った時、進駐軍とすれ違い、生徒の1人が「ギブミー・チョコレート」と叫んだが、先生が間に入って「ノーサンキュー」と言った後、クラス全員を集めて「誇りを持て」と諭した
卑屈になってはいけない生き方を、貧しい身なりの僕たちに教えてくれた

Ø  縁側とお芝居
同じクラスの炭屋の女の子の家に呼ばれて彼女を主役にお芝居をやったが、叔父さんが列車から落ちて亡くなった後は彼女の家に呼ばれることはなかった

Ø  子犬のワルツと学芸会
5年で転校してきた女の子が高級アパートに住み、学芸会で初めてピアノ独奏をしたが、その後病欠となり、クラスからお見舞いに行った。転校直後の学芸会で脚光を浴びてどうしていいかわからなくなって気が動転していたようだった。もう一度聞かせてよ

Ø  校庭とスクリーン
校庭でときどき町の防犯協会などが催す映画会が開かれた。ただでさえ夜の校舎は不気味な感じがしたのに、映画が殺人事件のドキュメンタリーで怖かった

Ø  廃屋とにおいガラス
クラスの剽軽な友人から飛行機部品工場の廃屋に行こうと誘われ、そこでいい香りのするガラスの臭いを嗅がされた。友人が不思議な少年に思えた

Ø  路地とコマ
駄菓子屋の同級生がコマをたくさん持っていて、一緒に遊ぶのが楽しかった

Ø  和菓子と将棋
和菓子屋の同級生は将棋が桁違いに強かった。飛車角落ちで1回かったら眼の色が変わった。強さの秘密はいつも父親と打って鍛えられていたからで、僕も将棋が面白くなった

Ø  野球と大火事
手のひらをバット代わりにした子供野球に、年上の子が入ってきて板切れをバットとして使うようになると遊びからおおらかさが失われていくようだった。同級生にうまい子がいて、年上の子を翻弄したが、その子の住む地域が大火事になってそれ以後姿を見せなくなった

第三場   やさしいおとなたち
Ø  序の唄
焼かれなかった人々が焼かれた人々とともに新しい町を作って共に生きて行こうとした

Ø  酒とボクシング
大通りの酒屋がボクシングのためにテレビを買い、みんなで観戦。親父さんがグラブまで買って、裏通りの空き地に荒縄でリングを作りボクシング大会を開いたが、1か月もしないうちに夜更けの焚火を最後の合図のようにして、秘かに店をたたみ町から出て行った

Ø  くじらとキャラメル
クジラ屋のおばさんが紅梅キャラメルも売っていた。野球選手のカードを集めるのが楽しみだった。ある日、その店に復員兵が来ておばさんの態度が一変、翌日から店は閉じられ、おばさんは颯爽と街を歩いていた。桃色の乳首が透き通って見えた

Ø  手焼き煎餅と相撲大会
大学前の商店街だった慶應仲通りの路地に手焼き煎餅屋の息子も同級生で、町の人気者。町内の相撲大会に、僕もよその町からもぐりで出場、同級生と当たって、勝ったと思ったが軍配は相手に上がり、大声援を受け、僕は孤立無援だったが、新しい面を見られた

Ø  写真館と別れ
家の裏にあった写真館によく出入りして仕事を覗いていた。ある日主人が評判の美人の写真を撮って眺めていたが、その女性が進駐軍関係の男性と結婚して海を渡ってしまったことを知って、複雑な思いを抱いていたのだろうと思った

Ø  ドライバーとハンダゴテ
町の人に頼りにされている電気屋にラジオの修理を頼んだ。ドライバーとハンダゴテを使って、目の前で忽ち直してしまった。おじさんならではの鮮やかなワザに圧倒された

Ø  ハガネと唸り声
鉄鋼製品の商社の店があった。店先で遊んでいる最中に指を鉄板に挟まれ、通りかかった父に助けられたが、店からは何の挨拶もなかった。広い店の奥で軍艦の絵を見ていた時、唸り声が聞こえ、慌てて家の外に出たが、それ以来謎に包まれた場所となった

Ø  はんこと蓄音機
はんこ屋の息子も同級生で、店には蓄音器があった。「上海帰りのリル」を聴いていると、飼い犬が苦しみだして動かなくなった。帰り際に店を覗くと同級生のお父さんは何事も聞こえなかったかのようにハンコを掘り続けていた

Ø  バリカンとひとだま
行きつけの床屋のおじさんはのんびり屋でおばさんに怒られてばかりいた。長男が店の跡を継ぐべくおばさんから厳しく仕込まれていたが、ある日突然逝った。その時店の上をひとだまが遠ざかっていくのを見たが、はるか遠くに行こうとしているのだと少しも疑うことなく思った

第四場   とおくへ行くとき
Ø  序の唄
町のどこにでもしゃれこうべの姿の見えない気配があり、いつまでも町に漂っていた

Ø  御殿とおたまじゃくし
「アサノ御殿」の跡地(浅野総一郎の屋敷跡)に大きな池があり、友達に誘われておたまじゃくしを取りに行った。苔で滑って危うく池に落ちそうになり、引揚者住宅の同級生の女の子に見られたが、親には言えない大冒険だった。

Ø  摩天楼と少女
池の後「マテンロウ」に誘われる。焼け残った石柱を、人気芝居のタイトルに倣ってそう呼んでいたが、上にのぼると海が見えたが、柱の陰から引揚者住宅の女の子が一瞬姿を現し、何か言いたげだった。夏休みに入るころ突然女の子は転校していった

Ø  和船と航路
大森の海で海苔の養殖を生業とする家の女の子も同級生。和船で大森まで乗せてもらう。女の子と手を握り、最初の内こそ怖かったが、刻々と変化する海を見るのが面白くなった

Ø  オニヤンマと模型飛行機
自転車屋さんの子は、行進するとき右手と右足を一緒に出す。彼の持っていた模型飛行機を飛ばしに芝公園に行く途中、話題はオニヤンマの素晴らしい飛翔力についてだった。飛行機を飛ばし始めると、彼のオニヤンマのように操る腕前を見てとても羨ましく思った

Ø  野球場と先生
ひ弱かったのでよく養護の先生の世話になったが、その女の先生から早慶戦に誘われる。なぜ誘われたのかは分からないが、つないだ手の不思議な感覚が秘密の快楽だった

Ø  卸売り市場と出刃包丁
僕の家は八百屋で、手伝いで市場に行くことがあったが、ある日魚市場で喧嘩を見た。思わず駆け出したが、「それじゃ父ちゃんと一緒。まず何をどうしたらいいか考えなけりゃダメ」と母に怒られた。お互いに出刃を持っていたが、印半纏のおじさんがとめる。青果市場ではスイカを10mも放り投げて受け止める。活気あふれる世界を実感した

Ø  閻魔さまと露店
何でも大袈裟に驚く友達を芝公園の閻魔さまの縁日に誘う。帰りに露店で何でも透けて見えるという誘いの乗って万華鏡を買うが、見えるものが皆同じなので分解してみたら鳥の羽らしきものが取り付けられているだけ。閻魔さまの帰りになんという「嘘」をつかれた

Ø  自転車と桟橋
友達と貸自転車屋に行って竹芝桟橋で貨物船の接岸作業を見て興奮。夜になっても、岸壁と船の間に見えた暗い海と波の音がアタマから離れず、怯えていた

第五場   そこに祭りがあれば
Ø  序の唄
戦で焼かれた人々を思って祭りが行われた。どんな祭りでも、喜びの声が町に溢れさえすればよかった

Ø  神主さんと白馬
御田八幡神社の神主を中心にした行列。神主は白馬にまたがり近づき難い迫力だった

Ø  参道と神隠し
神社の参道の露店を楽しみながら本殿に近づくと、闇の中に静けさに包まれた本殿が浮かび上がり、何物かに攫われそうな恐怖に捉われる。神隠しを想像した

Ø  口紅とみこし
子供みこしに加わる時、姉がお化粧をしてくれた。神輿はどこまでも進み、大通りがどこまでも真っ直ぐに続き、闇の中に溶け込んでいくように思えた

おわりに
Ø  炎の記憶とまぼろしの町
初めての記憶は、叔母の背中に負ぶわれて見た真っ赤に燃えた夜。1945.5.25.3次東京大空襲の夜のこと。何年もの間、度々蘇って僕を困らせた
494月小学校入学。戦災孤児たちとは目を合わせることが出来なかった。彼等を「見る」ことが出来る「目」を、自分はついに持ちえなかった
514月 羽田に向かうマッカーサーを見送る
町は、第1京浜国道という名の大通りに沿って長く延びていた。家の前の横断歩道を渡ると田町駅。品川と上野を結ぶ都電が走っていた
札の辻から慶應の前を過ぎる通りは三田通りで、突き当りが芝公園。不思議な安心感を与えてくれる空間だった。そこに高校生になった58年東京タワーが出現、高校の校庭から完成を祝うイルミネーションを見ていた
その頃から町は急激に変わる。人も店も都電も小学校も、町が丸ごとごっそり無くなったが、僕にはまるで毎日がお祭りのように無くなったものが見える

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