私の見た大阪及び大阪人  谷崎潤一郎  2012.7.1.

2012.7.1. 私の見た大阪及び大阪人                              (昭和8?)

著者  谷崎潤一郎 

発行日           2001.12.25. 印刷             1.10. 発行
発行所           中央公論新社(中公クラシックス) 中央公論社刊『谷崎一郎全集』第20(1982.12.)、第21(1983.1.)、第22(1983.6.)からの転載

江戸っ児のプライドがあって、上方を下に見る風潮は、江戸生粋の伝統が幾分か余命を保っている社会には残っている。例えば左団次や菊五郎がめったに上方の劇場へ来ることがない。この両人は決してコセコセした料簡の人ではないが、東京の歌舞伎俳優中で趣味や気質が最も江戸っ児的であるから、恐らく関西の地方色なり人情風俗なりが彼等の潔癖に触れるのであろう。彼等は人気商売であるから口に出して明白にはいわないけれども、私は自分の経験から推しておおよそ想像がつく
震災の後われわれの仲間がこぞって京阪に安住の地を求める形勢が見えたが、ほんのその時だけの避難に過ぎず、余震が未だ静まらない間に早くも1人減り2人減りして、皆いつの間にか引き揚げてしまった
関東生まれの人間が此方へ移り住んだ当座、少なくとも此方の人の肌合いに同化するまで5年か10年ぐらいの間、「居心地が悪い」という程度の不愉快さを忍ばなければならないことは、今日なお否み難い事実。私の場合も『阪神見聞録』で大阪の「人間」に対する反感を露骨に述べて憎しみを買ったが、幸いにして此方の気候と食物とが最初から東京よりも自分の体質や嗜好に合っていた。今ではいわゆる「贅六(ぜいろく:商家の丁稚)気質」に対してさえ何等の不愉快も感じないのみか、むしろ一種の親しみを覚える
在阪足かけ10年の観察に基づいて上方文化の批評をしてみたい。「東京から移住した者」の眼から見たもの、辛辣な悪口も、地元への老婆心であり忠告と思って読んで頂きたい
由来、東京人の上方に抱く反感のうちでも、大阪に対するそれが最も強い。京都人の正室は頗る消極的であるから、ちょっと通り過ぎたくらいでは彼等のイヤミや欠点がそう著しく眼につかないが、大阪となると、すべてがあくどく、エゲツなく出来ているから、欠点が積極的に迫ってくるので、東京人のようなアッサリした肌合いの人間は、梅田の駅を下りたばかりですぐに何かしら贅六式の臭味に襲われ、一遍で参ってしまう
大阪式のイヤミを諒解するのには、あの宝塚少女歌劇の女優たちの藝名を見るのが一番早分かり。天津乙女、草笛美子(よしこ)など、いかにも大阪好みで、東京人から見て大阪人の感覚が1本抜けているように思われる所。少女歌劇にもそれらの藝名が示すようなイヤ味が付いて廻っているのは事実。私もファンになってしまったが、願わくは今一と息の洗練が欲しい。大阪松竹楽劇部に比べれば技藝もずっと上手であり、舞台装置も絢爛眼を奪うものがあるが、臭味という点になると、宝塚の方が余計に臭い。男役は非常に無理があり、どうしても藝者のお浚いじみ、三崎座じみる。藝達者ほど騒々しく、「少女」とはいい条相当な年増であるから、いよいよもって三崎座じみる。レヴュウの起こりは時勢を諷刺する劇の意味だそうだから、いくらかピリリとした辛みがあっていいはず
レヴュウに出演する女優を「生徒」と呼んで、女工とも、女学生とも、さればといって令嬢ともつかない一種異様な婦人たちに野暮くさい服装をさせているのに、よく我慢している。ひいきは住野さへ子
関西における最もハイカラな区域といえば阪急の夙川から御影に至る沿線。あの辺に住む若夫人や令嬢は、眼も肥えているし金に不自由はないが、何処かスッキリしない、そうかといってもちろん田舎臭いのでも安っぽいのでもない。宝塚同様、シャナラシャナラしてお姫様が洋服をお召しになったという感じが抜け切れない。和服の色合いでも関西の方が関東よりも派手だが、その和服の派手な好みをそっくりそのままドレスなどに持ってくるのはちょっと考え物。彼女たちの骨格や動作などがよほど関係しているに違いなく、服装ばかり取り替えても、身体のこなしに数百年来のしとやかな習慣が沁み込んでいるので、東京のように野蛮でキビキビした方が現代のフラッパアには合う
女学生の洋服姿の無作法で薄汚いことは誠に驚くばかり、二三の特殊な女学校を除いては、殆ど田舎の女学生と選ぶ所はない。長屋のかみさんやおさんどんがアッパッパを着るのと同じく、ただもう便利と実用の一点張りで、全然女の身だしなみということを度外視しているように見える
大阪人と東京人の肌合いの相違を、何よりも彼等が話す「声」において強く感じる
言葉よりも声の相違の方に東西の差別がハッキリ出ている。両地方の空気や地質や温度と関係があるであろうから、容易に消滅しないであろう。東京人のは、カサカサした乾涸らびたような声で、男はまだいいが、女がああいう声を出すと、非常に荒んだ響きを帯びて、声の主までが肌理の粗いガサツな人間のように思えて来る。菊五郎の藝が京阪の人に親しみにくく理解されにくいのは、彼の純江戸風な発声法に因る所が多いのではないか
大阪人の声は往々ドスが利き過ぎる、悪く底力のある、濁った、破れた、太い、粘り強い声で、しばしば妙齢の婦人からも飛び出す
男は五分五分だとしても、女は大阪に軍配を上げる。京都より大阪に一層日本語の発音の美しさを感じる
東京の女の声は、長唄の三味線の音色であり、実によく調和する。キレイといえばキレイだが、巾がなく、厚みがなく、円みがなく、そして何よりも粘りがない。だから会話も精密で、明瞭で、文法的に正確であるが、余情がなく、含蓄がない。大阪の方は、浄瑠璃ないし地唄の三味線のようで、どんなに調子が甲高くなっても、その声の裏に必ず潤いがあり、つやがあり、あたたか味がある。座談の相手には東京の女が面白く、寝物語には大阪の女が情がある、というのが持論
東京では、生活の定式(じょうしき:しきたり)が廃れているが、関西にはまだこの生活の定式が一と通りは保存されている
東京の言葉はおしゃべりに過ぎるのは、言葉が違うから。大阪では「てにをは」を使うことが少ない。「私分からないわ」と「私ではわからないわ」とでは違うが、大阪では区別なくどちらも「うち分かれへん」というだけ。大阪ではクオーテーションの後の「と」を省くし、丁寧ないい廻し、敬語法の種類が少ない。東京では、尊敬の程度、職業年齢階級等の複雑な変化に応ずるいい表し方が豊富。「する」にしても「します」「なさる」「しやがる」「遊ばす」、単語の上に「御」の字をつけることも多い。東京人が大阪人を相手にする時に必ず心得ておくべきことは、金銭上のことは決して言葉通りにとってはいけない。祝儀をやるにしても、無理やり懐へ押し込むようにしなければ受け取らないが、欲しくないわけではない

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