お言葉ですが。。。。 第10巻-ちょっとヘンだぞ四字熟語  2007.2.12.


2007.2.12.      お言葉ですが。。。。 第10-ちょっとヘンだぞ四字熟語
(2004年夏~2005年夏 掲載)

1.           いつからあるの?四字熟語
1985年日本実業出版社の出した「四字熟語の辞典」が元祖らしい
故事成語、故事熟語等、短くは単に成語、成句といっていたもの
「四字の熟語」と「四字熟語」は違う

2.           官官接待 言語道断
昔から日本人が使ってきた語
全て音読
漢製和製共に含む
辞書とは大概なんか役に立つものだが、「四字熟語辞典」というものばかりはどういう用途があるのだろう ⇒ 全然馴染みのない語を辞書で見つけて的確に使えるというものではない

3.           承詔必謹 刻苦奮励
四字熟語辞典自体、学術的な意義も価値もないどころか、漢籍を引くのに、解釈も引用語までも間違っているのが目立つ
「承詔必謹」はどこにも出てこない ⇒ 聖徳太子17条憲法の第3
「承詔必謹仰せに従います」等の用法
昭和20815日の朝刊は、終戦の詔書を掲載するため、玉音放送が終わった正午過ぎに編集し、印刷、発送となった
終戦の詔書の交付は、14日の午後11

4.           金魚のウンコ
中国の成語の頻用ベストテン
        「莫名()其妙」 ⇒ 「けったいな」、「わけがわからん」、「其の奇妙なること名付けようもない」ということ
        「乱七八糟」 ⇒ 「でたらめ7つにしくじり8つ」で「もうムチャクチャ」の意
        「討價還價」 ⇒ 「負けろ負けないの値段のやり取り」から「条件交渉」の意
        「無可奈可」 ⇒ 「どうしようもない」、「もうお手上げ」
        「提心吊胆」 ⇒ 心臓も肝っ玉も空中をだたよっていることから「ビクビクもの」
        「談何容易」 ⇒ 「そら口で言うのは簡単や」
        「豈有此理」 ⇒ 間投詞。そんなバカなことがあるか!
        「啼笑皆非」 ⇒ 泣くに泣けず笑うに笑えず
        「深悪痛絶」 ⇒ 甚だしく憎み嫌う
        「興高采烈」 ⇒ もう嬉しくて嬉しくて、ということ
成語は慣用句、日本人が常用する四字の語も、日本語の慣用句の一部分で、感じを4つ並べて書くからといって、何も特別に高級なわけでもなく、恐れ敬ったりするのはそれこそ「無知蒙昧」

5.           犬の屁タバコ物語

6.           狂瀾既倒
「狂爛を既倒にかえす」と言う慣用句 ⇒ 崩れる前の状態に戻す、劣勢を挽回する
「狂爛を既倒に廻(めぐ)らす」が原典。「かいす」とはならない
発音と文字は別 ⇒ 「鉛筆」を「インピツ」と発音はしても、そのままにふりがなすることはありえない

7.           耳の楽しみ探索の旅
戦後10年歌謡曲史

8.           戦後十年流行歌ベストテン

9.           茂吉と兼常博士の大ゲンカ
兼吉清佐(明治18年生まれ、ドイツに音楽留学した文学博士) ⇒ 短歌を模倣と決め付けた
斎藤茂吉 ⇒ 怒り心頭に発して、反論

10.        アッシ島の玉砕
「カタカナが先か、ひらがなが先か」 ⇒ 低学年時にカタカナを教えなかった時期があって、「シ」と「ツ」、「ソ」と「ン」を文字で書くと区別がつかない

11.        センはふつうのセン
日本語の文章というのは目で見るものとして書かれているため、耳で聞くと理解に苦しむことがある

12.        キーンさんは紫式部
ドナルド・キーンの講演「私と源氏物語」

13.        県より大きな市ができた
平成の大合併でできた高山市は、香川県より広い
合成地名 ⇒ 千葉県の土睦(つちむつ)村は、11の村が1つになって仲良くという意味
最も悪名が高いのは「大田区」 ⇒ 「大森区」と「蒲田区」が合併した時、両方の副次成分を繋いだもので、全く意味をなさない
長野県の東部町と北御牧村が合併した「東御(とうみ)市」 ⇒ 平安時代に朝廷の牧場があったから「御牧(みまき)」なので、その御()が下に付くというのはヘンテコリン

14.        ニマ郡ニマ町ニマ町って何?
大相撲の力士の紹介放送も、外人と町村合併で大分変わる
邇摩郡仁摩町(ちょう)仁万町(まち)朝日町(まち) ⇒ 島根県の地名
東日本では町(まち)が優勢で、西日本では町(ちょう)が優勢

15.        南セントレアの興亡
愛知県知多半島の常滑市にできた中部国際空港の南の2つの町が合併して「南セントレア市」にしようとしたが、合併協議会が信用を失墜して、合併そのものがオジャンに
元来市の名は、その所の地名で、地名に市をつけたのが市名のはずで、あたりまえ
にも拘らず、平成の大合併は、市名はもはや必ずしも地名ではなくなった
新市名は何なのか ⇒ その市を売り込むための宣伝名くらいのこと
悪名の一つ、栃木県の「さくら市」(氏家町と喜連川町が合併) ⇒ 命名の理由が①桜の名所がある、②日本の国花、③明るい感じでイメージがよい ⇒ アホじゃないかしら

16.        ハトはどこから飛んできた
鳩ヶ谷という古い宿場町の話 ⇒ 鳩は古くからいる鳥ではない

17.        津波の話
TSUNAMIが国際語に ⇒ 19464月のアリューシャン列島の地震による津波がハワイを襲ったのを日系人が「ツナミ」と言ったことから英語になり、1963年の国際科学会議で国際用語として採用された
元禄12年の津波より15年ほど前に、芭蕉が歌に詠んでいるところからも、津波の語が既にポピュラーであったことが分かる

18.        ツナミと海嘯(かいしょう)
中国語で「津波」を用いることはありえない ⇒ 文字を取り入れたら、そういう発音にはならない
中国語の海嘯は、海鳴りのこと

19.        満点パパ鷗外
鴎外の子 ⇒ 於莵(おと:異母兄)、茉莉、不律(ふりつ:反切で「筆(ひつ)」、早逝)、杏奴(あんぬ、愛称あんぬこ)、類(愛称ぼんち)

20.        マリチャン、アンヌコ、ボンチ
鴎外の家族への手紙の話

21.        祗園のお多佳さん
夏目漱石の京都祇園のガールフレンドの話
大正43月から4月にかけて、京都へ遊びに行った
祗園の大友楼というお茶屋の女将で磯田多佳という文学芸者がその人
漱石ファンの芸者金之助(梅垣きぬ)の回想がある

22.        漱石祗園に病む
持病の胃痛が起こって、大友楼で2日寝込んだ

23.        小石川植物園のドングリ
寺田寅彦の「圑栗」に出てくる団栗を拾いに小石川植物園に行った話

24.        補助動詞(または形式動詞)が多すぎる
今の和歌・俳句には「何々している」という表現が多い ⇒ 英語のingの影響か
短歌は新かな、俳句は正かなが多いようだ
「止まっている」は「止まる」で十分、字数がもったいない
言語感覚が違ってきたと言うのであれば、今の日本人には文語で歌や句を作ろうというのがそもそも無理なんじゃないか

25.        連中、老中、女中
「女中」は人を蔑んだ言葉と言うが、むしろ尊重した呼び方だった
「中」は皆「その中のかたがた」の意

26.        老中阿部正弘の死因
老中になれるのは3万石から10万石程度、中くらいの譜代の大名
阿部正弘は備後福山10万石の城主
ペリー再来時に和親条約調印、翌安政2年首座を譲った後39歳で病死となっているが、井伊直弼によって毒殺されたという話が故郷の福山ではあった
中学生だった井伏鱒二が偽名で森鴎外に、毒殺の話を手紙で書いたところ、本当にされていしまったという
鴎外の没後、井伏が小説家になって、当時のことを詫びた文章がある

27.        長くても小説とはこれいかに
今日本人が「小説」というのは西洋概念だが、言葉自体は2000年以上も前から中国にあった。勿論さすものは違う
「小」は姿形が小さいことだが、「価値が小さい」「つまらない」の意にも用いられた
「説」は「言う」「言うこと」
したがって「小説」とは下等な話、作り話

28.        桑の葉がちがうんや
桑の葉が化学肥料栽培になって、反物の手触りが変わったという話から、人の食べ物も有機肥料と化学肥料で育ったのでは、人間の出来が違ってくるのでは?
近頃の若い者を見ると、どうもわしらとは違う生物みたいだ

29.        ボケ老人は認知症
認知症に決まる過程の話

30.        新聞読むのもラクじゃない
真夏を信州笠取峠の別荘で過ごす話

31.        白骨温泉はだれ雪
市販の入浴剤を入れて問題となったのが長野県の白骨温泉に関して、産経新聞に載った、温泉文化論の松田忠徳教授の話
斎藤茂吉の歌:山峡(やまかひ)をとほく入り来ていづる湯の丘のはだれにけふも親しむ
これを、「山峡 とおく入りきていでる湯の丘のはずれけうも親しむ」と間違いだらけ
「はだれ」は、まだら雪
新聞がこれほどの間違いを見逃すことはありえない

32.        ニッポン市丸勝太郎
アルゼンチン人がほれた歌い手 ⇒ 声を聞き分けるのには感心した

33.        歌哀し佐久の草笛
同世代の者と話が通じるのは、無論感性の共通が第一だが、知識の共有も大きい
それも文語のものであってほしい、文語は美しく端正な日本語の基礎だから
今は歌曲集の歌詞を新かなに変えるのが当たり前みたいになってしまったが、その先蹤をなしたのが昭和30年代に出た岩波文庫の「日本唱歌集」「日本童謡集」と、50年代の講談社文庫「日本の唱歌」で、これが日本の歌の歌詞をズタズタにしてしまった。多分今の音楽関係者や音楽方面の編集者は、両文庫の歌詞こそオリジナル表記、と信じているのだろう。とするとこれらを作った堀内敬三、金田一春彦の罪はまことに重い

34.        月光の果て駐車場
「月極駐車場」の怪
「訓」読み ⇒ 漢字の意味を考えて、それに相当する日本語(和語)をあてたものであると同時に、そう読む慣わしがないといけない
「極」に「きめる」の意味はないが、漱石には当て字で「きめる」に「極」を充てたのがあった
戦後の「当用漢字音訓表」では、「きめる」にあててよい漢字は「決」のみとしたので、「月極め」には違和感があったのだろう
和語はなるべくかな書きでやれば、こういう問題は起きない

35.        青葉茂れる桜井の
「決別」と「訣別」では意味が違う
「訣別」は、「訣」も「別」も「わかれ」で、同義語を2つ重ねた語
「決別」では、決然たる別れのように、修飾型の語

36.        強い軍隊ことはじめ
一糸乱れぬ集団動作の反復訓練(教練ドリル)は、ヨーロッパの軍隊が始めたもの
創始者は、オランダのナッサウ伯マウリッツ(15671625) ⇒ スペインを破って独立

37.        指揮官、教官、面接官
「指揮官」とは、軍隊用語。「遊撃手」や「刺殺」、「塁」等も同じく軍隊用語
「官」は、国家機関に職を奉ずるものの謂で、軍隊も勿論国家機関だから「指揮官」であって、プロ野球に「指揮官」は馴染まない
「面接官」は、本来おかしいが、威厳を示すためにそう呼んだのでしょう
「教官」も、本来は国立大学の教員が「文部教官」だったが、学生運動盛んなりしころは、尊敬の念もなく「教官」と呼び捨てられた
野球用語で一般化していることばに「続投」があるが、大臣までも「続投」というのはしっくり来ない ⇒ 「留任」で十分

38.        師団と旅団
「師」とは、先生にも軍隊にも都の意にも使われるが、元来「人のかたまり」の意

39.        英語でできた日本の憲法
終戦の詔勅に比べて、憲法の文章の格調が低すぎるのは、英文を訳したものだから
連体修飾語が多過ぎて、どれがどれにかかるのか、判然としない

40.        武井武雄の戦中絵日記
武井武雄(大正昭和の童画家:「童画」のことばの創作者) 

41.        陸軍特攻誠第百十九飛行隊
産経新聞2005.1.16.掲載の出撃直前の特攻隊員の写真が、嘘っぽくて、撮影者(現在84)の話をもとに書いた記事の内容も、後の記録を見ると、いい加減としか思えない
特攻隊は、陸海軍のホンチャンたちが、自分達のメンツのために、少年飛行兵や学生出身などのしろうとの飛行機乗りを大勢殺した行為
「学生出身」は、大学・高専を卒業して軍隊にはいった(とられた)者で、学徒出陣者も含めて言うことが多いが、卒業して軍隊に入ったものを「学徒出陣」ということはない
「はいった」と「とられた」は微妙で、黙っていれば陸軍にとられて最下級の兵にされるから、志願して海軍の将校コースに「はいった」というような場合が多い


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