万引きの文化史  Rachel Shteir  2012.11.22.


2012.11.22. 万引きの文化史
THE STEAL A Cultural History of Shoplifting  2011

著者 Rachel Shteir(シュタイア) イリノイ州シカゴのデポール大演劇学部の準教授及び美術学士課程の「批評および劇作法」の主任。〈ニューヨーク・タイムズ〉等多くの新聞や雑誌に寄稿。著書に『Striptease: Untold History of the Girlie Show(ストリップショーの歴史、ジョージ・フリードリー賞受賞)、『 Gypsy: The Art of the Tease

訳者 黒川由美 翻訳家。津田塾大英文科卒

発行日           2012.10.23. 第1版第1刷発行
発行所           太田出版 ヒストリカル・スタディーズ 03

2001.12. 人気女優ウィノナ・ライダーが、ビバリーヒルズのサックス・フィフス・アヴェニューで万引き ⇒ 裁判になって監視カメラの映像がインターネットに流れる
われわれの文化が分けてきた2つの概念の"境界線"に興味を抱く ⇒ 洗練と野卑、狂気と正気、適正と不適正。万引きもその1
刑事告発に値する重大犯罪なのか、アンドレ・ジッドが"理由なき行為"と呼んだ衝動的で幼稚な過ちであり社会的に許されるものなのか、何等かの病的症状なのかそれとも欲の象徴なのか
万引きの歴史 ⇒ 16世紀、大量消費社会の到来によってヨーロッパ最大の商都となったロンドンでは、代金5シリングを越える万引き犯は絞首刑
産業革命後のパリでは、常習万引き犯に対し、精神科医が初めて"窃盗症(クレプトマニア)"という病名をつけた
1970年代のアメリカでは、万引きがヒロイックな反体制活動と見做された
こんにち万引きの解釈には3通り ⇒ 「犯罪」、「病気」、「抗議行動」
どういう人が、どんな理由で万引きをするのか。この問いに対する先入観と神話を打ち砕くことが本書執筆の目的の1
万引きされやすい商品に関する常識を覆すことも、目的の1
万引きに端を発する様々な人生の物語を追うとともに、万引きの背後にある、複雑でしばしば矛盾する事実についても検証
08年の米国司法省の「統一犯罪白書」では、国内での万引き犯罪は百万件以上に上るとされるが、実数より遥かに少ないという ⇒ すべてが検挙されているとは限らない、発見される割合は48回に1回、警察へ通報されるのは50回に1回と推定、内部万引きもあるので区別も難しい
現代の文化現象、静かな伝染病
09年全米小売業が蒙った万引きによる損害額は116.9億ドル ⇒ 盗難及び業務上のミスによる損失の35%を占め、万引きによる損害が売上高の2%になると倒産の危機になり兼ねないにもかかわらず、万引きの影響が過小評価されている
万引きはアメリカ人という集団アイデンティティを映す鏡であり、私たちの倫理規範が変わっていく様を反映し、消費行動が人間の精神に及ぼす影響を露わにする
万引きの手口が変わってきたように、その防止策や罰則も変わっていくだろう、だが、万引きを不快で邪悪なものと思おうが、刺激的だと思おうが、万引きという犯罪が我々の文化に少なからぬ影響を及ぼし、人を悩ませると同時に、魅了していることは依然として変わらない

第1章     万引きの歴史
1.        盗みと処罰
Shopliftingという言葉は、17世紀末に出版され始めた大衆向けの評伝や小説などに初めて登場。着飾った女性万引き犯が多い
18世紀フランスの大思想家ジャン=ジャック・ルソーは、1787年に死後出版された『告白』の中で、自らの体験として、自慰、三角関係、マゾヒズム、子捨て、盗みの経験を吐露している ⇒ 少年時代に彫金師の徒弟をしていた時に盗みを働き、明るみに出ると罰せられることと盗む喜びが結びつくようになる。16歳になると主人の婦人用装身具を盗み、盗みがばれると嘘をついて他の使用人に罪をなすりつけた。子供時代の実体験である窃盗に対する考え方は、ルソーの哲学論の形成に重要な影響を及ぼす。特に、不公平な社会によって定められた自分の運命を自覚し、それとは異なる"新たな自分"を作り上げる、という考えはここから生じた。最終的にルソーは、人に盗みを働かせるのは社会だと述べる

2.        窃盗症と法の変革者
1800年 小説家ジェイン・オースティンの伯母が、売春婦や職業的泥棒以外で初めての万引き裁判にかけられ、偽証をしているは被告か店主側かが議論の焦点に ⇒ 高貴で何不自由なく暮らす貴婦人が窃盗するはずなどないという抗弁から、陪審は無罪としたが、1980年代になってオースティン研究者が、伯母には窃盗癖があったことを示す資料を発見、さらに最近の調査では伯母が万引きをした事例や証言が見つかったという
イギリスでは19世紀初め、スリの死刑廃止に続いて万引き法の改正が議論され、1832年を最後に死刑や流刑対象の犯罪から除外された
窃盗が初めて疾病として言及されたのも19世紀初頭。骨相学の父祖とされるフランツ・ガルによって、殺人性向の器官が頭蓋上部に、窃盗性向の器官が側頭部にあると説明
精神疾患の1つという説明も
19世紀末のフランス文学には窃盗症の女性を主人公にした作品も多い ⇒ エミール・ゾラ『ボヌール・デ・ダム("夫人の幸福"の意)百貨店』(1883)のド・ボーヴ夫人は夫の浮気の腹いせに万引き
1905年の映画《ザ・クレプトマニアック》 ⇒ 窃盗症とは裕福な女性による万引き行為を言い換えた言葉だという受け止め方が大衆の間に広まり、観客が万引き犯逮捕のシーンに喝采
精神分析医は、窃盗症の原因を性的に解釈しようとしたが、世界大戦開始後は、あらゆる窃盗を心的外傷(トラウマ)による行動として説明しようとした

3.        アビー・ホフマンと電子防犯タグ
1965年 アメリカで万引きが倍増した際、新たな防犯事業が始まり、巨利を博す ⇒ 防犯タグをつけて出口のラジオ波やマイクロ波によるセンサーで感知させる方法や、図書館では金属破片を本に添付して金属探知機で検知させる方法を導入
防止機をかいくぐる技術も発達 ⇒ 1970年には"5本指ディスカウント"と言われ、万引きを革命的行動として論じたカウンター・カルチャーの手引書がでる
"革命としての万引き"という思想を本格的に世間に広めたのはアビー・ホフマン ⇒ 71年『この本を盗め』を自費出版、メディアは扱いや広告を拒否、書店も販売を拒否したが、アメリカのブルジョア的物質主義への怒りからホフマンの思想は支持され、ホフマンはメディアの寵児となった
同じ年、黒人写真家が警察から万引き犯として扱われたことを人権侵害として提訴、75年最高裁まで行った結論は53で却下 ⇒ "あのいわゆる万引き訴訟"と呼ばれ、万引き自体は些細なことで重要な論点ではないと見做された
小売現場での窃盗については75年にワシントン州で新しい法律が追加され、他の州でも追随しているが、万引きは民事問題と見做される方向にある

4.        ロビン・フッド、バージョン2.0
他の方法では変革が望めない社会的不公正に一石を投じるために万引きをする ⇒ ジェネレーションX(米国で196074年に生まれた世代)やジェネレーションY(197589年生まれ)のヒーローとして、"道徳的万引き犯"と呼ばれる
ロビン・フッド2.0の第1号はアダム・ワイスマン ⇒ ダンプスター・ダイビング(スーパーの廃棄食品を大型ごみ容器から漁る活動)を紹介したが、それと同じレベルで購買に代わる行為の1つとして万引きを勧める
慈善活動家のように、個人や零細企業からは盗まず、万引きしたものを転売もしないが、大企業や従業員を搾取しているような企業からは積極的に万引きする
生存のための万引きを正当な手段と考えるのは大勢いる

第2章     実態
5.        万引きする人々
男と女が盗むの違い
万引きを女性の消費欲の反映だとする見方は1990年代に再び広まる
年齢から万引き傾向を予測するのも難しい
アメリカの法制度では、参政権を持たない"非市民"の万引きには、アメリカ生まれの市民が犯した同じ罪より厳しい判決が下される ⇒ 国外退去や強制送還もあり得る
万引きと収入との関係 ⇒ 年収7万ドルのアメリカ人による万引きは、2万ドル以下の人より30%も高い
万引き犯の突出しているグループは、アフリカ系アメリカ人及びラテン系アメリカ人の若い男性 ⇒ 万引きした人と逮捕された人の間には著しい相違がある
05年メーシーズ百貨店は、顧客の"非白人"の割合1012%に対して、拘留された万引き犯の75%が非白人だったことが判明し、州検事総長事務局に60万ドルの制裁金を支払う
06年 ジョージ・ブッシュ大統領の補佐官クロード・アレンが万引きで逮捕、アフリカ系アメリカ人では最高水準の地位にありながらの犯罪。万引きで有罪になった初の政府高官。返品詐欺(ワードロービング)という、値札の付け替えや使用済みの衣料品の返品も新手の万引きの手口であり、明らかに違法行為だが、頻繁に繰り返していたという
1台テレビを買った後、2台目をレジに持って行って最初のレシートを見せて返品する
アレンの万引き額の低さに唖然とするとともに、供述した万引きの理由が悪魔祓いのようなものだったことに驚いた ⇒ 万引きという恥ずべき行為に走ったのは、もっと大きな恥の意識が原因だという。ハリケーン・カトリーナの被災者に対する政府対応のまずさ、大統領の無関心な姿勢を自分は恥じていて、この大きな恥と、それを自分ではどうにもできない無力感が、万引きという歪んだ形で表出してしまったと弁明。懲罰委員会はアレンのコロンビア特別区における弁護士資格を1年間停止したが、「違法行為が何度も繰り返され、計画的であった点に特別の懸念を抱かざるを得ない」と記録に残している

6.        ホット・プロダクト
万引きされやすい商品を予測するのが"ホット・プロダクト" ⇒ 隠しやすく、運びやすく、入手しやすく、価値が高く、楽しめるうえに、処分しやすい
都市の特定のエリア、特定の商品に集中。小売形態にも原因
商品リストのトップは、ジレットの髭剃りと替刃
カテゴリーでは、化粧品、酒類、衣料品
衣料品に限っては、アクセサリーと有名ブランド品
食品では、ステーキ肉が05年以来トップを維持 ⇒ 健康美容商品と医薬品の売り場を施錠した効果を立証するもので、それまではこの2つがトップ
万引きがオンラインにも移る ⇒ 楽曲の違法ダウンロード、ファイル交換プログラム

7.        職業的万引き犯"ブースター"
ブースターとは、盗んだ商品を売って金に換える職業的万引き犯のこと。20世紀初めに病気や衝動によって盗みをする万引き犯と区別するために使われ出した
ニューヨークのプレミアム・アウトレット〈ウッドベリー・コモン〉 ⇒ 1985年開業以来、地元の町に突出した件数の万引きをもたらす。買い物客同様万引き犯も様々、手口もいろいろ、ブースター用のコート、バッグ、エプロン、ブラジャー、ガードル等もある
保釈用に常に500ドル現金を所持
町は「事業改善特区」を指定、過大なニーズに対応するため、警察活動の費用を地方税からショッピング・モール側の負担へと移し、町に入る税金の割合を拡大して費用を賄う
1929年 ニューヨーク州では万引きにもボーメス法を適用し、現在のスリー・ストライク法同様、前科が2回以上あるものが3度目の裁判で有罪となった場合(当時は4度目)、罪の種類にかかわらず終身刑とすることにしたが、ウォール街の大暴落で万引きが多発、終身刑が言い渡されると市民から重すぎるという激しい非難の声が起こり、市長は常習犯でも終身刑には値しないとして判決には従わなかった ⇒ 常習犯にはボーメス法のような厳罰が必要との声が上がり、1970年以降18の州で強化法が通過、悪質犯には厳罰が課されるようになった
盗品を買い取る人も様々

第3章     病理
8.        盗みのスリル
盗むときの快感、技術を磨いた時の満足感、スリル、裕福な人は万引きという秘密で「自分を貶めることが快感」、「自分が主役のスリリングなメロドラマ」と呼ぶ人もいる、女性にとっての万引きは情事や求愛の駆け引きと同様ある種のゲームでもある

9.        万引きセレブの盛衰
ハリウッド映画が描くイメージが大衆の意識に定着したとしても不思議ではない。だからこそ、スクリーンの恋する泥棒たちとは違って、現実に万引きをした映画スターの厳しい現実には一層胸が痛む
頽廃的な雰囲気を特徴とするフィルム・ノアール(主として194050年代後期にかけて米国で製作された犯罪映画)の黄金時代が戦後アメリカの消費主義の黎明期と重なり、野心的な映画監督たちは窃盗症者を説明不可能な動機によって美しい衣服を盗む女として描いたが、60年代に入ると〈ティファニーで朝食を〉のように万引きのもたらす暗く危険な色合いは薄れ、キスを誘うちょっとした刺激剤
61年 ディーン・マーティンが〈サタデー・イブニング・ポスト〉で万引きを告白
66年 ヘディ・ラマー(グラマー女優で発明家)に対する映画スター初の万引き裁判 ⇒ 戦争直後の人気女優、発明で軍に貢献したこともある、ありとあらゆる言い訳をした、何度も万引きをしてきたがあとで支払って許されていた、無罪を主張して陪審裁判を求める、陪審員は全員クロだという意見だったが検事が有罪にしたくないというのが明白だったために無罪を宣言、法廷内には拍手が起こった。検事は著名人相手の裁判では厳しくは出来なかったと述懐。富裕層には返済の機会が与えられるとの批判もあった。9176歳で万引きをして再逮捕、店側は告訴を望んだが、警察は却下したがり、1年間は買い物に同伴者をつけるという条件検事補も不起訴に同意
ベス・マイヤーソンによるベス騒動 ⇒ 45年ユダヤ人初のミス・アメリカ、アメリカ人の多くはホロコーストの全貌が明らかになるまで息子が戦争で殺されたのはユダヤ人に責任があると非難し、ユダヤ人名で通していたマイヤーソンにも非難を浴びせたため、ミス・アメリカの座を任期満了前に返上、6070年代の雑誌のコラムニストとして活躍、66年にはニューヨークのリンゼイ市長の下で消費者問題局の初代局長に就任して活躍、82年コッチの再選にも尽力して文化局長に任命されたが、5年後に不倫絡みで贈収賄並びに共謀罪で起訴され辞任、その公判中に18年前のロンドンでの万引きを暴露される。87年罰金を払って一件落着したいたが、文化局長就任の際に窃盗歴を申告しなかったのが重罪に当たると検察が指摘。暴露された直後にも万引きで逮捕。不倫裁判と一緒にされ、罪を認めざるを得なかった。万引き犯行の前後に撮影された彼女の写真には、すでに過去の面影もオーラもない。美人コンテストの元女王による万引きは、女性解放運動を万引きの元凶だとして非難する潮流の発端ともなった。マスコミはマイヤーソンを、「フェミニズムの影響で専業主婦の幸福を掴み損ね、その埋め合わせに万引きへと走った更年期女」と酷評。万引き犯罪が災いして有罪の可能性が高かったが、結果は無罪、その後彼女は世間から完全に忘れ去られた
ベス騒動の最大の功績は、マスコミが著名人の万引きを躊躇せずに暴露するようになったこと ⇒ 体操のオルガ・コルプト、テニスのカプリアティ等。インターネットのオンライン著名人データベースは、02年からセレブリティのカテゴリーに万引きを追加
Notable Names Database
Bess Myerson
Born: 16-Jul-1924
Birthplace: Bronx, NY
Gender: Female
Religion: Jewish
Race or Ethnicity: White
Sexual orientation: Straight
Occupation: Model
Nationality: United States
Executive summary: First Jewish Miss America
Father: Louie Myerson (house painter)
Mother: Bella Myerson
Sister: Sylvia Grace
Husband: Allan Wayne (m. Oct-1946, div. 1958, one daughter)
Daughter: Barra (b. 1949)
Husband: Arnold Grant (m. 1962, div. 1967)
Husband: Arnold Grant (remarried, div.)
Boyfriend: Carl Capasso ("Andy", together 1980-88)
 ⇒ 不倫絡みの訴訟の共同被告
    University: BA, Hunter College (1945)
    Anti-Defamation League 
    Miss America 1945
    Bribery arrested 21-Oct-1987, acquitted
    Conspiracy arrested 21-Oct-1987, acquitted
    Mail Fraud arrested 21-Oct-1987, acquitted
    
Shoplifting arrested in South Williamsport, PA Jun-1988, pled guilty
    Stroke 1980
    Mugged Sheremetyevo Airport, Moscow, Russia (Oct-1991)
    Russian Ancestry 
    Jewish Ancestry 
    Risk Factors: Ovarian Cancer
    TELEVISION
    Candid Camera Co-Host (1966-67)
Author of books:
Miss America, 1945: Bess Myerson's Own Story (
1987, memoir)
2001年 現役の人気女優ウィノナ・ライダーの裁判はセレブの万引きに対する世間の見方を変える ⇒ 万引きそのものの持つ意味は矮小化
同時に、別の裁判で最高裁が加州のスリー・ストライク法の適用を認め、貧しい万引き犯に終身刑を宣告、両者の比較で二重基準があるという感覚はどうしても拭えない
O.J.シンプソン裁判を批判して選挙に勝った地区検事が執拗に追及、他の万引き事案に比べて調べがきつすぎるとの不満・批判が噴出したが、陪審は起訴状通り重窃盗と器物損壊を認め有罪の判決 ⇒ 480時間の社会奉仕の後軽罪に減刑という妥当な処分
この事件が、彼女のファッション界における地位を高め、モデルの仕事が入った
彼女の公判中に、別の万引き事案2件にスリー・ストライク法が適用されて、1件は仮釈放なしの50(ほぼ終身刑)、もう1件は無期懲役 ⇒ スリー・ストライク法は1990年代多くの州で成立したが、過去2回の逮捕歴が強盗や侵入窃盗を含む暴力的な犯罪であった場合、3回目がたとえ軽犯罪であったとしても、犯行の内容とは無関係に重罪とされるのは加州だけ。2件とも最高裁まで争われ、いずれも薬物依存者の犯行で、過去に犯罪歴があり、最後は少額の万引きで、不均衡に厳しい刑罰と抗弁されたが、54で加州の有罪とした判決を支持

10.    万引き依存症
匿名(アノニマス)万引き者更生会 ⇒ 万引き依存症の救済を目指す
05年 第1回窃盗依存症及び類似疾患に関する国際会議 ⇒ 全米万引き防止協会からは無視される
研究は進んでいるが、アルコール依存症のような扱いにはなっていない

第4章     対応策
11.    盗難対策
小売業の万引き防止担当者Loss Prevention Agentの目的は、プロの万引き犯――ブースターたち
人種差別的取締り ⇒ Shopping while black
犯人が死亡するケースも多い ⇒ 体位性窒息で気管を塞がれることが原因。後ろ手に手錠を掛けられ俯せの状態で上から重たい人にのしかかられると死に至ることがある
ほとんどの州では、LPエージェントの認定試験や身元検査を義務付けている

12.    損失防止(LP)の未来
監視カメラは、期待したほど万引きの歯止めにならない
最も効果が高かったのはインクタグ ⇒ 無理にタグを外そうとするとインクが飛び出す
損失防止(LP)の未来は、ハイテク電子監視ツールに懸っている ⇒ ICタグはプライバシーの問題からあまり使われていない

13.    万引きは不治の病か
多種多様な対策を講じても万引きを撲滅できないのと同様、様々なセルフヘルプ活動をもってしても万引きという病を治せるとは言い難い
1983年オレゴンで設立された非営利団体「セフト・トーク」 ⇒ 常習犯やプロのブースター、窃盗依存症も受け入れ、盗む側の視点に立って、その自己中心的な欲望、他者のことを考える感覚の欠如を4時間のセミナーで改善し盗みを止めさせようとする
窃盗症の原因は、脳内化学物質にあるという科学者もいる ⇒ 衝動性は広汎な精神疾患と関連。万引き以外の行動依存症や薬物依存症と同じグループに分類
アメリカ人は、更生やリハビリの可能性を性犯罪者、売春婦、ギャンブラー、対人恐怖症、むずむず足症候群患者(貧乏ゆすり)へと拡大してきたが、どれほど進歩と第2のチャンスを信奉しようと、万引きからの更生を他の依存症の克服と同じように受け入れてもらうのは難しいだろう。窃盗を人間の基本的欲求の1つと見做すには抵抗が大きすぎる
窃盗常習犯の言い訳 ⇒ クリントンが性依存症を理由にモニカの件を許されるなら、自分もどれほど激しくこの衝動に翻弄されているか、発言していかなくてはならない

14.    羞恥心
自己顕示的な犯行であれば、社会の中で個人の内的抑制心を高めることによって食い止められないか ⇒ 恐怖心より羞恥心に訴える
05年のテネシー、デイトンのように、裁判で恥辱刑を言い渡す州も出て来た ⇒ 禁固か盗んだ店の前で晒し者になるか、犯罪者に選択させた。デイトンは、1925年に州の学校で進化論を教えることの合法性を争ったスコープス裁判(通称モンキー裁判”)が行われた町。住民1人当たりの万引き率が高いメンフィスでは、テレビを使って万引き犯の映像を流し犯人検挙を呼びかけた
雑誌で万引き経験を打ち明ける作家や著名人はいても、そうした特別な人を除いた大半の万引き常習者は実名や身元特定に繋がりそうな情報が明らかになることを拒むので、恥辱刑にも一定の効果は期待できそう
辱は普遍的な感情、とは言うものの、たいていの場合、万引きは今でも容易に告白し懺悔できる罪の範疇にはない。かつてタブーとされてきた話題を率直に書いたり語ったりするのは大胆で勇気があると見做される現代でも、日用品を店から盗むのは依然として言葉にできないほど恥ずかしい行為だと考えられている。それなのに、未だに無くならずに残っているのが万引き。それは、誰もが口を閉ざそうとすることで増殖する静かなる伝染病だ


結び
世界的に大きな潮流 ⇒ 「万引きは社会的不公平の象徴」だとする動き
2010年 イギリスでの試み ⇒ 監視カメラのライブ映像を各家庭に流して、賞金を出して犯人逮捕への協力を要請
11年には、イギリスの牧師が貧しい会衆に、「個人経営の小さな店からではなく、全国展開の大型店から盗め」と万引きを勧めたことが話題に
万引き犯をどのように罰するかは今後も問題
万引きの背景には何があるのか、人はなぜ万引きをするのかを追って行けば、我々の市場や法律やアイデンティティに関する重要な真実が見えて来るに違いない

訳者あとがき
万引きは文化である――かどうかは別としても、文化の創出と発展に深い関わりがある
万引きは文学作品にも影響を与えた ⇒ 17世紀にイギリスで初めて近代小説が誕生した頃、当時の有名な女窃盗犯が主人公として登場。窃盗症も多く扱われる
哲学や思想への影響 ⇒ ルソーは軽窃盗を貴族階級や君主制への反逆と論じ、最終的に人を盗みに走らせるのは社会だとした
1970年代のアメリカでは、既存の文化に対抗・敵対する文化として、万引きが革命的行動として注目
映画界でも恰好のテーマ
忘れてならないのは、万引きによる実害 ⇒ 小売業では売り上げの2%を超えると倒産の危機に
日本のロス率は1.04%、4500億円以上。書店の率が高く1.91%、うち万引きが73.6


万引きの文化史 レイチェル・シュタイア著 時代と社会を映す犯罪の歴史 
日本経済新聞朝刊201211月4日付 書評
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フォームの終わり
万引きというケチな犯罪が、実は時代や社会を映す鏡であることをこの本は教えてくれる。
(黒川由美訳、太田出版・2200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(黒川由美訳、太田出版・2200円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 万引きは英語でショップリフティングという。店から引っぱってくるわけで、そのまま理解できる訳だ。では日本ではどうして、店引きではなく万引きというのだろう。国語辞書によると、間引きからきているらしい。つまり、たくさんあるから、一つならいいか、といった心理だろうか。そのことは万引きが大量に商品が生産され廃棄される社会の犯罪であることを示している。
 私が〈万引き〉に注目したのは、百貨店の歴史を調べている時であった。19世紀に出現した百貨店と万引きは密接に関係している。そして、万引きは女性に多い、万引きは一種の病気である、といった説が出てくる。また本の万引きは食料、日用品の万引きとはちょっとちがっている、といったこともいわれる。それらの諸説について、本書は歴史的なパースペクティブの中で、多くのことを考えさせてくれる。たとえば、1960年代ごろからのフェミニズムやヒッピーの運動が、万引きの研究に大きな影響を与えたことがわかる。
 一方、万引き防止のために、さまざまな工夫がなされてきた。タグをつけて、未払いの商品を持って出ると、ゲートで警報が鳴る。先日、古書店を出た時にピーッと鳴り、店員に呼びとめられた。その前の古書展で買った三冊の本のうち一冊が警報解除されていなかったらしい。無事解放してもらったが、本書の「アビー・ホフマンと電子防犯タグ」の章を読んでいると、なんだかドキドキした。
 原書は2011年に米国で出された。このところ万引きが増えているという。不景気と不安の時代がそこに反映されているらしい。オンライン・ショッピングによって、万引きはかなり減ったといわれているが、それでも決してなくならないのは、現代の病であるからだろうか。そのような思いがよぎって仕方ない文化史である。あふれる商品の中をさまよう私たちについて考えさせる。
(著述家 海野弘)


万引きの文化史 []レイチェル・シュタイア

[評者]出久根達郎(作家)  [掲載] 朝日新聞 書評 20121125   [ジャンル]ノンフィクション・評伝

 古書店の店員になった直後、万引きを目撃した。あの時の衝撃を、今も忘れない。三つ揃いの紳士が当たり前のように、雑誌を背広の内側に忍ばせたのだ。そのまま店を出ていくのである。私は足がふるえて、声をかけられなかった。
 その後、何十件も遭遇した。もはや、ひるむこともない。咎めると、冗談だよ、と照れ笑いする者、金を払えばいいだろう、と開き直る者、いろいろだった。捕まえた方が、何だか後ろめたくなる。万引きは、実に妙な犯罪だった。
 映画「ティファニーで朝食を」のオードリー・ヘプバーンは、雑貨店で猫のお面をくすねる。同伴者の青年作家も、真似て彼は犬の面を選ぶ。二人は面をかぶって逃げる。アパートに戻った二人は、お面を外して見つめあい、そして抱き合う。万引きは映画や小説の場面に取りあげられた。
 その意味では文化には違いないが、れっきとした犯罪なのである。
 人はなぜ万引きをするのだろうか。特別の技を要しない。誰だって、しようと思えば簡単にできる。しかし実行するには理由があろう。本書には種々の事例が出てくる。
 裁判官の娘の重役は、自分を貶めることが快感だったと語り、小説家の女性は、盗んで集めた品々を見るとスリルを感じる、と告白した。
 貧しいから盗むのではない。2006年ブッシュ大統領の補佐官が、モップなどを万引きして逮捕された。161千ドルもの年俸を得ながら、88ドルのステレオを盗んだ。裁判でこう供述した。ハリケーンの被災者に対し、取った政府のまずい態度を自分は恥じていた。自罰意識が恥ずべき行為に走らせたと。
 訳者のあとがきによると、わが国書店の損失額は260億円以上、この内の73%余が万引きによるものと(2007年統計)。読んでいて気がめいってくる。最後に訳者のこの一言でやっと笑えた。「この本を買ってください」
    
 黒川由美訳、太田出版・2310円/Rachel Shteir 米デポール大学演劇学部の准教授で美術学士課程の主任。


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