新宿、わたしの解放区  佐々木美智子  2013.1.11.


2013.1.11.  新宿、わたしの解放区 

著者 佐々木美智子 1934年北海道根室市生まれ。22歳で上京。新宿伊勢丹裏でおでんの屋台を引いた後、日活撮影所の編集部に3年勤務。東京総合写真専門学校で写真を学び、日大全共闘、映画のスチール写真などを撮る傍ら、新宿ゴールデン街で〈Barむささび〉、新宿歌舞伎町で〈ゴールデンゲート〉などを経営。79年にブラジルへ渡り、アマゾンで9年間飲食店・ペンションなどを経営する。88年サンパウロへ移り、私設図書館を創立。93年に帰国。現在東京都大島町在住。

聞き書き 岩本茂之 1967年京都府生まれ。同志社大文卒。北海道新聞記者。91年入社、政治部、整理部、岩見沢総局、東京社会部などを経て、現在文化部。
2005年社会部時代にゴールデン街に出入りして著者と知り合う

発行日           2012.9.20. 初版第1
発行所           寿郎社

〈ムササビ〉は学生運動のたまり場だからやばいって言ってこない人もいたけど、面白がってきて常連になった人も多かった。ゴジ(長谷川和彦)も常連の1人だったんだけど、平気でウォッカ2本空けるぐらいだからお酒強いの。でも飲むと暴れるので困ったんだけど、憎めない。わたし早朝から仕事があるので、早く部屋に戻って寝てたら、12時過ぎに三吉が泣いて部屋にやってきた。「ゴジが暴れて2階から飛び降りて、お回りを殴って逮捕された。四谷署が『経営者は直ぐ出頭するように』って言ってる」って

わたしは本物のフーテンじゃなかったから、いまだに普通の生活に戻れないでいるのね。いつも出勤するサラリーマンの群衆に、私1人逆行して新宿西口に向かって歩きながら考えてた。まともと言われるサラリーマンの集団に対して敵意に近い感情があったし、集団に入れないからずっと裏街道を堂々と進んで本物の不良になろうと思ったりしてた。人生の終わりが見えてきて、今も不良に憧れる

国に兄を殺され、母は軍部のために必死に働いて協力して、いざ戦争が終わったら、国への恨みや怒りから宗教に救いを求めて静かに人生を閉じたのね‥‥。わたしたちは「個」として生きられなかった時代のことを絶対忘れちゃいけないし、絶対繰り返しちゃいけない。そんな母に背を向け続けたんだけど、私が日大闘争に関わった原点はそこにあると思う
日大の闘争が終わると、みんな散り散りになったが、現在までなんとなく繋がりは続いている。いつしか私は、彼らの生き様を最後まで見届けたいと思うほどの付き合いをしていた。あの時代を共有した彼等とは大事な何かが繋がっている

放水のせいで地面は水浸しだ。催涙ガスの臭いがツーンとして目も開けていられない。涙と鼻水をハンカチで押さえながら、バリケードの校舎の物陰に身を潜めたのね。もしかしたらまだ関東軍(日大が飼っていた体育会系学生の集団でデモを暴力で蹴散らした)が残っているかも知れなくて怖かったの。暗闇の中で何か情念みたいな気配でも撮れたらと思って、絞りを開放にしてシャッターを押し続けた

祖父は盛岡の神主、祖母は鯖江の出身。神社を捨てて北海道へ。最初は漁場を持つ網元だったが、帳場に大金を持ち逃げされ、漁業権を売って馬喰に。日露戦争で勲章をもらう
祖父二度目、祖母3度目の結婚。祖父の連れ子が子供のころ軽い脳膜炎にかかって成長が止まり、祖母の連れ子と結婚させられ、生まれたのが著者
長兄は卒業後すぐに徴兵、すぐに上官に逆らってリンチを受け肺炎で死去
祖父が財産を残したので裕福、長兄が天皇陛下のために死ねなかったのを申し訳なく思って母は一生懸命働いで食糧を千島の軍隊に送っていた
457月 2日間にわたり根室大空襲
母は、兄が軍隊に殺されてから人が変わって、宗教も大本教に改宗して死んだ
わたしは、暗い母を見て暮らすのが嫌で嫌で、家に対する嫌悪感だけが募った。だから、体が弱かったこともあって、小さい時から一人が好きで、よく海に行って過ごした
後に、心臓の奇形が分かる
根室にも米軍が進駐
根室高校卒業。落石(おちいし)無線送信所(NTT)に勤め、出会った函館出身の男と結婚、函館で新婚生活を始めるが、独り立ちしたくて離婚、キャバレーの事務職に。さらに札幌に出て割烹料理屋で帳簿を見る
母親が、娘の生き方を怒って、東京に出て手に職をつけるよう言われ、なけなしの金を渡される
東京に出て山野美容学校に入るが校長の話を聞いて1日で辞める
戻ってきた授業料を懐に新宿をうろついていたら、伊勢丹裏で屋台の準備をしている老女に掛け合って、露天商を取り仕切るヤクザに紹介してもらい1200円の借り賃を払っておでんの屋台を始める ⇒ 親分の誘いを断って嫌がらせを受けるが、ヒモがいないことが分かって、以前よりいい場所がもらえる
ときどき警察の手入れがある
新宿2丁目の緑苑街のバーに住み込みで働く
59年バーで働いていた縁で調布の日活編集部に入社
脇役で活躍していた内田良平が、なぜか親しくしてくれて、自分も淡い思い出がある
映画界では監督か役者じゃないとダメと思って転職を決断 ⇒ カメラマンなら1人で仕事をしていると考えて写真学校へ。報道写真家の養成学校で4期生
映画の始まる前に流すニュース映画の制作会社だった日映新社でアルバイトしているころ、石原プロからもアルバイトを頼まれたので恩義がある
売春防止法が出来てから、新宿の花園街(ゴールデン街)に出入り
写真学校の研究科が終わるころ、学生運動と三里塚闘争が始まって、写真を撮りに行くようになる
68年日大で使途不明金20億円が発覚して、日大闘争が始まる ⇒ 日大芸術学部の映画学科出身者が中心になってドキュメンタリーを作った際に雑用係として関わったのが始まりで、カメラをもってデモにも参加しのめり込む
日銭を稼ぐために水商売を始めようと、ゴールデン街を選ぶ ⇒ 〈むささび〉誕生。名前はアラン・ドロンの映画《冒険者たち》から採り、3坪の空間に解放区を作った
学生運動のたまり場になり、喧嘩もしょっちゅう
69.2. 日大闘争勝利の5万人集会 ⇒ 以降12歳年下で日大全共闘議長の秋田明大と行動を共にする
71年〈むささび〉役割終了で閉店
パラオ遺骨収集団に参加
コマ劇場裏に〈ゴールデンゲート〉を居抜きで借りて55坪のクラブを始める ⇒ 昼間空いているときには日本赤軍の会合にも使われたが、警察から睨まれて、貸すのを止めて暫くして浅間山荘事件が勃発
2年弱で閉店し、ジョージ・オーウェルの『カタロニア賛歌』や『誰が為に鐘は鳴る』『カサブランカ』に刺激されて74年スペインへ
79年『黒いオルフェ』に感動してブラジルへ ⇒ 偽装結婚して永住権を取り、マナウスでレストラン・バーとペンションを始める
一生やれる仕事として図書館設立を思い立つ ⇒ いったん日本に戻り、資金を作り、昔の馴染だった沢木耕太郎から2万冊の蔵書の寄贈を受け、立地もアマゾンではなくサンパウロに変更、88年開館
93年帰国
兄の結核療養のために大島に移住、そのまま兄の死後も居つく



新宿、わたしの解放区 []佐々木美智子 [聞き書き]岩本茂之
[評者]出久根達郎(作家)  [掲載] 朝日新聞 書評 20121104   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 
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酒場と映画と、女傑の一代記

 「女傑」一代記である。
 そう言い切ったら、単純すぎる。一人の女の生き方を通して見た戦後史。おおげさすぎるか。一九六、七〇年代の盛り場文化史。いや、文化人酔態録か。まてよ、政治もからむから激動の時代史か。
 庶民生活史。学生運動史。映画裏面史。酒場経営史……
 何も定義する必要はあるまい。以上のすべてが納まっていると言えば、間違いない。
 北海道根室の裕福な家庭に生まれ、結婚し離婚する。昭和三十一年、二十二歳で上京、新宿でおでんの屋台をひく。
 日活に就職、映画編集をする。裕次郎の全盛期である。写真を学び、日大闘争の始終を撮る。「カメラはわたしのゲバ棒みたいなもの」。記録写真で飯は食えない。新宿のゴールデン街にバーを開く。
 三坪の店だが、ここを解放区と称した。全共闘の学生や役者が集まった。サバ缶に缶切りを添えてもてなす。おミッちゃん、と呼ばれた。酔客同士の喧嘩(けんか)は日常茶飯だった。
 一方で、黒木和雄監督の「竜馬暗殺」製作に参加、スチールを撮る。原田芳雄、石橋蓮司、松田優作らと意気投合する。ブラジルに渡って水商売する。繁盛をねたんだマフィアに襲われ、店の入り口に冷蔵庫でバリケードを築き(わたし学生運動で慣れてたでしょ)、派手な銃撃戦をする。
 勇ましいだけがおミッちゃんの身上ではない。日本の本に飢えている日系人のために私設図書館を造ってしまう。趣旨に賛同した沢木耕太郎氏が、二万冊の蔵書を寄贈してくれた。ミモザ館と名づけた。
 本書はかくの如(ごと)く破天荒な女性の半生記である。いっそ痛快なのは、人に媚(こ)びない生き方だからである。岩本氏の聞き書きも秀逸で、どうでもいい挿話をそつなく拾いあげ、臨場感を演出した。七十八歳にして尚(なお)、老人が気軽に飲める「解放区」を開きたいと抱負を語る。「本棚を店のうしろに置いたりしてね」。この一言が彼女の真骨頂である。
    
 寿郎社・2625円/ささき・みちこ 34年生まれ。写真集『日大全共闘』。岩本茂之は北海道新聞文化部の記者。

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