お言葉ですが。。。。 第11巻  高島俊男  2007.2.12.


2007.2.12.      お言葉ですが。。。。 第11

1.           聖人の道
聖人 ⇒ 堯(ぎょう)、舜、禹()、湯(とう)、文王(ぶんのう)、武王、周公旦(しゅうこうたん)、孔子
孔子以外は架空ないし伝説上の人物。周公旦の父が文王、兄が武王で、姓は姫()
子は父のために隠す ⇒ 子供が父の悪事をかばうたとえ

2.           白石晩年
新井白石の晩年は悲惨 ⇒ 無類に気があった6代将軍家宣は在位僅か3年で1712年没、その子家継も在位3年、8歳で死去、「先王の世」を実現せんとする学者の理想はついえて、吉宗に追い出された ⇒ 晩年、自分の伝記「折焚く柴の記」を書いたが、自分で伝記を書いたのは白石以前、支那にも日本にもいない
「先王の世」 ⇒ 昔の聖天子たち(王位についていなかった周公旦と孔子を除く6人のこと)の世のこと、正しい政治が行われ、理想の世が実現していた、と信じられていた

3.           番茶に笑んで世を軽う視(正字)
幸田露伴は、大正後期から昭和にかけて、いわゆる「史伝」を数多く書いた ⇒ 日支の歴史上の人物を座談風に、あるいは落語風に語った

4.           巡礼死ぬる道の陽炎
芭蕉七部集の中の話

5.           (めぐ)るもの星とは呼びて
一高寮歌の題名
卒業式の直前に「紀年祭」が催され、これに合わせて生徒自身の手で新しい寮歌が作られた
「寄贈歌」という卒業生から贈られた歌もある
昭和17年は、高校卒業年限が3年から2年半に短縮されたため、卒業式が2度あった
昭和15年入学生は、年限半年短縮で17年の9月に卒業したが、紀年祭は6月に行われ、「運るもの」はこの6月の寮歌
3年後の滅亡を予想していたかのような暗い歌 ⇒ 作詞者は、昭和207月横須賀に繋留中の戦艦長門の艦橋でアメリカ空軍の爆撃を受けて戦死

6.           天地は朱に映ゆると
前記5.の続き

7.           「断腸亭日乗(正字)
永井荷風の、大正639歳の歳から、昭和3481429(死の前日)に至るまでの日記
高橋昌也の朗読が絶妙
荷風の最も俗な事件は、昭和27年の文化勲章受章である

8.           自称の問題
著者の自称は多くが「私」 ⇒ 目で読む場合は問題にならないが、声に出して読むとなると迷う
一人称について、はっきりしないのは日本語くらい、頭の痛い問題
鴎外は「わたくし」と書いた
「小生」で統一しているが、どうしても諧謔的な気分が伴うことは困る

9.           「便」は「スラスラ」
もともと言葉とは、人が口から発する音なのだから、音が同じなら意味も同じを、とりあえず假定してかかって差し支えない
「便」と「鞭」も一つ言葉 ⇒ 順調、好都合、快適、日本語のスラスラに当たる

10.        法返しがつかねえ
「ほーがえし」(頬返し)とは、口の中で食物を転ずること。転ずるから食物を咬み、飲み込むことができる
子供などが食物を頬張りすぎて口の中で動かせないことから、動きが取れない、にっちもさっちもゆかぬ、手だてに困ずる、の意に用いる
漱石が「法返しがつかねえ」と書いたところが面白い
江戸っ子が、「べらぼうめ、そんなホーがあるものか」という「ホー」と同じ

11.        反切(はんせつ)のはなし
漢字を使って漢字の発音を示す方法で、同音のやさしい字がある場合はそれを使えば分かるが、そうでない場合は漢字二字を使って一字の音を表すやり方
子音と母音(中国では「声母(せいぼ)」と「韻母(いんぼ))に分解する ⇒ 「ケ」の音が分からない場合にカタカナのみを使って教えるとして、「ケ」の音を子音と母音に分解し、「カメの反(または切)」と教えるやり方 ⇒ KAKをとってAを捨て、MEMを捨ててEをとる、といった具合
「綱」も「高」も「カウ」と同じ様だが、綱は「古郎切」、高は「古労切」とすれば違いが分かる

12.        敬語敬語と言いなさんな
「世論調査」 ⇒ 「実態調査」的なものが多い
敬語は、官庁が強制するものではなく、感性と環境の問題で、自然が一番
「おところをちょうだいする」などもってのほか

13.        ハモニカ軍楽隊

14.        改革を止めるな?
小泉首相のスローガンに「改革を止めるな。郵政民営化に再挑戦!」 ⇒ 「とめる」か「やめる」か ⇒ 漢字で書くからまぎらわしいのであって、和語は極力かな書きすべき
昔の人は、「とまる」は通常「止る」と書き、「止まる」とあれば「とどまる」と読んだ
日本語の文章の中に出てくる漢字の読み()を、その字だけについて定めるのは無理で、訓というのはその字の意味であって、個別にどう読むかは文脈で判断する他ない
「終」の字を、「終える」の時はオと読んで、「終る」の時はオワと読むのは不統一として、こちらも「終わる」として「終の字の読みはオ」と統一したがる ⇒ 「動ごく」や「走しる」と同然のケッタイな書きようで、「おわる」のほうがずっと素直で美しい
「うち」も「なか」も「中」と書くが、読み方は「中」という字で決まるのではなく、分脈できまる

15.        尊敬する動物
先生というものが、少年達の尊敬と崇拝と親愛との入り混じった熱い感情の対象であった時代が去った ⇒ 昭和30年代辺りを境にして、急速に日本の社会から消えたらしい。男女共学のゆえか、受験戦争のゆえか、高度成長のゆえか、多分種々の要因が積み重なってのことだろう
「少年とは尊敬する動物である」と言ったのはニイチェ
オイチョカブ ⇒ インケツ、ニゾウ、サンタ、シス、ゴケ、ロッポウ、ナキ、オイチョ、カブ

16.        九里四里うまい十三里
ヤキイモの別名 ⇒ 「クリヨリウマイ」
関東ではサツマイモの本場は川越で、江戸からの距離が13里と言うこと(実際の距離はもっと短い)
初めはその味が栗に近いというので「八里半」と称していた。そのうちに「栗よりうまい」と、9里と4里を足して13里と称するようになった

17.        むかし「かん腸」いま「涵養」
昭和21年に制定された「当用漢字表」は、「内閣訓令」であり、公文書には当用漢字以外の字(表外字)を使ってはならず、使いたいときは①かながきするか、②別の語に変えることを強制された
「臍帯」 ⇒ へそのお()
「浣腸」 ⇒ かん腸
国民に対しては「内閣告示」で、「これに従ってもらいたい」という要求だった
漢字を制限したらかなの出番が多くなるのは理の当然で、ならばかなの表語性を保存すべきなのに、表音式に変えたために、数々の矛盾が起こっている
助詞以外の「を」は全て廃止
本来「かん養」となるべきを、いつの間にか「涵養」をふりがなと共に使い始めている(1981年の事務次官会議申し合わせにより、「専門用語、特殊用語は、その字にふりがなをつければOK」となった)

18.        もとの正月してみたい
明治10年ごろ東京で流行った歌 ⇒ 天ちゃん帰して徳さまよんでもとの正月してみたい
「天ちゃん」と言うのは結構あった

19.        声の荷風
永井荷風の日記「断腸亭日乘」を、高橋昌也が朗読する
「側」の読み()は、「がわ」「そば」「かたわら」と3通り
「かたわら」は「傍」とも書く
漢字が難しいのではなく、日本人の使い方が難しいのだ
200年前、本居宣長が、読み違えの起こりそうな語はみなかなで書くようにしようと言っていた
100年前、福澤諭吉も同じことを言っている

20.        刺客のはなし
「シカク」が無難だが、「シキャク」でも構わない ⇒ 漢音が「カク」で、呉音が「キャク」

21.        イルカは魚類に属さない
「権利を有しない」というべきを、「有さない」に変わりつつあるという
漢字一字の音(おん)に「する」がついた口語動詞 ⇒ 文語で「○す」であったものが口語で「○する」になったもの ⇒ 「会する」「属する」「奏する」「察する」「帰する」「論ずる」「通じる」(連濁と言うが、どういう場合に濁るのかは不明)
文語の「○す」の否定形は、「○せず」であり、口語になって「せず」を「しない」に変えた
「傘をかす」辺りから混同が始まり、どこまでが許されるのかは、時の勢いであるようだ

22.        いいことあるの?「後発効果」
日本語と英語の主として語感の違い ⇒ 「伝統」の語は、「由緒ある、価値のある」といった意味から、「古い、時代遅れの」といった意味まで使われるが、英語のtraditionalは単に「昔からある」というだけのことみたい
「後発効果」という言葉も、「効果」というのは「ききめ」のことで、プラスがないとしっくりこない

23.        なんとよむのか「文科省」
「文部(もんぶ)と科学だからもんかしょうが正しい」と言うが、早稲田と慶応で「わけい」とはいわない
2つ並べてちぢめる際には、もとの呼称にかかわりなく、それぞれから漢字を1つづつ取り出してそれを音(おん)で言う、という法則(慣わし)がある ⇒ 青函、関門、織豊、京浜、京阪等、おおむね漢音が使われる

24.        サンマ苦いかしょっぱいか
サンマには一字名がない ⇒ 小隼、三馬、秋光魚、秋刀魚(太刀魚に似ているところから、秋の太刀魚の意)

25.        客死留学生の「里帰り」
アメリカで、300年前に当地で死んだ日本人の墓が見つかった話
墓石に、「フレデリック・ヘアー 日本人 36歳」とあり、身元調べが始まった
中国でも同様の話があり、墓誌によれば、「漢名 井真成 日本人 開元22(734)死去 36歳」と彫ってあり、身元調べが始まった

26.        墓誌と墓碑
墓誌 ⇒ 死者の遺骸と共に墓に埋める、石に刻した文
「序」と「銘」からなる。両者合わせて「墓誌銘」と呼ぶ
「序」 ⇒ 故人の姓名、出身地(籍貫:「郷貫を出で」)、家系、経歴特に官歴、死没の時と場所等
「銘」 ⇒ 故人をほめたたえる韻文。「辞」「詞」とも言う。本来「銘」が主だが、実際に重要なのは「序」であって「銘」は添え物
墓碑 ⇒ 地上に建てるもの。神道(しんどう:墓への道)に建てるので「神道碑」ともいう

27.        墓誌の出処
井真成の墓誌が見つかったが、どこからどうやって出土したのかが不明

28.        遣唐使がやってきた
井真成の墓誌から、当時の状況を推測する

29.        井真成という呼び名
井真成(せいしんせい) ⇒ 唐の都長安で名乗っていた中国名

30.        責を負って腹を切った
「責を負う」「責めに任ずる」を「セキ」と発音する人がいる
「責」は、動詞「せむ」(口語せめる)の連用形が名詞化したもの ⇒ 他にも、「光」「次」「話」「恋」「組」「延」「富」「恥」「卸」「終」「志」「答」等
「責任」「職責」等の字音複合語はあるが、ただの「責(せき)」という言葉は日本語にはない
「一旦緩急あれば」(教育勅語より) ⇒ 本来の假定法だと「あらば」で、「あれば」では已然形なので「あったから」の意味になってしまい、文法の間違い ⇒ 漢文に対する敬意ばかりで、国文法には無頓着だった結果

31.        「広辞苑」新村出「自序」
「自序」は苦心の名文 ⇒ 昭和2111月吉田内閣が「現代かなづかい」(新かな)を強行した結果、新村は「正かな」と「新かな」とで表記が相違する語をいっさい使うことなく書いた
最も多用する動詞「ゐる」が使えない
ハ行に活用する動詞も使えない ⇒ 「いふ」「思ふ」「考へる」「おこなふ」(四段の音便形は使える)
動詞の未然形も使えない ⇒ 「。。。であらう」「作らう」「示さう」
「どういう名文なのでしょう?」 ⇒ 「いかなる名文であるのか?」

32.        日本の敬語論
日本語の中の敬語は、明治20年代なかばに、西洋人によって「発見」された
金田一京助「日本語は、西洋諸国語に比して誇るに足るものがない。名詞に、格も数も性もなし、動詞に、人称も時も数もない。唯一日本語だけにあって誇れるのは敬語法」
金田一京助 ⇒ 迂愚、滑稽、支離滅裂 ⇒ 東京のお嬢さん言葉を神がかり的に崇拝して、家庭内では女言葉を喋って家族からも気持ち悪がられたのが、戦後急に「反省、平等、民主主義」を唱え出し、国語審議会の敬語部会長として文部大臣宛に「これからの敬語」を建議し、その後の社会に甚大な影響を与えた ⇒ 平等社会なのだから「れる・られる」に統一する等、悪評サクサクだった
「れる・られる」は「受身が尊敬に優先する」のだから、戦後の国語政策で最も愚劣なもの
敬語とは「敬う心」ではなく距離 ⇒ 遠くは立て、近くは抑える

33.        ぼくはウンコだ
「周公吐哺」 ⇒ 周公は、飯を食いかけたところへ客が来たら皿に吐き出して出迎えた
「ぼくはウンコだ」の「は」は「ぼくはウナギだ」と同じ、「限定・強調のは()」と言う

34.        長い長い一秒
「象の時間ネズミの時間」
川上哲治は、ボールがとまって見えたという
自分の平生しなれていることは、他人がやるのがひどくのろくさく見える

35.        聞かなくなった言葉
昭和10年代、20年代ころの関西の言葉 ⇒ 「モシ」「サヨカ」「ミズヤ」「ホゲタ(父親に口答えすると、父から「親のホゲタ叩く」と言って叱られた)」「オウコ(天秤棒)」「オコシ(腰巻)
「女の」も「女性の」よりきれい ⇒ 「をんな」は和語で、日本人が昔から使ってきたことばで、「女性」は戦後使い始めた字音語、濁語で始まる音がきたない。男も女も性に決まっているので、無理に付けることはない

36.        母さんが夜なべをして
日本語はもともと、あたまに濁音が立たない言語。ラ行音も立たない
「夜なべ」とは ⇒ 「夜ヲ日ニ竝ベテスル義」とあり、「かがなべて」の「なべて」
「カガ」はカガメ()と同根、指を折りかがめて日を数える意
「カガナベテ」は、古事記にある倭建命(やまとたける)の「新治筑波」の中の「日々(かが)()べて夜には9夜日には10日を」から

37.        ゼロの恐怖
西暦紀元と神武紀元 ⇒ 神武天皇の即位は紀元前660年で、この年が神武紀元元年だが、実際の即位は紀元前659(西暦紀元0年がないから)
「零」は雨のしずくで、ひいて「小さい、僅少」の意、ゼロではない ⇒ 昔の算術家が位取りの飛ぶところに「零」の字をあてたための誤解

38.        歴史の通し番号
西暦0年を入れたら、紀元前0年も入れないと辻褄が合わない

39.        天文学者小川清彦の生涯
聾者。東大のノンキャリ研究者。1882年東京生まれ、1950年没。東京物理学校卒。東京天文台技手
日本書紀の暦日記載の疑問を解いたが、戦中のことで公表を抑えられた ⇒ 8世紀初めの編纂時に暦博士(れきはかせ)が、儀鳳暦(ぎほうれき:支那の麟徳暦)と元嘉暦(げんかれき)とを使ってさかのぼりこしらえたもの

40.        「インド」はどこにあるの?
印度支那 ⇒ ビルマ、マレー、及びその東側の半島全域。後(こう)印度ともいう
仏印 ⇒ 印度支那のうちのフランス領。ラオス、カンボジア、ヴェトナムにあたる
蘭印、正称は「蘭領東印度」 ⇒ マライ群島の大部分、ニュギニイ島の一部分の総称
東印度は、ヨーロッパから見て東にある印度の意。フィリピンまでを含む
コロンブスがアメリカ大陸を発見してインドと誤認したと言うのはちょっとおかしい
もともと「インド」というのは、「遠い遠い知らない土地」ということ。ヨーロッパ人が知悉する地中海周辺、及びサラセン以外は全て「インド」
口語ではインディアスという語が一般的、自分達の国から遠く離れ、むじょうに豊かで珍しい土地を意味する言葉 ⇒ インディアに住む人をインディオと呼んだ
「インドネシア」は、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアと共に19世紀半ばごろからあったらしいが、スカルノ等民族独立派が早くから政治スローガンとして「インドネシア」を称していたもので、戦中日本軍が使ったことばではない

41.        わが神兵は天降る
高木東六が、自分の「空の神兵」こそが戦中の歌の中で音楽的価値があると豪語

42.        マライのハリマオ
戦前・戦中に習った歌が、戦後は歌詞を間違って歌われている ⇒ 「強情非道のイギリスめ 天に代わりてやっつけろ ハリマオー ハリマオー マライのハリマオー」の歌詞が、戦後になると「ぼくらのハリマオー」と甘ったれたことを言うようになった

43.        たった二枚の写真
江馬三枝子、瀬川清子、小西(のち大藤)ゆき ⇒ 柳田國男門下生
日本女性史の草分け

44.        白川村の日和下駄
柳田國男は、学問はわれわれの身の回りにもある、自分自分のすることやいうことを、1つの社会現象として観察することを学問の対象とした
江馬三枝子の「飛騨の女たち」に柳田が書いた「著者に贈る言葉」の中に、「あなたの日和下駄の音が、この深い谷底に響くようなこともなかったでしょう」とあったのは、柳田の相当の思い入れがあった表現ではないか

45.        邪宗門秘曲
小さいころ言われたことはいつになっても覚えている話
中学1年の時に読んだ「邪宗門秘曲」を思い出す

46.        ゴッドの訳はいくつあるの?
聖書の日本語訳の歴史
ゴッドの日本語訳は「神」であり、それは日本人が「ゴッド」を「神」と訳したのではなく、中国で試みられた数多くの訳語の中から「神」を取ったのである
「ゴッド」は天上にある唯一至尊のものであり、無数にいる「かみ」(福の神、疫病神等)と同一視することは思いもよらなかった
19世紀に至り、漢訳の一つをとって「神」としたが、重大な変更を多分無意識裡に加えた
中国語には「かみ」と言う言葉はないが、中国語の「神(シェン)」をとって「神(かみ)」とし、お互いの違いを問題にしなかった
明治の日本人は、中国語と日本語が別の言語という観念がなく、ことばは文字であると思っていた。同じ漢字を用いていたからで、同じ漢字であれば、その字があらわす中国語も、日本語も同じことだと思っていた

47.        人の子ってだれの子?
聖書で「人の子」は、イエス・キリストだけ。それも当人の自称に限られる。Son of Man
「尋ねよ、さらば見出さん」 ⇒ 「探しなさい。そうすれば、見つかる」
「坐し給へば、弟子たち御許にきたる」 ⇒ 「腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た」
日本の聖書は、中国語訳聖書から訳出されたもの ⇒ 清代漢訳聖書に返り点をつけて読むことから出発し、戦後口語訳に直す際、新かな、戦後略字、敬語の「れる・られる」まで文部省方式を遵守したが、もともとは漢訳の異字体をそのまま取り入れた明治の訳者がいけなかった
「黙示」 ⇒ ギリシャ語アポカリプシスはuncover, revealの意。英訳はRevelation。「神の、あるいは超自然の、人々に対する開示」、「啓示」なら分かりやすかった

48.        フジタのアポカリプス
藤田嗣治の黙示録3点セット
Revelationは神様が怒って人類に、「よく見ろ、オレを信じない奴はこういう目にあうぞ」と、間近い未来の情景を幕を払って見せること

49.        進退は党に預けます
日本語の「預ける」は翻訳不能
「預ける」「預かる」の観念が日本独特のもの
「進退を預ける」「身を預ける」「命を預ける」などの英訳はない
中国語にも意を体して訳したが、いずれも漢語の「預」の字が使われることは絶対になく、大半が「予」
「預言」 ⇒ 原語には「神託を受けた人」というような意味があるところから、「(神の)言を預かる」と訓読したもの
そもそも「預○」を「○を預かる」と解する訓読はない
日本の聖書の「預言者」は漢訳をそのまま借り用いたもので、漢訳「預言者」は英語prophetを訳したもの

50.        紅万年筆と預かり言葉
赤のことを中国では「紅(べに)」というと間違うのは罪がないが、「預言者」を「神の言葉を預かる」と間違うのは程度が低すぎる
「豫」「預」「予」は同じ字(異体字) ⇒ 正字は「豫」。意味は「前もって、あらかじめ」

51.        豫言、預言、予言
同じこと
「預金」は明治になってからの言葉

52.        予想屋は神の使いか?
預言者を「神のことばを預かる」というのなら、「予想屋」は「神の想念を予(あづか)って広めている」ことになりかねない
漢字二字からなる字音語は概ね以下の3通りに分類される
      並列構造の語 ⇒ 同意義か反意義の語が並ぶもの 例:平和、健康、善悪、長短
      修飾構造の語 ⇒ 上の語が下の語を修飾 例:激戦、惨殺
      動賓構造の語 ⇒ 動詞と目的語の組み合わせ 例:入学、殺菌
「予想」も「預言」も②

53.        キリスト教周辺のレベル
キリスト教周辺の人は、明治のころはまだマシだった ⇒ 文語訳は律動感もイメージ喚起力もあったが、昭和の和訳聖書はどれも駄目
遠藤周作の「私のイエス」ですら、「預言者とは、神の言葉を預かる」と言っている

54.        オヽ私の旦那さん!
日本の聖書の用語は、大部分、清代の漢訳(中国語訳)聖書の訳語をそのまま借用したもの
漢訳のもとは英訳(欽定訳:1611年発行された公認英語訳聖書)
宣教師は、その地の最も通俗な言語で翻訳しようとしたが、それを阻止したのは日本の優秀なる知識人信者たち。「俗語は絶対ダメ」と反対したのも彼等
「預」の字が他でもあまた使われているが、いずれも「預じめ」である

55.        預金はいつからヨキンになったか?
明治30年代のことらしい
「預金(あずけきん)」「預金(あずかりきん)」と言う言葉は、室町末期にはあった
「預金」のように、客が預ける、銀行が預かるのも一緒ではややこしい
日本語の「あずかる」は物事に参与すること ⇒ 「豫」には、「前もって」と「参与」の意がある ⇒ 参豫、参預とも書く

56.        メロメロ
もとの英語は一つprophetなのに、日本語のほうで「予言」と「預言」とに訳し分けている

57.        茂吉の自作朗吟

58.        ありがとうございました





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